なみなみ

 一度引き返したら、街灯を辿って研修施設まで辿り着くことができた。さっきは街灯のない小道に迷い込んでしまっていたのかもしれない。どこのどの道に入ってしまったのかわからないけど。

 研修施設の周りの街灯と入り口の電灯は点いていて明るかったが、人気はなかった。

「他の研修生たちにはもう割り振りがあるのかな?」

 夜墨は答えない。非常用の表示があるインターホンを長押ししてみる。プーッと音はするけど人は出ない。人手が出払っていても無理はなさそうだ。

「家にいても怒られなさそうだよね、やっちゃん?」

 なにせまだ一ヶ月も研修受けてないのだし。勇んで出てきたはいいものの、さあこの変圧器の部品を変えろと言われてもできる自信がない。今なら検電器ででさえ感電事故を起こしそうだ。

「やっちゃーん」

 夜墨の返事がない。キャリーケースの中でうたた寝してるのだろうか。インターホンの返答を待ちながらキャリーケースを揺らしていると、耳元でブツッと音がした。

 バイザーがちかちかして、待機画面が出た。電力供給網を呼び出す。バイザーで表示できる情報量には限りがある。現在地周辺だけが表示された。それによると、このあたりが停電の境目のようだった。

 このあたりは住宅地の外縁部で、あとほんの少しでひまわり畑に出る場所だ。洋上風力発電所から変電所を経て脈脈と繋がってきた送電線が、このあたりの変電所で地中に埋められる。このあたりから街の中心部へは埋められた電線が電力を運んでいる。

 地中の送電線が落雷でショートする可能性もきっとないではないだろう。でも、ありそうなのはこのあたりの変電所で遮断機が働いて送電が止まってしまうことだ。

「至急」

 バイザーのシステム音声が最重要度にラベリングされたメールの受信を知らせる。どどどっと受信したメールの内容は同じだった。返答が無かったために何度も送ってしまったのだろう。

 電話着信やら音声メッセージもあったが受信しきれなかった。とにかく連絡されたことは、指定エリアでの停電箇所の確認だ。境目を見つけて原因を見つけるためだという。

 あまりに広範囲の停電で、原因を特定しきれないというのだ。

 了解の返事を送った。研修施設の鍵は開いていて、必要な器具を持って出発したのは停電から一時間も経ってからだった。

 そもそもこういうとき、停電箇所の特定は配電システムが自動で行うことになっていた。どこかの電線がショートしたとき、繋がっている地域すべて停電し、配電システムが再び送電、ショート箇所を大体で特定し、問題が起こっていない停電地域を別の送電施設から融通することなどを行う。それでも人の判断が必要だったが、この街では人工知能による全自動のはずだった。

 その人工知能が停電で使えなければ意味がない。

 割り振られたエリアは街灯以外真っ暗だった。

 バイザーがあるから道に迷うこともなく、住宅の位置も表示される。停電の有無もひと目でばっちりだ。

 最後に緑地の中の受変電施設を確認する。近くの避雷針の接地場所にもなっているから、ちょっといかつい場所だ。公園の中で急に現れる柵とコンクリ、金属の箱型小屋。

 ジイジイ虫の声がする。ちかちかする白い街灯に照らされた白い金属たちは、ものの見事に水没していた。足首の高さまで溜まった水たまりが施設を囲っている。下手に小屋を開けたら水が流れ込みそうだ。もうちゃぷちゃぷかもしれない。

「んん? ていうかやばいよやっちゃん!」

 逃げろ逃げろ! 私は慌ててじゃぶじゃぶ水たまりの中を駆け出す。停電しているからいいものの、感電しないほうが奇跡なくらいだ。こんななみなみとした水の中なんて!

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