幽暗
雷の音は聞こえなかった。衝撃がものすごくて、物音と雷の音の区別がつかなかった。まだ部屋じゅうがびりびり震えているんじゃないかと思ってしまう。
雨の音、ゴロゴロガラガラいう雷の音が聞こえる。夜墨は大丈夫かな、と見回したら、周りが真っ暗になった。
「や、やっちゃーん? 大丈夫? 大丈夫だからね?」
この数日間、怪しい雲行きから雷雨になることが多かった。今日も夕方から降り出して、午後九時ごろになって雷が近くで鳴り始めたのだ。
と、と、と、夜墨の足音が聞こえる。私の膝に毛が当たった。暖かい。
「停電かな。でも大丈夫、なんたって最先端システムの街なんだから、すぐ復旧するし予備電源だってあるはず」
夜墨を撫でながら待つ。珍しく大人しく撫でられていてくれた。自分でないものに触ると、自分がどれだけ緊張しているかがわかる。夜墨の気も張っているようだ。
「アパートに予備電源はないのかも……」
昼間はかんかん照りだったけど昼から雲が出てきていたし、太陽光発電でそんなに発電できなかったのかもしれない。確認しようにもバイザーに表示される情報が更新されない。
バイザーの情報が更新されない?
「待って待って待って落ち着いて私。あっやっちゃん逃げないで待って待って待って!」
思わず夜墨の尻尾を握っていた。ぴゅっと逃げ出そうとする猫のお腹を必死になって掴んだ。夜墨は手の中でもがいているけどいいポジションを探している感じだ。逃げない。
「やっちゃんどうしよう、統合制御システムが落ちてるかも」
バイザーが接続されないということはそういうことだ。バイザーの接続先は自宅や建物の端末ではなく、街中に設置された接続スポットだ。この接続スポットの電源が供給されていない可能性のほうを願いたい。
「接続できるところを探してみるしか」
こういうとき緊急出動があると聞いた。私はまだ研修生だから連絡網に入っていない。でも統合制御システムが落ちるほどの停電だ。きっと停電範囲も広い。人手は一つでも多く必要だろうと思う。
それも連絡が取れなければどうしようもない。
研修施設を目指しつつ、バイザーの接続スポットを探す。これでいこう。
「やっちゃんも行く?」
「なあん」
なんとなく聞いてみたら、思ったよりも乗り気の返事が返ってきた。
夜墨用のキャリーケースを背負って、合羽を着た。バイザーの上からフードをかぶる。持っていくものは迷ったけど懐中電灯だけにした。
意を決して外に出ると、土砂降りは止んでいた。ぽつぽつ、フードに当たる雨粒もちょっとするとなくなった。
街灯もなく月明かりもない、懐中電灯だけが切り取る夜の中だった。
足元と少し先だけがしろく見えて、景色がまるでわからない。水たまりを踏んだ音もすぐに吸い込まれてしまうみたいにしんとなる。
「こんなに人気なかったっけえ? やっちゃーん」
情けない声が出る。夜墨が背中で不満げにカリカリキャリーケースをひっかく音がする。
家を出てすぐ左に曲がったから、まっすぐ。まっすぐだけでいい。
いい、はずなんだけど、いつもの道ってこんな感じだっただろうか。緑地はあったと思うけど、こんなに荒れた感じ? で工事用みたいな柵なんて立っていたっけ。
視界に映るものがいつもと違って見える。いつもは自転車だから、明るいから、目につかないものが多すぎるんだ。歩いてみると緑地の一個一個はすごく大きいし、住宅が全然見当たらない。これじゃあ人気がないわけだ。
ぱりっ、少し先で街灯が点いた。急いで駆け寄ると、カラカラ、街灯の上の風車が回る音が聞こえる。
そうか風も止まっていたから接続ポイントが落ちちゃってたんだ。これなら接続できる接続ポイントもすぐに見つかるはず。
問題は、この街灯にまったく見覚えがないことだ。書いてある番地も研修施設の住所からだいぶ遠い。
地図があればこの番地から研修施設まで道がわかりそうなものだけど、地図もバイザーのオンライン頼りだった。
「ひとまず戻って」
それからまたやり直しだ。どこで道を間違えたんだろう。
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