その名前
夜墨の唸り声にうんざりして、一息ついたら馬鹿馬鹿しくなった。むやみやたらに叩いても仕方ない。運良くちょうどいい感じに扉が歪んで開けられたとしても、閉められなくなってしまう。閉められなければ、今、中の設備を再起動できたとしてもすぐまた止まってしまうだろう。今度は決定的に打つ手がない故障を起こして。
「はいはいはい。やっちゃんごめんね。一回戻ろっか。やっちゃんもそこで一回出してあげるから」
研修施設に潤滑剤スプレーがあるはず。着替えもしなくちゃならない。全身泥だらけで作業したら感電死間違いなしだ。
作業箱は置いていく。別の作業箱を追加で持ってこよう。持ってくるか迷ったものもあったしちょうどいい。
でもまだ泥だらけのうちに、この水たまりを渡れそうな橋を掛けておかなきゃいけない。金属じゃ感電しちゃうから、乾いた木の板とかそういうものがほしい。
「そんなのが落ちてるわけないよねえ」
落ちていたらそれはそれでびっくりだ。これも研修施設で探してきて、濡れないように接地するかもう一回研修施設で着替える。
もっといい方法がありそうだけど、今のベストはこんなものだ。
もう一周フェンスの周りをぐるっと回り終えたところで、ある表示に気が付いた。
手のひら大の金属板だ。接地極の蓋に取り付けられている。懐中電灯の明かりに一瞬きらっと光って気がついた。
接地極が埋設していることの標示板だった。電極の埋設場所や抵抗値、その測定日なんかが書いてある。
と、思ったのだけど、ちょっと違った。黒ずんだ板は所々金色に光っている。数字もフェンスの外からでは読み取れない。
接地極埋設標示板、とは違う字が書いてあるようだ。よく見えない。遠目だし平らに設置されているし、目の焦点がうまく合わない。私ってこんなに目が悪かったっけ?
目を擦っても読み取れない。接地極だと思っていたけど、接地極じゃない、のかも。接地極にしては大きいみたいだし。この設備の名前が書いてあるんだろう。
キャリーケースががたがたいい始めた。中で夜墨が暴れている。キャリーケースを背負い直す。何度かゆっくり軽くゆすった。早く出してあげないと。かわいそうなことをしてしまっている。
標示板が気になったけど、後で確認したらいい。
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