金魚
交番では結局、飼い主を見つけることができなかった。ペットの捜索願とか落とし物の問い合わせとか、街全体で検索してくれたけどヒットはゼロだった。検索するタイミングによっては届け出とのタイムラグがある可能性があります、とのことで、届け出が出るまでしばらく待ってみることになった。
その上交番では猫を預かってくれなかった。その交番自体、警備ロボットの駐機場がメインだから、とホロ電話の向こうのお巡りさんに言われてしまったらどうしようもない。じゃあお巡りさんのいるところまで行きます、って程の元気は無かった。
この街も本格始動までまだちょっとあるから、人手不足は仕方ない。
アパートの玄関を開けて閉めて猫を解放すると、猫はそのままじっと腰を落ち着けた。振り返って見上げてくる。
「狭い思いさせてごめんね。あ、トイレ? トイレどうしよ猫砂か」
猫は本当にずっとじっとしたままだった。私は自転車を片手でふらふら押すのが辛くて、最終的に前籠に無理やりスペースを空けて収まってもらったのだ。
粗相することも逃げ出すこともなく、大人しすぎる猫だ。
それよりも昨日入居したばかりのアパートの部屋に猫砂なんてあるわけがない。
部屋備え付けの、というかアパートの、街全体どこででもアクセスできる端末に助けを求めた。
「猫砂の代用品を教えて」
「新聞紙を細切れにし、箱に敷き詰めたものが代用品になります。新聞紙一、ニ枚分程度の量でいいでしょう。また、箱のかさが低い、量の不足や過分などによって猫がかいた際に中身が出てしまうことがあります」
「新聞紙かー。猫ちゃん、もうちょっと待ってね」
荷物の緩衝材に入っていた紙があったはずだ。あれを細切りにして、まだ潰していない箱に詰めてあげたらいいだろう。
急いで紙を裂き、薄く箱詰めしたものを手に部屋を見回してみると、猫がテレビに釘付けになっていた。
テレビは水面と金魚を表示していた。さっきの検索で電源が点いていたのだろう。たぶん。この街はなんでも自動過ぎて勝手に電源がつくような気がする。リモコンでオフにしてもスリープにしかなっていないんじゃないだろうか。
テレビは壁の低い位置に掛かっている薄い液晶だ。猫が液晶をおそるおそるつついた。まるい手が、触れる化触れないかほどそっと出て、引っ込む。
すると液晶に映っていたものがホログラムになってせり出してきた。天井や床に設置されているいくつもの投影装置によるものだ。
猫は黒い毛玉になって飛び上がった。私も昨日同じ反応をした。
水面の薄いあお、薄いヒレを揺らす金魚のオレンジがチラチラする。目が慣れてくると輪郭を捉えられるようになる。この猫の時と同じだ。猫よりふた回り小さな金魚が三匹、ヒレを遊ばせて泳いでいる。
猫は前傾姿勢のままじっと金魚を見つめた。目が金魚を追い、頭が追って、しばらくするとお尻をふり始めた。金魚が尻尾を向けた途端、ばっと飛びかかる。だけど金魚はホログラムだから、猫は金魚を通り過ぎた。床へぶつかる前にまた飛び上がった。猫は水槽のホログラムの真ん中で、キョロキョロする。
「トイレじゃなかったかあ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます