第2章第4節「生命と死の存在証明」

 十年前、魔力がもたらされた日のことを人々はフェイズシフトと呼ぶ。魔法産業革命の発端ともなった歴史的な日ではあるが、当時は魔力によって大陸が分断される未曾有の大災害として認知されていた。その後、実用化された魔法によって分断された複数の大陸を繋ぎ合わせてできたのが、ラストリゾートだという。このまさに救世主のような計画を実行したのがラヴオール・ラテランジェロだったと歴史書には記されている。

 合計で二十一のセクターを持つラストリゾートは極めて広大で、端から端を移動するには骨が折れる。そこで導入されたのがラストリゾート・リニアライン。リニアモーターを搭載した鉄道はセントラルセクターから全てのセクターを結ぶ唯一の公共交通機関だ。

 暁烏澪は魔法生命体レリーフの中で自我を持った男ユレーラを連れ、リニアラインを利用していた。リニアラインには1セクターから5セクターまでの縦を移動する便と、NセクターからSセクターまでの横を移動する便がある。二人はまず研究所のあるN1セクターからN3セクターまで縦に移動する便に乗っていた。

 正午に近い通勤の時間帯、二人以外の乗客は少ない。澪とユレーラは隣同士で席に座っていて、会話もなかった。彼女は時折ユレーラのことを気にかけながら、向かい側の車窓から景色をぼんやりと眺める。

『ラストリゾート・リニアラインをご利用いただきありがとうございます。現在N2セクターは大規模滅菌中に伴いロックダウンされています。そのため区域内の駅には停車しませんのでご了承ください』

 リニアラインはN2セクターを通過し、下っていくごとに乗客たちも入れ替わる。線路も地上に出たり地下に潜ったりと景色も変わっていった。N3セクターで一度降車すると、続けて横に移動する便に乗り換えてE3セクターへと向かう。

 そして二人が降りた駅は、『ラストリゾート記念公園前』。他に降りる乗客はおらず、駅構内にも人の気配はほとんどなかった。

 発着場を抜けた先の構内は広いドーム状になっていて、天井を支える柱が等間隔に並んでいる。空中にはポールから投影されたホログラムの掲示板に運行情報が流れていた。壮大で優美な作りのドームにはシャンデリアが吊り下げられ、地下にも関わらずに窓が据え付けられている。

 それらの景観は既に植物に侵食されている。公園が近いせいか、はたまたユレーラのせいか。これだけ豪華な構内にも関わらず、人がいないことと所々に生えた雑草のせいですっかり寂れている。

 異常な景観を今一度目の当たりにした澪は、ふとユレーラの横顔へ声を投げかけた。

「ねぇ、あなたは魔力から生まれたんでしょ? 私たちが魔力を利用したからあなたが生まれた。つまり、魔力を利用してきた私たちに罰を与えたいの?」

 構内を侵食する草花は魔力が原因である。澪の目には、それが人類に対する罰のように思えた。

「その罰が下る前に、警告しに来たんだ。罪を犯したと知らずに下る罰ほど、理不尽なものはないだろう」

 ユレーラは魔法生命体であるにしては、情けをかける言葉が目立つ。到底、罰を与えようとする者には思えない。研究所での尋問の時から彼は情けを持った態度を一貫させていた。

「あなた、本当に私たちの敵なの? 罪を犯したのならどのみち罰は免れない。それなのにどうして警告しにきたの?」

 これまでのレリーフは言葉を持ちあわせず、ただ人間を襲い文明を侵食してきた。しかしユレーラはそれとは違い、明らかに別の立場から物事を捉えているようだ。

 研究所ではユレーラは敵でも味方でもあると答えた。とはいえ、澪にはどうしても彼を敵だと断言することができずにいた。単に彼が話の通じる存在だからかも知れない。とにかく澪は彼をレリーフと決めつけて誤解しているような違和感を払拭したかった。が、違和感は高まるばかり。

「君たちは魔法を支配できていると勘違いしている。だからといって魔法に蝕まれる哀れな姿は私とて見たくはない。だが君は随分と魔力が体に馴染んでいるようだな」

 改札を抜けて地上への階段を上るところで、ユレーラは初めて自分以外のことに言及した。さすがは魔法生命体と言うべきか、彼は澪の素性を見抜いている。彼女も隠す理由もなく、自分が何者であるかを口にした。

「普通の人は私を超能力者と呼ぶ。本来なら魔具がなければ魔法は使えない。でも超能力者は違う。魔具がなくても魔法が使えるの」

 澪は世界に九人しかいない超能力者の一人。魔法産業革命によって魔法が確立されるよりも前に力を使え、彼らの力を再現したのが魔法でもあった。

「超能力者になって、君は満足しているのかい? 少なくとも、使い熟しているようだが」

 唐突に、ユレーラは妙なことを尋ねてきた。その意図は分からないが、澪は正直な気持ちで答える。

「好きで超能力者になったわけじゃないわ。けれど、なってしまったからにはこの力に責任を持つ。だからこそ、あなたのような存在を見過ごすわけにはいかないの」

 超能力者としての力を持つ澪は科学やラストリゾートにも多く貢献してきた。彼女がフィラメント博士に協力するのも力を役立てるため。そして自分達が利用する魔力のせいでレリーフが現れたのなら、当然澪にもそれを対処する責任が生まれる。ユレーラが何度も言う罪と罰は、彼女とって決して忘れてはならない戒め。彼女がレリーフを始末することに拘っているのは、そういった考えによるものだった。

「DSRみたいな専門機関に任せるだけじゃダメ。私の手でケリをつけなきゃ」

「殊勝なことだ。ならば時が来たら、躊躇なく駆逐するといい。超能力者の君と魔法生命体の私、私たちが出会うことがもし運命だったとしたら……もっと別の形で出会いたかったものだな」

 奇しくも、彼らは始末する側と始末される側に立つ者──あるいは、罪を犯した者と罰を下す者。彼らは手を取り合うことはできない、ユレーラは暗にそう断るように冗談めいた言葉を紡いだ。

 二人は地上へ上がると、すぐにラストリゾート記念公園に突き当たった。遠方ではDSRのドローンが飛行しており、それを避けて外縁部へと近づいていく。本来であれば関所で入園許可をもらわなくてはならないが、彼を連れてはいけない。

「いつからこのラストリゾートにいるの?」

「定かではないが、この世界で最初に目覚めたのはこの森だった」

 曰く、この公園がユレーラが生まれた場所であるという。言われるがまま彼を連れてきた澪だったが、どうにも引っかかる点があった。澪がユレーラを見つけたのはここから離れたパラダイススクエア。彼の言葉とは矛盾する。

 それもそのはず。澪の預かり知らぬところで、第三者の手が加わっているのだから。

、君と出会うこともできなかった。君たちには感謝している」

「え、フィラメント博士が?」

 あろうことか、澪がユレーラを見つける前にフィラメント博士は既に接触を図っていたという。研究所でのやりとりだけで初対面かどうかを断定するのは難しいが、少なくとも博士は澪に黄金の魔剣の回収を命じた。つまり、博士は何らかの手段を用いてパラダイススクエアまで魔剣を持ち出していたということになる。

「……っ!」

 そこで澪の脳裏にあるニュースが過ぎった。ホログラム街において金盞花が逮捕された。金盞花は暗黒街の人間であり、危険な魔具を運搬するトランスポーターとしての仕事も請け負っている。その彼女が黄金の魔剣が見つかった場所と同じ場所で逮捕された。果たして偶然と言えるだろうか。

「もしかしてあなた────」

 澪が考え込んでいたほんの一瞬。目を離した隙に、隣にいたはずのユレーラの姿はなかった。

 意識を彼から外した間に、公園の奥へ向かったのだろう。澪は慌てて公園の中へと足を踏み入れた。

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