<第四章:アムネジア> 【02】


【02】


 ――――――世界を斬り裂く。

 英雄が飛ぶのを見た。

 フィロの剣は、真っ直ぐ巨人の頭を絶つ。

 ただの一撃で、王冠どころか体をも両断した。

 巨人が塵になる。

 悪い夢が覚めるかのように。

 俺も、逃げ出した冒険者も、足を止めてフィロに見惚れていた。

 誰かが小さな歓声を上げる。

 声は伝播して辺りに広がる。

 知らずに俺も声を上げていた。

 フィロを讃える声がダンジョンに響く。

 今はたった5人の賞賛。

 しかしそれは、すぐ大きな声になった。

 無事、10階層のポータルを潜りダンジョンから帰還。その後、冒険者組合の人間に大きな酒場に案内され、酒場の人間全てに割れんばかりの賞賛を浴びる。

 ほとんどの人間はタダ酒の礼ついでだが、同じ新米冒険者からしたら、先に進める機会を作った救いの主だ。自然と感謝の言葉は出て来る。

 俺たちも逆の立場なら声を上げただろう。タダ酒なしにしても。

 フィロは、テーブルの上で酒場のマスターに担がれ、皆に顔を見られていた。

 見たことがないほど照れていた。

 誇らしい気持ちと同時に、どこか遠くに行ってしまった寂しさもある。


「新しい英雄、【巨人殺し】を讃えろ! 冒険者たちよ!」


 冒険者たちは祝杯を掲げた。

 彼女を讃える宴は夜明けまで続いた。


 馬小屋に戻り、俺はバックパックの中身をぶちまける。

「沢山貰っちゃったね」

「だなぁ」

 酒の席にいた連中が、礼だと俺のバックパックに色々と突っ込んでいたのだ。

 小さい木の像。半分になった本。布の端切れ。酒場にあったフォークやスプーン、皿やコップ。石。レンガ。食いかけの乾パンなんかもある。

 大半がゴミやガラクタ。

 ただ、金も結構ある。

 銅貨ばかりだが、金は金。しかも、思ったよりも枚数があった。いや、銀貨もあった。そして奥に光るものが数枚。

「銅貨が52枚。銀貨が8枚。金貨が4枚。そんなとこだ」

「あ、あ、あああああ!?」

 フィロが奇声を上げる。

「家が買える!?」

「落ち着け、流石に買えない」

「どどどど、どどどど、どうするの!? 金貨だよ!」

「使うに決まってるだろ。まず装備の新調だな。フィロの新しい鎧と盾を買おう。剣もしっかりしたところに研ぎに出すだろ。あ、靴。靴も良いものにしよう」

 それで金貨はなくなるかもしれない。

 良い鎧は本当に高価だ。しかし、命が守れるなら金を出す理由はある。

「鎧もいいけど、美味しい物食べよう」

「それもそうだな。あとは、馬小屋も卒業するか」

「家を買うの!?」

「だから無理だって。借りるくらいならできるだろ」

「畑付きの家がいいなぁ。こっちじゃ育てた作物を自分で食べても罪にならないし」

「育てなくても、野菜くらい買えるだろ」

「自分で育てたらお金かからないよ。肥料とか種とか水はお金がかかるけど。あ、水は無料かぁ。忘れてた農具も必要だね」

「小さい畑を趣味でやるならいいが、本業は忘れるなよ」

「本業?」

「いや、俺らは冒険者だろ。しかもお前は英雄だぞ。あんなデカイモンスターを一撃で倒したんだ。もっと自慢しろ」

「そ、そっかぁ。ボクらはもう冒険者なんだ。それに英雄かぁ。全然そんな感じしない」

「そういうもんだ。英雄なんて言われても、実感するのは辞めた時か死ぬ時くらいだな」

「アハハ、君も英雄って呼ばれてたみたい」

「そんなわけあるかよ」

 俺なんて、せいぜい英雄の荷物持ちだ。

「ふぁ」

 フィロは、大きなアクビをする。

 俺も眠い。

 このまま馬小屋で眠りたいが、大金を持った状態で戸口のないここで寝るのは不用心すぎる。

「宿行くぞ」

「ぁ~い」

 ノロノロと荷物整理。

 宿に行く途中、ガラクタを路地裏に捨てる。

「………………?」

 路地裏が歪んでいた。

 建物の老朽化が原因だろうか? 前衛芸術のように渦巻き状の歪みが発生している。しかも黒いボロ布みたいなのが、張り巡らされていた。

 不思議だが、ダンジョンでもっと不思議なものを見たことがある。この程度で驚きはしない。通り過ぎ、何度か泊まったことのある宿に宿泊。

 甘えて来るフィロの服を脱がして、我ながら元気なことに、やることはやって寝た。


 翌日、王の使いが来た。

 俺とフィロは、半裸で使いを名乗る男を出迎え、スクロールと金を貰う。

 使いの男曰く。

 フィロを国の英雄として迎えたいとのこと。

 あの巨人を一撃で倒した腕前だ。十分、国が保護するに値する。言い方を変えると、この国が戦争状態になったら、お飾りでもいいから味方しろということだ。

 断る理由は何もなかった。

 その日から生活は激変した。

 金に困ることはなくなり、宿から一軒家に越した。

 小さいが、フィロの希望通り畑のできる庭付きの家だ。

 日がな一日、その家でのんびりと過ごした。

 庭を耕し、種を撒いてみたものの、俺もフィロも素人のせいか一向に芽の1つも出てこない。

 フィロの鎧も剣も新調したが、寸法合わせのために袖を通したきりで地下に飾ってある。古い剣は路地裏に捨てた。俺のバックパックや、古い服や靴も捨てた。

 ダンジョンには潜っていない。

 別に間違ってはいない。

 俺もフィロも、生活のためにダンジョンに潜っていただけ。国から金が貰えるようになった今、無理をしてあんな場所に行く必要はない。

 衣食住に困らなくなり、暇ができた。色々と趣味にも手を出した。

 どれも俺たちには無意味に過ぎ去り、記憶にも残らない。

 退屈だが幸せな日々だ。

 フィロとは、何度も何度も肌を重ねた。

 短い冬が過ぎ、いつも通りの春が訪れ、彼女は俺の子を宿した。

「冒険者になったらどうしようか?」

「俺が全力で止める」

 日が暮れるとベッドの中で、まだ産まれてもいない子供の将来を心配して長く長く他愛もない話をしていた。もしかしたら、何度も何度も同じ内容の会話を。夜明けには忘れてしまうけど、ただ毎日には、幸せな感情だけが残る。

 ある日、身重のフィロを家に残して、俺は街に買出しに出かけた。

 家の外に出たのは久々だ。

 俺たちに必要な物は全て家にある。買い求めるのは、子供のための物だ。

 ふと、あの路地裏が目に入る。

 寄らなくても良いのに、何故か怖いもの見たさで足がそちらに動いてしまう。

 路地裏は黒くなっていた。

 その黒は動物の体毛だ。

 開けた路地裏には、幾つもの鎖に拘束された巨大な狼が眠っている。

「何だこりゃ」

 しばらく見ないうちに、街でモンスターを飼うようになったのか?

 狼は、俺に気付くと金色の目を見開く。

『やっと来たか、凡夫。ここの居心地は悪くないが、人の泥の中で動けんのは気に食わん。さっさと妾を外に出せ』

 意味不明なことを言っている。

 無視しよう。

『待て帰るな。いいから聞け。いや、聞いてください』

「はぁ」

 踵を返すと、腰が低くなったので振り返る。

『貴様は、二度と這い上がれない深みを前にしている。外でやりたいことがあるのではないのか? 妾も同じだ。復讐せねばならない』

「外? 復讐?」

 狼の鎖が鳴る。

『ほう、妾との関係性を深めれば戒めが緩むか』

「外ってなんだ? 街の外ってことか? それとも元の世界のことか?」

『その物言い。変わった凡夫とは思っていたが、異邦人か貴様。なるほど、世界の異物であるが故に妾との“繋がり”ができたと。■■■か、或いは■■にて■■■■く』

「わかる言葉で話せ」

 ノイズのようなものが走り、狼の言葉が聞き取れない。

『人の認識を歪めるのは、よくある神の御業だ。しかしまあ、星海の化け物の次が、凡夫の異邦人。妾はつくづく出会いの運がない。ただ血には恵まれているか』

「だからなんだ? 帰るぞ」

『いいからいいから聞け。いや、お願いします。聞いてください』

「はいはい」

 仕方なく、まだ我慢して聞いてやる。

『この街に、妾の血族の末が囚われている。奴を解放しろ。そうすれば、世界は壊れる』

「物騒なこと言うな」

 しかし、本当に世界を壊すつもりなら知って対応するのが吉だ。英雄の伴侶として、俺にも街を守る義務がある。

「どんな奴だ? 名前は?」

『奴の名は、妾と同じロラ。またの名は、【獣の王】』

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