たそがれのやぼく

木村凌和

第一話

黄昏

 バイザー越しなのに西日が眩しかった。

 講習からの帰り道、砂利にタイヤが足を取られて転びそうになった時だった。

 電気自動車を降りて体勢を立て直し顔を上げると、道の真ん中にくろい滲みが座っていた。西日のせいで視界がギラギラしたバイザーのど真ん中、数歩先にくろくてぼやけた、影だろうか。猫くらいの大きさだ。影だとするなら、黒くて、毛が長い猫だろうか。

 黄昏が染めるきんいろの道に落ちた一点の墨の染みのようでもある。

 生き物ならバイザーが表示するはずなのに。私は帰り道のナビが表示されたバイザーを持ち上げた。

 影のきいろい眼と目が合った。ばちっと音がするくらい。

 やっぱり猫だ。よく見たら耳もあるし、尻尾をぱたぱた打っている。

 どこの家から逃げてきた猫だろう。それもこんなところに。

 街から遠ざかっていく方向の道だった。ここから先はずっと住民のための畑が続いている。ここは畑の手前のひまわり畑だ。私だって来たばかりの街で、試しに見て回ろうと思い立たなければ来ない場所だった。周りにひとけはまったくない。

 連れて帰ったほうがいいよね。

「ねこちゃんねこちゃん、おいでー」

 私はまたがったばかりの自転車から降りて、腰をかがめた。こうして見ると毛玉のような黒猫だ。暑そうなのにぴくりともしない。私が一歩踏み出してもじっとしている。

 撫でると、一瞬ひんやりした。でも手のひらに長い毛が貼り付いた。

 猫が眼を見開いて顔を上げる。

「君かわいいねえ。大人しいし、優しいんだね」

 猫がぐるるっ、と微かに唸ったけど、両脇を持って持ち上げることができた。

「こんなところまでどうやって来たの? おうち見つけてあげるからね」

 猫の尻尾がゆるく揺れている。眼は私を見ているようで、私の後ろを見ているような気もする。猫を引き寄せ胸に抱き、尻を支えた。猫は驚いたのか固まったままされるがままでいる。連れて行くなら今のうちだ。

「よーしよしよしよし。まずは交番かなあ」

 くるりと振り返る。なんとかバイザーを下ろして、一番近い交番を検索。表示されるAR経路案内が変わった。自転車で十分。乗合の車に乗れればもっと早いけど、今は近くに空いている車がない。でも目の前の自転車は荷物が満載だ。普通に乗るだけでバランスを崩して倒れるレベル。猫と遭遇する前に既に一度転んでいたくらいだった。

「さてどうしようねー、ねこちゃん」

 抱いた猫を揺らす。猫は眼をまんまるくして私を見返すばかりだ。

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