<第三章:死と幻の島へ> 【07】


【07】


 息を乱しながら、ハティを担いで家に戻る。

 アリスに診てもらうが、彼女でもわからない症状だった。

 しかし、猫が知っていた。

「呪い焼けだね。【竜殺し】の力を顕現させた時、傍にいたのだろ? そらそうなる。この聖女様の半分は竜と同じもの。しかも、なりそこない。抵抗力がないから、余波だけで体の内部を焼かれる」

「治療方法は!?」

「必要ない。人としての部分が頑丈で健康だし、放置しておけば自然回復するさ」

 一安心だ。

 一瞬忘れていた不安を思い出す。

「アリス、後は頼む」

「え? こんな時にどこに?」

「竜を仕留めそこなった」

 部屋に戻り武器を手に取る。

 錆び取して磨いた穂先に柄を付けただけの簡素な槍。だが、間違いなく英雄の得物。

 どんな邪魔があっても、二度は外さない。

 殺気を放ちながら家を出る。

 玄関前でランシールとばったり出会う。

「なんだ?」

 今、収監とか言ったら城を壊すぞ。

「まず、王として礼を言わせて。二度も国を救ってくれた。それと、ラナさんと蛇から聞いているわ。国を出るなら、表の馬車で近港に向かいなさい。ゲトバドという魚人が待っている」

「は? 今からか!?」

「今を逃したら、また別の竜が来る。急ぎなさい」

 確かにそうだし、予定通りでもあるが、なんでこう急かされるのか。

「準備する」

「急ぎなさいね」

 家に戻って地下に。

 使い古したバックパックを担ぐ。ここ最近使っていなかったが、冒険に必要な物は補充してある。

 得物は、手にした槍と白い短剣。

 たった2つ。いや、1つか?

 嘆いても仕方ないが、正直心許ない。

 くすんだ赤いマントを羽織り、冒険の準備は完了。

 上に戻り、アリスと目が合う。彼女は、ソファに寝かせたハティを看護していた。

 何か言おうとして言葉に詰まる。

「あーその………………すまん。ちょっと外に出る」

「いつおかえりで?」

「2、3日………では無理かもしれない。10日くらい? そこそこ長く家を離れると思う」

「はい」

「まあ、なんだ」

「はい?」

「その、うん。あー、あれだ」

「あれ?」

 成り行きで結婚したとはいえ、夫らしいことは何一つしていない。夫婦としての実感も覚悟もない。時間さえあれば、自然と実感が湧くものかも。そして、俺の口が上手けりゃこれを上手く伝えられただろう。

 何とか絞り出したのが、こんな一言。

「留守は任せる」

「いってらっしゃいませ。聖女様には何か言伝は?」

「すまなかった、と」

 他に何を言えばいいのかわからん。

 作り笑いをして玄関に、アリスはついてこない。代わりに猫がついてきた。

「蛇がエルフに召喚された故、僕が助言をしよう」

「なんだ?」

「僕は、神の呪いに殺された。ならば、人の呪いが神を殺すこともある。そうでなくては不公平だ」

「世は不公平なもんだろ」

「世は公平で平等だ。ほら、僕のような血と才と財に恵まれた王者でさえ死ぬわけだし」

「死は平等か」

「死は不平等だ。その先の話をしている」

「よくわからん」

 無駄話する余裕はないのに、要領を得ない会話を。

「全てはいつか滅する。神も人も世も。つまりはそういうこと」

「具体的な【神殺し】の方法を教えろよ」

「いや知らんし」

「使えねぇ」

「“もしや”という予想でいいなら言おうか?」

「一応、聞く」

「違う存在に作り変えるのだ」

 欠片もピンと来ないやり方を言われた。

「殺すより難しくないか?」

「難しい。特殊な条件を重ね重ねにしないと無理。不死に近い人ならまだしも、信仰されて存在する神となると流石に無理」

「はいそうですか、行くぞ」

 使えない奴。

「最後にもう一個だけ可能性を。神と同じ力をぶつけるのだ」

「別の神の力ってことか?」

「ヴァ」

 足元に擦り寄る毛玉を、抱き上げてモフモフする。

「無理だね。神に神の力をぶつけても、反発するだけで終わる。殺せて顕現させた人間程度だ。その毛玉が真の姿を晒しても、竜じゃ神を殺せない。竜がそこまでの存在なら、この世は竜の支配する世界だ」

「ヴァ!」

 我が毛玉は不満そうだ。

 我が神にも言葉を残そう。

「ヴァーゲン様。女2人を守ってやってください。今回は、俺1人でやります。こいつは俺の復讐ですから」

「ヴ~」

 聞いたことのない鳴き声だ。

 毛玉は俺の腕から飛び出て、居間に向かって跳ねながら消えた。

「じゃあな。行く」

「土産買ってこいよ~」

 猫に見送られる外に。

 ランシールと馬車に乗って街を出る。草原に出ると、横たわる赤い巨体が目に入った。

「ランシール。傍に止めてくれ」

「止めなさい! わたしの方であなたが街を出たって伝えておくわ!」

「俺が直接言った方がいい」

「止め刺すつもりじゃないでしょうね」

「割と刺したいけど、刺さない方が政治的によろしいのだろ? 王女様」

「そうよ。どうしてもというなら、武器は置いていきなさい」

「はいはい」

 馬車が竜の側で止まる。

 武器を置いて、俺は竜の前に立った。

 ジュマの治療術師が、竜の至る所で治療を行っている。竜は酷い有様だ。左翼は根本から消失して、鱗の大半が溶けて爛れている。左目も開いていない。

 竜は、俺を憎々しく見る。

 どうやら動けない様子。

「止めを刺しに来たのか」

「そうしたいが、王女様と盟約を結んだ。この土地ではお前を殺さない。聖女に邪魔されて槍を外すし、国外追放されるし、今日は厄日だ。俺は海に出るが、傷が癒えたら追ってこい。殺してやる。お前のガキと同じようにな」

 踵を返す。

 俺の背中に向かって竜が吠えた。

「【竜殺し】、呪ってやるぞ! いつの日か必ず、我が爪がお前の心臓を貫く! 我が駄目でもその次の子、次の次の子まで! いつの日か必ず!」

「そうか」

 馬車に戻る。

 横目で小さくなってゆく竜を眺めながら言う。

「ハティとアリスを、あらゆるものから保護しろよ。万が一の場合、俺がこの国を滅ぼす」

「当たり前よ。はいこれ」

「?」

 ランシールにスクロールを渡される。

 広げると、知らない人間の身分証明書だった。

「シグルム・ウルス・ラ・ティルト。誰だこれ?」

「あなたよ。やることやったら、その身分証で再び入国しなさい」

「そりゃどうも」

 新しい俺の身分証だ。

 よく見るとエリュシオンの騎士家系となっている。

「俺が騎士ぃい?」

「没落した貴族の騎士よ。冒険者にはよくいるでしょ」

「でもなぁ、俺が騎士かよ」

「これも渡しておくわ」

 王女は、ケツに敷いていた包みを俺に渡す。

 広げると、変わった長剣が現れた。

 骨のような歪な刀身が、細長い鉄板の上に打ち付けられている。鍔はなく、柄は鉄板を削りだして丸くした物。

 剣と呼んでよいのか判断に困る。剣というか鈍器に近い雑な代物だ。しかし、妙な力を感じる。いや、気配? これは竜か? ヴァーゲン様に近いようにも思える。

「ドワーフが封印していた物を王命で取り上げたわ。名付けて、【ロラの爪剣】ってところね。時間がなかったから拵えは雑だし、封印の聖釘も数が足りていない。でも、【竜殺し】はこれを焼き尽くして力にするのよね? 子供たちに因縁のある得物だから、処分できるに越したことはないのよ。いい? 使うなら必ず使い潰すように」

 なるほど、あのドワーフが封印していた竜の成りそこないか。

「ありがたく頂戴する」

 ズシリと剣が急に重たくなる。【竜殺し】になってから、一番重く感じる。

 嫌な感じだ。脈動していないか? これ。

 剣を弄っていると港についた。巨大な船――――――の横に馬車は止まり、俺たちは外に出た。大きな樽の前にいる魚人と、王女が何やら会話をしている。

 会話はすぐに終わり、魚人を伴い王女が戻って来る。

「フィロちゃん。こちらが、グリズナスの使徒。モジュバフルのゲトバドよ。失礼のないように」

 槍に海藻の腰ミノ。何故かサングラスをした魚人だった。

 魚人の個体差はよくわからないが、これは特殊な魚人なのかもしれない。サングラスだし。

「【竜殺し】。フィロ・ライガンだ」

 魚人のサングラスの奥が光った気がした。

「ほう、これが新しい【竜殺し】か。どこかで見た気もするが、気のせいだろう」

「?」

「乗れ。目的地までは魚人の足でも丸一日かかる」

 魚人は、樽を指す。

「乗れって言われても」

 樽の蓋を開ける。

 一畳くらいの空間にカンテラと壺が1つ。それだけだ。快適な船旅はできないだろう。

 ランシールに肩を叩かれた。

「じゃあ、頑張りなさい。せいぜい死なないようにね」

「女は頼むぞ」

「わかっているわ」

 ランシールと別れ、樽に乗り込む。

 潮と魚の匂いがキツイ。

「閉じるぞ。ヒームにはちとキツイだろうが、英雄なら耐えられるだろう」

 蓋が閉じられた。

 カンテラを点けるも、非常に薄暗い。狭い。臭い。そして猛烈に揺れ出した。

 波をしぶく音とスクリュー音のような響き。

 悪環境だが、しばらくすると慣れた。

 荷物から本を取り出し読み出す。本のフィロも、こんな環境で海を渡ったのだろうか?

 思いを馳せると少し本が違って感じる。

 ………………酔った。

 駄目だ。辛い。吐く。

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