<第四章:アムネジア> 【01】
【01】
奮発して宿に泊まり、フィロと自堕落に3日過ごした。
「そろそろ、ダンジョン行かないと駄目だねぇ」
フィロは、財布の袋をひっくり返す。
中には銅貨が2枚。それが全財産だ。
「………行かなきゃ駄目か?」
フィロを抱き締めてベッドの中に連れ戻す。
離れがたい体温と肌の感触を味わう。
「駄目でしょ~。もう今日のパン代で終わりだよ」
「チョチョ狩りか」
なんだか久々な気がする。
所詮はダンジョンの雑魚モンスター。大して強くはないが、群れに襲われると装備が痛む。特に大事なマントが齧………あれ? 俺、マントなんて持っていないよな?
「チョチョ? あれは競争率が凄いから止めにするって、君が言ったんじゃない」
「俺が?」
「そうだよ」
フィロは、不思議そうな表情で俺の前髪を触っていた。
「言ったような………気もする。大分前に、はて?」
「いい加減調子取り戻してよぉ。元気が良いのはベッドの中だけ?」
「すまん物忘れだ」
記憶の喪失は、溺れ死にかけたのが原因だろう。
いまだに頭痛もある。
「さっ! 準備準備!」
フィロがベッドから出て、床に散らかした服と鎧を身に着けていく。渋々、俺も続いて装備を身に着けた。
黒い鎧とバックパック、武器………武器?
「なあ、フィロ。これお前のか?」
手に取ったのは、ベッドに立て掛けてあった剣らしき物。鉄の棒に雑な刃らしきものが付いている。切れ味はよさそうには思えない。まともな武器というより、素人の手製の武器に見える。
「ボクのはここにあるけど、君って武器持っていたっけ?」
フィロは、ロングソードを背負う。
俺は剣なんて使えないし、戦闘はからっきしだ。頭脳労働と荷物持ちが仕事なのに、武器を手にする暇はない。そも買う余裕もない。
「フィロ、盗んだのか?」
「しないよぅ。盗みは手を切られるからね。片手じゃ仕事は倍大変」
「となると、前に泊まった奴の忘れ物か」
面倒も嫌だから、宿を出る時に店主に渡すか。
「ささっ行くよ。冒険者はダンジョンに行くのが仕事!」
「へぇへぇ、今日は元気だなぁ」
「ボクはいつもこうだよ!」
2人で宿を出る。
宿の店主に拾った剣を渡すも、『知らん』と突き返された。
重いので持ち運びたくない。適当な商店に入り売りつけるが、『ゴミだ』と突き返された。
どうしようもないので、剣は路地裏に捨てた。
路地裏にはゴミが沢山ある。
人間の死体や、白骨化した動物、錆びて朽ちゆく武器防具、家具や船の残骸まである。この街の人間は、いらない物は路地裏に捨てるのだ。剣くらい捨てても誰も文句は言わない。
『凡夫。妾を捨てようとするとは何事だ』
当の剣以外は。
幻聴だ。
剣が話すわけがない。ポイと放り捨てた。
『おい、コラ』
「行くよ~」
「おう」
小走りで、少し離れたフィロに追い付く。
「なんか久々だね」
「ダンジョンがか?」
「そそ」
「まあ、宿で3日もサボっていたしな」
「宿ではたった3日だけど、ダンジョンに行くのはもっと久々。………10年くらいかな」
「冗談はやめろって。ああでも、宿で10年くらいダラけて過ごしたいな」
「お金稼いでダラダラしよう!」
「サボってダラダラするために働くのか」
なんか真理だ。
しかしなんだ。
フィロと街を歩くことに妙な感情が湧く。
郷愁? 憐憫? わずかな焦りと嫌悪感は、冷たい風に吹かれて消えた。
冬の到来が近い。
この街、この世界で初めての冬だ。どういうものかわからないが、冬支度に金がいるのは確実だろう。ダンジョンで稼ぐしかない。俺たちのような人間は他に稼ぎ方を知らない。
ふと思い出す。大事なことを。
「そうだ、フィロ。階層の番人について情報がある」
「ばん?」
覗き込むようにフィロは俺の顔を見て来る。
こいつは、こういう大袈裟な動きをよくする。剣を振る時は一切無駄がないのに、普段の所作は子供みたいに無駄が多い。
「5階層毎にポータルがあって、その1つ前の階層には番人がいる」
「にん」
「って、話したよな?」
「聞いてた」
忘れていたな。俺もだけど。
「で、その番人の情報だ。安酒を我慢しながら飲んで探っていた」
「偉い!」
「はいはい、相手は巨人だ」
「巨人って何?」
「なんか大きい奴だ」
「大きい奴かぁ。斬れるのかな?」
「斬って切れないことはないだろ。で、骨の巨人らしい」
「骨は斬るの大変なんだよ。刃が痛むし」
「弱点がある」
「ほほ~ん」
「なんか王冠を被っていて、それを破壊すると倒せるそうだ」
「てことは、首だね。巨人の首を斬ると」
「難しいか?」
「最初に足を斬るでしょ。倒れるでしょ。防御する手も斬るでしょ。はい、首斬った。勝ち!」
「勝ちだな」
「簡単、簡単」
フィロは、楽しそうだ。
俺は心配だ。心配しかできない。
しかし、それを顔に出さないように進み。ダンジョンの一階層――――――冒険者組合に到着。やる気のない担当に冒険の予定を知らせ、組合の販売所でパンを買う。これで一文無し。ついでに、水筒に水を補給。
そして、ポータルを潜る。
光の後、5階層に到着。
暗闇の中、カンテラを点けた。
フィロも俺も口を閉ざす。声を上げるのは差し迫った危機の時だけ。基本的にボディランゲージと視線で意思疎通をする。
ここはもう、モンスターの巣窟だ。
特に気を付けなければならないのが、ダンジョン豚。正式名称、レムリア豚。この国の特産品であり、俺たちのような新米冒険者の死因第一位。
皮膚は硬く刃を弾き、牙は鋼の鎧や盾を容易く噛み砕く。凶暴で遭遇したら最後、別の獲物を見つけるまで、ひたすら死に物狂いで追いかけて来る。
何よりも恐ろしいのが大きさだ。
ダンジョンの通路を占有する巨体で、壁のように迫って来る。止められる人間は、食われている人間だけだ。
発見イコール死と考えていい。
決して戦ってはいけない敵だ。
俺たちは目を合わせ、慎重に慎重に歩みを進めた。焦らず急がず、しかし神経をすり減らしながら闇を睨み付け歩く。
薄暗いダンジョンを照らすのは、カンテラの幽かな明かり。モンスターの目を欺くための微かな光量。
こんな場所、1人じゃ耐えられないだろう。不安と孤独の恐怖で発狂する。
しかし、今日はついている。
敵の姿が全く見当たらない。
豚の気配もないし、他のこまごまとしたモンスターの姿も見当たらない。普段なら日銭を稼げないと嘆くところだが、今日は大物に挑戦して先に進む日。雑魚の相手で消耗しないのは幸運である。
闇の中を進む。
不気味なほど気配の1つもない。もしかしたら、俺とフィロしかここにはいないのでは? そんな考えが浮かぶほどだ。
順当に6階層、7階層を踏破。
8階層に降る階段の前で休憩。
ここまで、本当の本当に敵がいなかった。幸運にしても出来過ぎている。異常事態といっていい。
異常ではあるが、なるようになるしかない。
部屋の隅にテントを張り、パンを食べてフィロを仮眠させた。
フィロは、俺の太ももを枕に眠っている。恐ろしく寝付きが良い娘である。
呑気なフィロの寝顔を見ていると、言い様のない不安が湧く。
このまま進んでいいのか?
とてつもない見落としをしてないか?
準備は? 情報は? 戦略は? 考えれば考えただけ不安が増える。とはいえ、とはいえだ。俺たちには金も余裕も時間もない。少ない手札に全てを賭けるしかない。
賭けるしかないのに、無駄に考えてしまう。
妙案を思い付くほど優秀な頭じゃないくせに、小さい脳を酷使してしまう。
本当に無駄に、3時間ほど考え続けてフィロが目覚めた。
「おはよ。交代」
「おう」
目覚めたフィロは背伸びをして、自分の太ももを叩く。
「いいよ。バックを枕にする。敵が来たら動けないだろ」
「君って繊細だから、きちんとした枕じゃないと寝れないでしょうが」
「寝れなくても大丈夫だ」
どうせ俺は荷物持ちである。戦うフィロほどコンディションは大事じゃない。
「君が寝ないとボクが付かれるの。ん!」
バシバシと太ももを叩くフィロ。
そこまで言われたら無碍には出来ない。頭を太ももに置く。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
細い太ももだ。堅い筋肉と骨が頭に当たる。なのに、どんな枕よりも睡魔を誘ってくる。
目を瞑り、闇を見つめると、すぐ眠りに落ちた。
落ちたのに、水から浮かぶ夢を見る。
水面から顔を出すと何かに掴まれ沈む。それが繰り返され、目覚めた。
「おはよ」
「ああ、おはよう。どのくらい寝ていた?」
「結構長く。疲れていたのかなぁ」
「………そうか」
全然、眠った気がしない。疲労が全く取れていない。
まあでも、動ける。俺程度なんて動けるだけで十分。
フィロの膝から頭を離して背伸び。
体が痛い。岩の上で寝たかのよう。
「よし、行くぞ」
「そだね」
フィロは、気楽な返事をした。
一番危険な立場なのを理解してるのだろうか? 少し苛立ちが湧く。
「フィロ。まだ引き返せるぞ」
「冗談やめて。進まないとジリ貧なんでしょ? 日銭を稼ごうにも競争相手が多すぎてチョチョ1匹手に入れるにも殺し合いなんだし。ついさっきも、団体の冒険者が階段を降りて行ったからボクらも急がないと」
「なに?」
「え? だから、ジリ貧で」
「違う。他の冒険者が階段を降りたって言ったか?」
「言った」
今日は異常なほど幸運だ。
簡単な話。番人は倒さなきゃ進めないが、他の誰かが倒した後、復活する間に通ればいい。
「何人くらいだ?」
「多かったよ。少なくとも20近く」
「多いな」
1パーティとは思えない人数だ。
誰かが徒党を組むように扇動したのだろう。思った以上に、浅い層での殺し合いを問題と考える人間がいたとか? そりゃ希望的な考えか。冒険者なんて自分らのことで精一杯の連中だ。あまり、甘い考えは浮かべないでおこう。
ともあれ、利用できる。
「フィロ、連中が倒すのを待ってから進もう。それで楽できる」
「えー!」
「え? そんな驚くことか」
「加勢しようと加勢。広がれ人脈! 売れ恩! 人に褒められる冒険者になろうよ! 英雄みたいに!」
「なる………かな」
言ってることは正しい。
人付き合いが苦手な俺には、言い切る実体験がないだけ。いや………………正しいに決まってる。人間1人でやれることなんて程度が知れている。
「フィロ。1個だけ約束してくれ。俺が言うまで助けに行くな」
「了解っ」
軽い返事だ。
考え無しというより信用の証、と受け取っておこう。
階段を降りる。
通路より暗いダンジョンの階段は、不安が頭を巡る長さであり、解消できるほどの長さはない。そして、上下の感覚が曖昧になる。
と言っても、俺だけの感覚でありフィロは平気なようだ。
三半規管とかの強さの問題だろう。こっちの人間と異邦人とじゃ、体の強さが根本的に違う。本当に俺は足手まといだ。
考えなくてもいいことがウジウジと浮かぶ。
何か別なことを考えようと――――――階段が終わった。
開けた空間が現れる。
奥に大きな玉座を讃えた広間である。
「うわっ」
フィロが引きつった声を上げた。
乾いた空気の中、濃い血の匂いが漂っている。
大惨事だ。
床には無数の冒険者の遺体が転がる。原形を留めている者の方が少ない。
やったのは、巨大なモンスターだ。
王冠を頭に乗せた巨人の骸骨。全長は5メートル、担いだボロボロの巨剣は4メートル近い。剣としての機能は死んでいるだろうが、それでも冒険者を軽く消し飛ばしている。
また、一振りで3人を殺す。
返す刃で2人。
悲鳴を上げて、残った冒険者が逃げ出す。その数はたったの4人。骨の巨人が、その背中に咆哮を上げた。
巨体が、こっちに来る。
「フィロ、引き返すぞ」
人間が戦える相手じゃない。
肩を掴むも岩のように動かない。
「フィロ! おい!」
「あれ倒したら、英雄に近付くよね?」
「何を言っているんだ」
「大丈夫。ボクはなるよ、英雄に」
「フィロ!」
俺の手を弾き、フィロが駆けだす。
剣を肩に担い、巨人に向かって真っすぐに。
白刃が――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます