滴る
「やっちゃん、水飲むの下手くそだよねえ」
んなっ! と鋭い声が返ってくるところだけど、今の夜墨はそれどころじゃない。皿からぴょいぴょい水を跳ね飛ばすことに忙しい。
夜墨と出会ってから数日、交番からの連絡はない。日に一度電話してみているけれど返答はいつも同じだ。まだ届け出はない、こちらからの連絡を待っていてほしい。
こんな猫が外をうろついているなんてありえないことだ。逃げてきたのか捨てられたのか。逃げてきたなら探しているはずだ。今この街に住んでいる上に猫を飼うだなんて、きっととてつもなく街に必要な人なのだろう。
この街はまだ本格稼働前だから、『お客さま』の住民はまだいない。今住んでいるのは街の稼働に必要な人材だけだと聞いた。
「やっちゃんの飼い主さんはなにをやる人? 通信インフラの人? エネルギーインフラの人?」
皿を見つめる夜墨の額をつつく。夜墨が目だけで私を睨みつけた。
「私はエネルギーインフラの人だよ。今はまだ見習いだけど、電気設備保守をするんだ」
私は夜墨のぼさぼさになった顔周りの毛を撫で付ける。顎下なんて絞れてしまいそうなほどびしょびしょだ。
持続可能なエネルギーの自給自足都市。小高い山の向こうに海を持った盆地に位置している。風力発電と太陽光発電、水素発電の発電効率と送電効率を高め、人工知能によって送配電を管理することで無駄を限りなくゼロに近づけることを目標とした都市だ。
管理人工知能はあらゆるエネルギー消費、発生をあらゆるセンサーが感知、データを瞬時に都市運営に反映させる。二十四時間先まで、一分毎の電力消費を予想し、最適になるよう電力を振り分ける。各戸の電化製品を強制的にオフにすることもある。
だから住人はエネルギーそのものへ関心が強くなければいけない。熱心に無駄のない生活をし、請われれば都市のために身を削らなければいけない。
そんな都市をつくろうという人が、猫を飼うだろうか。わざわざこの街で。
夜墨の鼻先に水滴が付いていた。人差し指で拭いとる。夜墨は指先を反射的に舐めた。ぺろぺろ。ざらざら。夜墨がたたらを踏みながら顔を上げる。前足が皿に突っ込んだ。それに気付いて後退り。床がもっとびしょびしょになる。
「待って待って。足を拭こうね」
うろうろされる前に拭くものを探した。で、戻ってみると、夜墨は濡れた前足を手にして肉球を舐めている。ちゃぷ、ちゃぷ、皿の飲み水に浸けてはぺろり。
ぽたぽた、顎下の毛からは水が滴り落ちている。
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