錆び

 水没していた施設の件を報告すると、至急復旧しろと言われてしまった。無理で無茶だとめちゃくちゃに食い下がってみたけどだめだった。

 ちかちかと設備たちが白く浮かび上がるのが見える。今ここでできることはない。濡れている状態で点検などできないし、修理などもってのほかだ。

 でも、ここも停電の原因のひとつなのだとしたら?

 さっきフェンスに近づいたとき、水たまりに入ったけど感電しなかった。このなみなみした水たまりと、この設備の調子は関係がないのかもしれない。

「中を見なきゃ始まらないよね、やっちゃん」

 キャリーケースを背負い直す。思い出したように夜墨が中からカリカリケースを引っ掻いた。

 実習室のキュービクルより大きく、小屋と呼ぶには小さい大きさの金属製建屋が二つ。その隣に、金属の丸い板がコンクリの土台の上で寝そべっている。これらをフェンスが囲っていて、街灯はフェンスの外側に一本立っている。

 丸く平たい金属の板は、異常電流を地面へ逃すための電極を埋めている蓋だ。何重にも重なった分厚い蓋は何重にもコーティングされている。白いコーティングが所々剥がれて、灰色とクリーム色の層が見えた。

 水たまりは設備のコンクリの土台を超えている。

 水たまりを引かせるのが一番最初だ。せめて土台の下まで。

 コンクリの下は土だ。草もぼうぼう。フェンスの周りを大回りして、水たまりの縁を踏んで歩く。ちょっとだけだからこれで水が出て行かないかなと期待。期待したけど全然出て行かなかった。嘘でしょ。濡れた土をただ歩いただけで足が重くなっている。そういえば家を出てからずっと歩いてるけどどれくらい時間が経っているんだっけ?

 フェンスの正面に戻ってきて、変わらない様子を見ると立ち止まってしまう。どうしよう。わかってるけどやりたくないこともわかっている。地面が土で良かったのか悪かったのかわからない。

「ああーもうーやっちゃーん。やっちゃんモフモフして寝たいよー」

 地団駄を踏む。背負ったキャリーケースがかたかた言って斜めがけにした作業箱の中身ががちゃがちゃ言う。夜墨をどこかに下ろしたいけど、下ろしても大丈夫だと思える所がない。

「今日はやっちゃんを吸って寝るんだ……」

 のろのろ作業に取り掛かった。取り掛かってみるとあれもこれもと思い至って、水たまりを掘り足した。コンクリの土台をぎりぎり下回ったところで止める。上体を起こすと肩と腰がバキバキだった。

 これでやっと荷物を下ろすことができる。

 フェンスをぎいぎい言わせて押し開け、鍵にカードキーをかざす。街中の受変電施設の鍵が開く非常用キーだ。これなら鍵穴の錆びなんて問題にならない。電源も蓄電池使用で停電も問題なしだ。

 鍵のライトが緑色に変わった。ドアノブをひねって、ひねれない。何度か試す。きっとこれは動かないタイプのドアノブなのだ。

 押して、動かない。絶対に動かない感触。引く。重い。重いけど、動きそうな感触。ゆすったら動く。このドアいったいどれだけ厚いんだろう。叩いてみたら、安っぽい音がした。そんなに厚くない。ガンガン叩いたら、引くドアがちょっと軽くなった。

「ああーもうー錆びる? そんなに? おかしいでしょ!」

 ドアのどこかが錆び付いている。フェンスもそうだけど、コーティングが足りないんじゃないのか。手抜き工事にも程がある。

 泥を撒き散らしながらドアをガンガンやっていると、夜墨がにゃあああんと唸り始めた。

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