<第三章:死と幻の島へ> 【03】


【03】


 意外な策だが、即否定はできなかった。即答もできない。

 蛇は続ける。

「貴様の大望である【神殺し】。それは、英雄として国に留まっていてはなせぬことじゃ」

 猫が尻尾を膨らませて驚く。

「うっわ、お前本当に【神殺し】やるの? 神を殺すって人の意識や思想を殺すことだよ。僕はある神の信徒をよく虐殺していたけど、結局は滅ぼすことは叶わず、あの女は異邦人に憑りついて僕を殺りに来た。この僕に無理だったことだぞ。諦めろって」

「神は殺せる。貴様が無理だった理由は、貴様自身が、あの女を信仰していたからじゃ」

「おおっ、そういう考え方もあるのか。こいつは盲点だ」

「馬鹿は死んでも、姿を変えても変わらんな」

「そういう君は、ここ最近げんなり落ち着いたな」

「どこかの別の馬鹿が、余が作り上げた策を片っ端からぶっ壊したからじゃ。とっておきの神殺しの槍すら破壊しおって」

 もしかして、俺のことか?

「あの槍って他にもないの? あっても困るけどさぁ」

「あれは、余の秘宝中の秘宝。天羽の怪物から削りだした唯一無二の槍。邪竜にそそのかされ、先代の【竜殺し】を殺すために使ったが、流石は武人中の武人というべきか。消える瞬間、槍を破壊していった。再現できたのは奇跡じゃ、二度は無理であろうな」

「じゃ、フィロはどうやって神を殺すのだ?」

「自力で探すしかあるまい。それとも、貴様が何か持っているのか?」

「銀の剣を始め、僕の秘宝は獣を殺すものばかりだ。神には届かないかなぁ。獣の神がいるならもしかしてだけど」

 その後しばらく、蛇と猫の要領を得ない会話が続く。

「1人で考えさせてくれ」

 蛇と猫を追い払い、部屋で1人思索にふける。

 この国にいても、神を殺せないことは理解していた。奴を、【死霊王ミテラ】を滅ぼすためには、奴が眠る地に殴りこまないといけない。

 しかし、決断するには情報が足りない。足りなさすぎる。神殺しの術すら手にしていない。この【竜殺し】の力が神に届くのかも怪しい。

 仮に国を出ると決めたとして、ハティもアリスも連れてはいけない。神殺しの旅は片道切符だ。女連れ行けるもんじゃない。

「まいったなぁ」

 いつか決めるべきことが、今決めるべきことになった。“せめてもっと時間があれば”と思うのは今更だな。

 時間はあった。

 いつかいつか、と逃げていたのだ。今の生活が心地よかったから。

 強くなったのに精神はぬるくなった。安定や安寧など、随分と昔に彼女と一緒に死んだのに、まともで普通な生活が今更惜しいなどと。

 もっと飢えて乾かなければならない。

 それでも神に届くのか否か、まるでわからん。

 本を手に取る。

 情報が必要だ。少しでも、憎き神の情報が。

 読み進めるも、変わらず代り映えのしないフィロの生活が続く。

 顔のない家族や、町人や友人たちにも違和感がなくなってきた。飛ばし読みしたくなるも、何か情報を逃している可能性も考え耐えて読む。

 目が乾く。

 軽い睡魔に襲われる。

 腹も減って来た。

 止めに、上から良い匂いがしてきた。

 駄目だ。

 本を閉じて、部屋を後にする。

 バタバタしていて忘れていたが、そろそろ夕飯時だ。

 居間に行くと、

「あ、お邪魔しています」

 またシグレがいた。

「ああ、どうした?」

「昼餐会では、ボクの料理のために戦って頂き、感謝の極みです。晩餐会に用意した料理が色々あったので、それを運んできました」

 食卓には、子豚の丸焼きを始め、山盛りのパン、山盛りのサラダやら、大鍋に入れられたスープに、麺料理、豆料理、蜂蜜たっぷりのケーキまである。

 ありがたいが、食い切れる量じゃない。

 それと、

「シグレ。俺があの騎士をぶん殴ったのは、自分の思い出のためだ。気にしないでくれ。後、我が家は貧食を好むので、あまり豪華な料理は――――――」

「何を遠慮しているのだ。施しを断る英雄はいないぞ」

 それを言ったのは、目隠し女だった。

 彼女は、我が物顔でテーブルに着いてバクバクと肉を食べていた。隣では、ハティがモリモリとパンを食べている。

 聖女って、みんな食いっぷりがいいのか?

「ほら、旦那様も席に着いて。アタシが食べられないでしょ」

「お、おう」

 アリスに急かされ俺も席に着く。

「配膳しますね」

 アリスを俺の隣に座らせ、シグレが料理を切り分けて皿に並べてくれた。

 子豚の柔らかい肉を口に入れる。舌の上で溶ける食感。濃厚のようであっさりとした口当たり。高級料理らしい味わいだ。

 サラダは美味しい。胡麻ドレッシングのおかげでモリモリ食べられる。パンは、【冒険の暇亭】でよく食べるフワフワなもの。

 それをポトフと一緒に口にした。

 食べ慣れた血肉に馴染む味だ。

 この国らしい味でもある。

 人間、美味いものより慣れたものである。

 飲み物は上等なワインだった。今一味はわからないが、たぶん上等だ。

「時に、料理人の方。シグレだったよね?」

「はい」

 目隠し女は、ナプキンで口を拭きながらシグレに話しかけた。

「その胸の痛みは、恋心とかではなく病気か不調だ。治療術師のとこに行った方がいい。今すぐにでも」

『え?』

 シグレとアリスが声を上げた。

「シグレちゃん。亡くなったお母さんの出身てどこ?」

「おかーちゃんはレムリア出身だけど、おかーちゃんのおかーちゃんは北のネオミア近辺だったはず」

「ごめん。お母さんの死因聞いていい?」

「自然死だったはず。ある朝、急に起きてこなくてそれで」

 アリスは席を立って、ブツブツ呟き出す。

「【竜殺し】様の奥方は、外法の治療術師であったか。なるほど“らしい”」

「脈を見させて」

 目隠し女を無視して、アリスはシグレに手を取る。

 俺もハティも食事を止めて、ことを眺めていた。

「シグレちゃん。お母さんが亡くなった年齢って?」

「今のボクくらいだよ」

 若い母親だ。

 でもこっちじゃ、十代後半で行き遅れ扱いだし。冒険者みたいな特殊な職業は覗いてだが。

「ッ、聖女様。お風呂に水容れて。絶対に沸かさないで、水! 後、旦那様は氷を生み出せる魔法使い探してきて! 今すぐ!」

「氷?」

「酒場にいって募るなり、知り合いに当たれば1人くらいいるでしょ! 急いで!」

「わかった。ちょっと待ってろ」

 俺とハティは席を立つ。

 よくわからないが、アリスの剣幕からすぐ動いた方が良いと判断した。

「シグレちゃん、こっち」

「え? え?」

 困惑しているシグレの手を引いて、アリスとハティは風呂場に行った。

 家を出て魔法使いを探す。

 夜の街だ。

 馬鹿が馬鹿をやる時間である。お一人様が長かった俺には嫌いな時間だ。

 酒場か、もう1つか迷い。

 唯一知っている魔法使いのところに足を運んだ。

 寂れた何屋よくわからない店。

 明かりは点いていないが、戸に鍵はかかっていなかった。

「店主、いるか」

「閉店よ」

 ダウナー系のロリ巨乳エルフが、店の戸棚をハタキで掃除している。

「あんた魔法で氷を出せるか?」

「出せるけど、何?」

「今すぐ家に来てくれ」

「ちょっと待ちなさい。どのくらい氷が必要なのよ? あれ疲れるから私したくないのだけど」

「量って」

 アリスは言っていなかったが、家のバスタブに容れるとして――――――

「その袋くらいだ。たぶん」

 床に積まれた小麦粉の袋を指す。

「その程度なら夫の店にあるわ。売ってあげるから来なさい」

 エルフに連れられ、【冒険の暇亭】へ。

 急ぎで来たからド忘れしていた。このエルフ、シグレの関係者だった。

 忙しい店の裏口に回り、

「あなた~氷売ってくださいな~」

 と、店に入るエルフを見守る。

 ちらりと見えた店の中で、真面目に働くウサギの獣人を見つけた。関わらないに越したことはないのだが、最近関りがないので内心複雑である。

 さもしい男のエゴだな。

 エルフはすぐ戻って来た。

「はい、氷よ。金貨2枚」

 肩に担いだ麻袋を投げてよこす。

 ズシリと重い袋の中身には、防腐用の葉っぱに包まれた氷の塊があった。

 高い気もするが、エルフに金貨を渡した。

「じゃ」

「おい待て」

 帰ろうとしたら、店の女将に止められる。

「シグレがお前の家に行ったんだが、いつ帰って来るんだ? てかその氷どうするんだ?」

「さあ? 妻が必要だって言うから買いに来た」

「氷を? なんで?」

「知らんが、冷やすためだろ」

「………………おい、シグレになんかしたのか?」

「は?」

 嫌な予感。

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