第2章第2節「生命と死の存在証明」
心機一転、サロンを後にした桜井と浅垣は中央司令室へやってきていた。
司令室ではオペレーターの
蓮美がそのフラグに触れて詳細を表示させると、両隣に立つ桜井と浅垣へ状況説明を始める。
「現在N2セクターのホログラム街はロックダウンされ、大規模な滅菌が進行中です。鎮火はお昼頃を予定していて、ロックダウンも順次解除していく予定です」
続けてデータベースに掲載してある金盞花の顔写真に触れると、地図は全体の中央に当たる空中城塞シャンデリアへ移動。内部の留置所と記されたエリアが拡大された。
「昨日先輩たちが身柄を確保した金盞花についてですが、無事にシャンデリアの留置所へ輸送されました。しかし金盞花はラストリゾートの暗黒街で非常に大きな影響力を持つテロリストです。彼女の不在に乗じて競合するテロリストたちの活動が活発化する恐れがあるので、引き続き警戒をしていきます」
金盞花一人を逮捕したところで、他のテロリストたちにとって都合よく働く場合も考えられる。彼女の傘下にあった者たちが彼女を取り戻しに来ることもあるかもしれない。いずれにせよ、警戒するに越したことはないだろう。
桜井たちが納得の相槌を打つのを待たず、蓮美はホログラムの地図の縮尺を大きくする。
「それから本日先輩たちが向かう先は……」
ラストリゾートには地名というものが存在しない。代わりに東西南北の区域ごとにセクターを設けており、シャンデリアをセントラルセクターとして、NSEWのそれぞれ五セクターずつ割り振っている。DSR本部の所在地はW2セクター、昨日のホログラム街はN2セクター。そして蓮美が手を動かしてスクロールした先はE3セクター。
「ラストリゾート記念公園ですね」
最先端の技術開発が進んだラストリゾートの中で唯一緑溢れる場所として知られる公園。今となってはホログラム街のように都市部も魔胞侵食によって異常な緑が見られるが、本来ならこの公園だけが天然自然の残された地区だった。
「昨日コレットさんも仰ってましたが、金盞花が使用したと思しき車両を解析したところ、走行ルートは記念公園から続いていました」
「つまり、昨日の騒動とも関係があるかもしれないってことね」
蓮美の報告を受け、桜井は腕を組んで肩を竦める。
さらに、同じく腕を組んで聞いていた浅垣が報告を継ぐ。
「この公園は魔法生命体レリーフがラストリゾートで初めて確認された場所でもある。そもそも公園の中にある草花や樹木、生き物に至るまでその全てが魔力由来の品種ばかりだ。立派な魔胞侵食の温床だが、合法的に見逃されてる」
いつの時代においても、植物は景観を彩る上で欠かせないもの。特に都市開発が進むに連れて、排除される緑を残そうとするのはよくある流れだ。
とはいっても、この公園は実質的に言ってしまえば魔法生命体が繁殖するのに適した土地とも言えた。
「公園をまるごと焼き払えたら楽なんだけどな」
元も子もない提案をする桜井だったが、彼とてそう簡単なことだとは思っていない。安易に思える方法ほど、その実困難を極めるものだ。
「ラストリゾート記念公園は
言い淀む蓮美に対し、桜井はあることを思い出した。
「でも確か、部分滅菌はしてるんだろ?
魔法生命体が生息する以上、DSRは無関係とはいかない。桜井の言う通り公園にもDSRは関与していて、蓮美もそれを認めた。
「草花が公園の領域を越えて繁殖すると周囲にも影響が及んでしまいますからね。あくまで境界線を越えた植物のみが対象です。あっ、そういえば今日は定期滅菌の日でしたね。現場にはコレットさんがいると思いますよ」
偶然にも、今日は部分滅菌が実施される日だという。滅菌を担当するのは基本的に技術部門衛生課で、桜井たちとはあまり関係がない。その一方で衛生課主任のコレット・エンドラーズや同期入社の職員から話を聞くことがあった。公園を燃やすわけにはいかない以上、一部を定期的に滅菌する必要がある、それが部分滅菌だ。
公園と部分滅菌の話を蓮美としていると、浅垣はまったく別の情報を意識していた。
「月城財閥か」
公園に行くとなると関わらざるを得ないのが、ラストリゾート最大の財閥として知られている月城財閥。魔法産業革命を機にして富と資産を築き上げたことで知られ、絶頂期を過ぎてなお大きな力を持ち続けている。
これまで桜井は財閥と関わったことがなかったが、今回避けて通る道はなさそうだ。
「パラダイススクエアのことはニュースで知ってるだろうけど、金盞花のことも含めて一応話を聞きに行ってみるか?」
もし金盞花が公園で何かをしていたなら、持ち主も当然何かを知っているかもしれない。桜井が浅垣へ確認すると、
「月城財閥も公園内外におけるレリーフの問題には頭を悩ませてる。だから俺たちに部分滅菌を依頼した」
「害虫駆除はお任せあれって感じだな」
DSRという機関としては既に財閥と関係を持っている。当たり前のことではあるが、財閥もレリーフを認識しているということだ。
「月城財閥は世界中の魔具を集めています。おそらくレリーフの対処程度であれば問題ないと思われますけど、魔胞侵食による草花の繁殖だけは面倒なようですね」
基本的に滅菌技術はDSRだけが有している。彼らがラストリゾートで重宝される理由であり、技術部門が優秀な証左でもあった。
「ガーデニングが苦手なら公園なんか手放せばいいのに」
もちろん、財閥は環境保護の為にやっているのだろうが、魔胞侵食への対策を怠っては事態を悪化させるだけ。桜井の指摘は正論だったとはいえ、一筋縄では行かない問題だろう。
「直接面と向かって言うんだな」
と、浅垣はミーティングを切り上げて司令室を去ろうと身を翻す。気心の知れた仲とはいえ挨拶もない彼に代わり、桜井は一言残してから後を追う。
「じゃあ行ってくる」
息が合っているのかいないのか。行くと決まれば早い二人を、蓮美は手を振って見送った。
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
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