第2章第3節「生命と死の存在証明」
ラストリゾートは全体を俯瞰して見ると、その全てが都市相応に栄えているわけではない。NSEWそれぞれのセクターの内の若い数字──つまり1から3のセクターまでは都市相応に栄えた内縁都市部、それより上の4から5のセクターは外縁市街地──俗に言う田舎と区別されている。E3セクターはその例に漏れない都市部だ。ランドマークである広大な公園を中心にして大小様々なビルが複雑に入り組んだ路地を形成している。
「……まるで世紀末だな」
そんな景観とは裏腹にあちこちに雑草が生えたり花が咲いたりしていて、廃墟のような様相を呈す。昨日のホログラム街ほど酷いものではないが、草木は緩やかに文明を覆っている。通りにはチラホラとDSR製のドローンが飛行しており、蓮美が報告した通り部分滅菌が行われているようだった。
ラストリゾート記念公園前の広場までやってくると、既に何台かのDSRの車両が停まっている。公園に最も近いためか広場は公園から伸びる青々とした雑草に染められていて、魔胞侵食の影響を見ることができた。
車から降りて公園の入口前へ進むと、道路脇で屈んでいるコレットの姿があった。彼女の手にはレーザーを発するデバイスが握られていて、レーザーを足元の雑草に照射することで部分的な滅菌を行っている。通りを飛行していたドローンにも同じ機能が搭載されている。
「あら、二人とも来てたんだ」
彼女は桜井たちを見つけるなり声をかけてくる。しゃがんでいた彼女は、スカートの皺を手で直しながら立ち上がった。
「あぁ。どんな状況だ?」
冷静な浅垣の問いかけに、コレットは物憂げに周囲を見渡す。
「部分滅菌ならもうちょっとかかりそうかな。他にもやらなきゃいけないことがあるし」
他? と桜井が聞き返す。
「最近多いのよね。公園に入って中に咲いてる珍しい花とかキノコとか、生き物を密猟して売り捌いてる業者。胞子のせいで魔法アレルギーを発症したりするケースもあるから、なるべく持ち出さないでほしいんだけど」
公園は魔法生命体が生息する土地であり、それに伴って独特の価値も生まれている。いくら合法的に見逃されているとはいっても、中に生息する動植物を外部へ流出させる行為は危険だ。何がきっかけでホログラム街のように街を丸ごと覆うほどに植物を繁殖させるかも分からないのだから。
そしてコレットは触れなかったが、
「そっちも大変そうだな、いろいろ」
同情して声をかける桜井。彼らも彼らで金盞花の痕跡とレリーフについて調査しなければならない。所属部門が違えどお互い様だ。
「今日はただでさえ大規模滅菌も重なって人手不足なのに、ほんとやんなっちゃうわ。向こうの滅菌が終わる頃には最終確認のためにまた戻らなくっちゃいけないし、は〜忙し忙し」
コレットは手で顔を扇ぎながら愚痴をこぼす。
彼女以外にもエージェントたちの姿や複数台のドローンが見えるが、頭数は少ない。それも大規模滅菌に人員を割いているから。当のコレットも、彼女の口ぶりから二つの現場監督を並行しているらしい。いくらドローンが導入されているとはいっても、任せきりになっているわけではないのだ。
と、彼女は名案を思いついたように顔をパッと明るくし、
「そうだ二人とも。たまには衛生課のお仕事を体験してみない? 帰ったら奢るわよ?」
人手不足ゆえの勧誘には居た堪れない気持ちになるが、桜井たちにも仕事がある。桜井は両手を広げて丁重に断った。
「残念ながら
「あらそうなの? でも月城財閥って、確か会長が失踪したって話だったわよね?」
数年前、月城財閥の会長である月城時宗が失踪した。彼はラストリゾートを運営する楽園政府ネクサスの役員でもあり、難民をはじめ都市の内外を支援する政策に尽力していた。彼の失踪はラストリゾートに住む誰もが知っているが、時の経過と共に忘れられがちでもある。
では現在の財閥はどういう状況なのか。答えは浅垣の口から明かされた。
「彼には息子がいる。今はそいつが財閥を仕切ってると聞いた」
ふーん、と適当な相槌を打つコレット。彼女がこういった反応をする時は、大抵何かを企んでいるもの。
「上手く言い包められれば力になってくれるかもよ? 御曹司ってくらいなら、財閥の力だって好き放題できるわけでしょ? 頼もしい助っ人になってくれそうじゃない」
案の定、彼女は財閥の御曹司を仲間に引き込むよう提案した。
しかし財閥を巻き込むことは事態を面倒にしかねない。桜井はそう懸念したが、浅垣も同じ考えを持っていた。
「あくまで話を聞きに行くだけだ。余計な交渉はしない」
「浅垣くんの交渉術の見せ所ね。桜井くん、よーく見ておくのよ」
提案を却下されても食い下がる。コレットが本気で言っているのかはさておき、月城財閥にもレリーフと戦う理由はある。ラストリゾートは財閥にとって共に栄えてきた縁のある地であり、そこへレリーフが侵略しているとなれば武器を取るに値するはずだ。
その時、コレットの腕時計型の端末へ通信が入る。彼女は手を耳元へ当てず、桜井たちにも聞こえるようホログラムのモニターを立ち上げてから応答した。本部から連絡があった場合、エージェント間で情報を共有するならこうするのが手っ取り早いからだ。
『コレットさん、蓮美です』
「あら蓮美ちゃん、ちょうどいいところに。今桜井くんたちも一緒よ」
通信をかけてきた蓮美に、コレットは桜井たちがいることを伝える。特に桜井ではなく浅垣へ視線を送っていたが、彼は特に気にした様子もなかった。
『無事に到着したんですね。よかったです』
「それで、ご要件をどーぞ?」
コレットは留守番電話サービスのセリフを真似、蓮美へ報告を促す。
『はい、実は公園外縁部から公園内へ侵入する人物がレーダー上に確認されまして』
DSR本部司令室にいる蓮美の前には、投影されたホログラムのレーダー図が表示されている。現在もスキャンが繰り返されており、外縁部から侵入する点が確認できた。
もちろん公園には一般人も入ることができるものの、無許可では立ち入れない。魔法生命体の存在が容認されているゆえに、出入り口の関所を通らなくてはいけないのだ。無許可で立ち入るとなれば、十中八九密猟者か暗黒街の魔具取引を目的とした業者だろう。稀に関所の存在を忘れた一般人が紛れ込むこともあるが……。
『端末に位置情報を送るのでそちらでも確認してもらっていいですか? 武装している可能性もあるので接触の際は十分気をつけて──』
蓮美の形式的な指示が終わるよりも前に、コレットは「はいはい、懲らしめればいいんでしょ~」と流す。面倒くさいというよりも、彼女には関心事があるようですぐに話題を変えた。
「そ・れ・よ・り、二人には何か言わなくて大丈夫?」
『え? あぁ、えっと……そうですね……』
通信越しでも分かる慌てっぷりに対し、コレットは微笑ましそうに続く言葉を待った。視線は浅垣に注がれ、桜井も彼へ視線を向けた。
ほどなくして、蓮美は小さく咳払いをしてから話す。
『浅垣先輩も、その、気をつけてくださいね。あと桜井先輩も』
二人からの視線を一身に受けてなお新垣は動じることなく、
「分かってる」
そう短く返事をした。彼のあまりに淡白な素振りは退屈なもので、桜井とコレットはお互いに飽き飽きとした顔を見合わせた。
「とりあえず侵入者の件は、あたしに任せて? 確認が取れたら連絡するわ。それじゃあね~」
弄っても何も出ないことが分かると、彼女は腕時計型端末を操作して通信を切った。
なぜだかがっくしと項垂れるような空気の中で、桜井は肩を落とす。
「あーあ、俺はついでか」
「よしよし、かわいそうにね~」
ぽつりと哀しげに呟く桜井の背中をさすって慰めるコレット。
そんな二人など眼中にない浅垣は、腰に手を当て公園の方を見ている。我関せずといった態度を取っているが、桜井は構わず突っつくように話しかけた。
「浅垣、そろそろあいつの気持ちに答えてやったらどうだ?」
「馬鹿言え。まだ高校生だぞ」
勘弁してくれと言わんばかりに言い返す浅垣。というのも、蓮美は以前から浅垣のことが好きだというのだ。桜井もコレットから聞くまでは知らなかったが、蓮美が彼に恋心を抱いているのはどうやら事実らしい。
「言っても無駄よ桜井くん。いつもこうだから」
桜井もコレットも、ことあるごとに蓮美と浅垣をくっつけようと根回ししてきた。だがその成果はまったく実らずじまい。蓮美にとって初恋だというのだから良い思い出を作ってあげたいのは桜井もコレットも同じとはいえ、お節介を焼きすぎてもいけないだろう。
コレットはささっと切り替え、その場で大きく背伸びをした。
「ん〜っと、あたしは雑草を片付けるついでに悪党を懲らしめてやらなくっちゃ。あなたたちも気をつけてね」
彼女は経験豊富なエリートエージェントである。仮に公園の侵入者が武装していたとして桜井たちが心配するところではない。
先に公園へ向かい始めた浅垣を追う手前、桜井は「お互いにな」と彼女に別れの言葉を残していった。
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