<第三章:死と幻の島へ> 【02】


【02】


 帰宅。

「帰ったぞー」

「おかえりなさーい」

 アリスが、小走りで出迎えてくれた。

「なっ!」

 目隠し女が声を上げる。

「の、呪い憑き!? なんてものを妻にしているんだ【竜殺し】! これは、いつ爆発するかわからない不安定な火薬。しかも、エリュシオンの獣じゃないかこれ!?」

「うるせぇなぁ、臆病者」

「そうですわよ。怖いなら1人で帰りなさいな」

 目隠し女を置いて、俺とハティは家に入る。

「え、お客様?」

 アリスは、目隠し女に困惑していた。

「勝手に付いてきたハティの同僚だ」

「邪魔なら追い出しますわ」

 雑に扱って居間に。

「なんだ騒がしいな」

 猫が、股を広げてテーブルの上で寛いでいた。

「ぎゃー!」

 それを見た目隠し女が悲鳴を上げる。

「何故、【獣狩りの王子】がここに!?」

「うるせぇなぁ、妻のペットだよ」

「かつて世界の守護者と呼ばれていた時、おれはこの男の会ったことがある。その正体は呪いの根幹! 心魂邪悪な世界の呪いそのものだ! 理解しているのかい!?」

「今はただの畜生だぞ」

「え? ………………そうなのか?」

 ニャーと黒い畜生は毛づくろいしていた。

「………そうかも」

 うるさい女だ。

「騒がしいのぅ」

 蛇が俺の肩に登って来た。

 それを見て目隠し女は、

「あ、レムリア王ですか」

「なんじゃ貴様」

 急にリアクションが薄くなった。

 壁を向いて目隠し女は頷く。

「なるほど、なるほど、【竜殺し】様は、このお二方から助言をもらうのですね。非常に良い判断だ。内に秘めた愚劣な精神はともかく、王子は世界を守っていた。レムリア王も、奸雄を絵に描いたような俗悪な人物だが、今回は役に立つ。素晴らしい判断かと」

「どういうことじゃ?」

「ハティの同僚の聖女で、心が読めるのだとよ」

 蛇にそう答える。

「お~その手の輩か。なんの相談か知らぬが、こやつの意識は奪っておけ。場が乱れて話にならん」

「確かに」

「え?」

 目隠し女の首に腕を回し、意識を失うまで締め上げた。

 担いでソファの上に捨てる。

「旦那様。一応、お客様だよね? その扱いで」

「問題ありませんわ。心が読めるのに、いつまでも人を学ばない人間です。多少雑に扱われたくらいで文句は言わせません」

 戸惑うアリスに、ハティがそう答えた。

「場所を変えよ。相談事は人が少ない方が円滑に進む。王子、貴様も来い」

「えー? いいけどさぁ」

 蛇と猫を連れて地下の自室へ。

 無駄に広くて落ち着かない部屋だ。知らない間に増えていたテーブルと椅子に着く。

「で? どうした」

 テーブルに降りた蛇に、事のあらまし話す。

 猫は、腹を天井に向けて半分寝ながら聞いている。

「――――――てなことがあった」

「んん~」

 蛇は唸り声を出した。

 猫は欠伸。

「3つ。貴様の失敗を話す。1つ目は、炎教と組まなかったこと。組織と個人では相手が悪すぎる。喧嘩したい組織に敵がいるなら、組むのが得策じゃ」

「ランシールは、炎教を嫌っていたが?」

「だからこそ組むのだ。立場上、ランシールはああ言っていただけだ。貴様が炎教に食い込めば国益に繋がることは明白じゃ。とはいえ、その辺りの匂わせが下手なのは貴様のせいではない。冷たくやるのが為政者の鉄則だろうに、余から学んでいないのぅ」

「お前がそうだったから、あえてやってないのだろ」

 ろくでもない親は、全否定したいものだ。

 例え学ぶものがあったとしても。

「女の政治なんてこんなものだ」

 と、猫。

 女がいなくて良かった発言だ。

「女には女の政治があるのじゃ。ランシールはその辺りが得意とはいえんがな」

「例えば?」

「女を武器にする」

 こいつもこいつだな。

「2つ目の貴様の失敗は、ランシールを信用しなかったことじゃ」

「それ身内のひいき目が入っているだろ?」

 もしくは、元為政者の。

「王を嫌うのは良い。酒の席で馬鹿にするのも不満を漏らすのも。だが、自分の国の王である以上、腹を括って立てよ。それができぬなら、国から出るか暗殺するのじゃ」

「蛇の言う通りだ。英雄とはいえ、国の保護下にある民に過ぎない。王が不満なら自らが王になればいい。力を持った以上、子供のような振る舞いは許されない。英雄ならば大人になれ」

 なんだか、思った以上にまともな説教をされた。

「はいはい、努力するよ」

「努力でどうにかなれば良いが、性根はどうしようもないからのぅ」

「いるよねー、人の上に立つ気もないのに反逆する奴。【獣の王】とかまさにそれ。って、君もそうか。言っても無駄じゃね?」

「そう言ってやるな。これはまだ、王才はあるほうじゃぞ」

「そうかなぁ、そうは見えないけどなぁ」

「貴様に人を見る目があると?」

「世界を乱す者を見る目はある。その点では、【竜殺し】殿は迅速に殺しに行く対象だな」

「貴様の統治は、絶対的な力ありきだ。なんの参考にもならぬ」

「そんなことはないぞ。これでも僕は各勢力に――――――」

「3つ目は?」

 猫に話を振ると物凄くズレる。

「行動が遅い。騎士の件じゃが、最初に遭遇した時にランシールに話して国から追い出せばよかった。英雄にはその程度の発言権はある。それだけで大分変っていた」

「だからそれは」

 2つ目の信用してないに繋がる。

「まあよい。失敗を話したのは、次に生かすためじゃ。おい、王子。貴様に聞きたいことがある。【黄金竜ソリン】とやらは、どんな人格じゃ? 竜に爵位を与えたのは貴様だ。交友はあったのだろう?」

「話はわかる竜だ。【竜殺し】に持ち掛けた同盟とやらも本当だろう。ただ、信用できるかと言われたら難しい。かの竜が一番に考えているのは調和。ここが難しいところで、僕を含め人間の考える調和と、竜の調和は致命的にズレる時がある」

「どういうことだ?」

「僕は、竜の作った国に刺客放ったことがあった。その刺客は中々悪知恵が働くもので、竜は殺せなくとも身内は殺せると判断して実行した。で、身内を皆殺しにされた竜は心を病み、国を巻き込んで滅んだ。しかし、ソリンは動かなかった」

「ネオミア。この大陸の、遥か北の話じゃな。今も尚、あの国は冬に閉ざされている」

 蛇が呟き、猫は続ける。

「似たようなことは何度かあった。僕を殺そうとした男が竜と組んだり、目障りな力を手にしようとした竜とか、新しく教団を作ろうとした竜もいた。そいつらを殺したのは僕だ。おお、【竜殺し】を除けば僕が一番竜を殺している。さておき、それでもソリンは動かない。顔を合わせても話題にすらしない。しかしある日、ソリンと殺し合いになったことがある。エリュシオンに殴り込んできたソリンと、僕は三日三晩戦い続け、少し弱らせた時に理由を聞き出せた。――――――花だ」

「花?」

「うちの遠征軍が諸王の土地に攻め入り、ある花畑を潰して拠点にした。それがお気に召さなかった」

「本当に花かよ」

 比喩かと思っていた。

「一応、植生は調べていたのだ。毒があるなら土地も汚染されている可能性が高いし、薬効のある花を絶滅させては後々大事になる。あの花はどれでもなく、この国の草原にも普通に生えている。なのに、諸王の土地にある花だけは特別だったのだ。その理由がな、竜の住まいである霊峰に、そこの花畑から花びらが風と共に吹いてくるのだ。その年は、遠征軍のせいで花びらが舞わなかった。しかも、唯一の花びらではないのだ。幾つもの花びらの1つが届かなかっただけで、ソリンは人類最大の国家を焼き払おうとした」

「なんだそりゃ」

 調和って、つまり? なんだ?

「ソリンの言う調和とは、自分の目に映る世界の彩り。それを乱されたら怒り狂う。………………と思いたい。流石の僕でも、それ以上は計り知れない。それ以降、植生にはくれぐれも気を遣うように様々な組織に圧力をかけた。今では自然に身につき、ソリンが動いた報告はない。………ないよな?」

「噂話の範囲ではないのじゃ」

 人間というより、融通の利かない精霊みたいなものか? ますます、信用していいのか不安になる。俺は、怒りを買いやすいのだ。

 ふむふむ、と蛇は頷いて口を開いた。

「死んだ騎士は、恐らくは半竜の類であるな。殺してもソリンは動かんと見るが、問題はその半竜の身内じゃな」

「身内?」

「半竜となれば親がいるであろう。ハティのように後天的に成るものではないからな」

「あ~それ面倒だね。ソリンはともかく、竜各自の家族愛は濃い。知られたら親が復讐しに来るんじゃね?」

「はぁ」

 そういうのは、もうお腹一杯だ。

「おい、フィロ。策はないことはない。貴様の待望に繋がる可能性も高い。しかし、これでいいのか不安じゃ」

「いいから言え」

「言ったら止まらんから迷っているのだ」

「問題ない。言え。嫌ならやらねぇよ」

 蛇は、うねりながら長く迷い。

 唸り声を上げながら言った。

「全ての責任を背負って、国を出るのじゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る