線香花火
今日も実習は私一人だけだった。
春の年度切替に間に合わなくて、来年まで待つこともできず、夏に無理矢理研修生として受け入れてもらったのだから、研修を受けられるだけありがたい。
でも教官までホロ越しっていうのはどうなのだろう。
実習室は運動ができそうなほど広い。バスケットコート二つ分はありそうだ。天井も高い。床は黒い絶縁シートで、部屋じゅうに様々な大きさの金属の箱が並んでいる。その中でも大きいもののひとつが今日の課題だった。
見上げる高さのベージュ色の箱は、ケーブルの一本も繋がっていないただの箱だ。
変圧器や継電器、制御装置、配電設備などがひとまとまりになっている高圧受変電設備だ。キュービクルと呼ばれる。高圧の電気の電圧を下げ、配電する設備で、商業施設や住宅に設置されている。
私の目指す電気設備保守の仕事のほとんどは、街じゅうのキュービクルの点検であるらしい。
街の本格稼働を直前にして人手が足りなくなったために、電気保守をはじめとする末端のエンジニアを急きょ育成するプログラムが組まれた。将来があるようでない仕事のうえ、急だったために募集条件も緩く私のようなインターンでも受け入れてもらえたというわけだ。
バイザーに表示された説明と流れてくる説明、キュービクルに映し出されたホログラムで点検の概要と注意、手順を話している。
箱の扉を開け、中に入る。ずらっと並んだ機器にはおびただしい数のスイッチとランプ、線が付いている。
注意事項の中で、事故事例が表示された。薄暗いキュービクルの中でパチリ、バチン、固い破裂音と一緒にきいろい光が直線に飛ぶ。細く、いくつも。バチバチ、激しい火花から私は後ずさり、キュービクルから出た。音は激しくなり、ボン、黒い煙が上がる。
経年劣化による漏電は、私たちが最も防ぐべきもので防ぐことができるものだ。
帰宅すると、夜墨が窓辺で伸びていた。網戸にした窓を開けて行ったら窓辺に張り付きっぱなしだ。
テレビのスクリーンセーバーは線香花火だった。同じ火花でも、これはとても静かだ。
私は液晶に手を触れて、線香花火のホロを引き出す。破裂音が近付く。ぱりぱり、ぱちり。
夜墨がするすると近づいてきた。ホロをすんすんと嗅いで、ぱちぱちまばたきする。ぱち、ぱち、線香花火の音と一緒に夜墨のきいろい目がひかった。
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