<第三章:死と幻の島へ> 【01】
【01】
「俺じゃないぞ」
「わかってるわよ」
牢に来たランシールは、死ぬほど面倒くさそうな顔をしていた。
牢には俺1人である。聖女2人は、死んだ護衛騎士を検めに行った。
「じゃあ、帰ってもいいのか?」
「自分から入ったのだから、しばらく入ってなさい。気に入っているのでしょ?」
「気に入ってはいねぇよ」
ナッツをパクつきながら読書を再開した。
まだ序盤だが、代り映えのしない島内の生活がずっと続いている。久々の読書なこともあり、軽く眠気を感じていた。
「自分の家のように寛いでいるじゃない」
「気のせいだ」
「ともあれよ。状況は、あんたが殺したよりも面倒になっているわ」
「それは大変だな。俺には関係ないが」
文句は、殺した奴に言え。
「関係なくはないでしょ。あなたの状況も説明なさい」
読書を止めて、王女を見向く。
「俺は、あの騎士を殺すつもりだった。ところが、酒場のマスター含めて冒険者に止められた。以上だ」
「止められた後は?」
「一回家に帰って治療した後、ここだ。途中、買い物はしたけどな」
「はぁ、目撃情報と概ね一緒ね」
「一緒ならいいじゃねぇか」
ため息吐く理由が全然わからん。
「だから、あなたが殺した方が良かったのよ。まさか、こんなことになるなんて」
「そういや、誰が殺したんだ?」
あんな奴でも、竜の血のせいか多少は強かった。
並の冒険者じゃ殺せないはずだ。
「容疑者の数は35人。マスターに頼まれたパーティが、騎士を酒場から治療寺院に連れて行く途中、激しい口論になり、それを聞いた周辺の冒険者が絡んできて騒ぎが広がり、乱闘になり、誰かがこれで騎士を刺した」
王女が、何かを牢に放り込む。
無数の“返し”が付いた棘の槍。見覚えのある代物だ。
「どうしたんだ、これ?」
「飛竜の尾棘を巻き付けた粗悪な武器よ。でも、半竜の心臓には届いた。苦労して廃棄するだけ死骸に使い道ができたのは僥倖だけど………………まいったわ」
王女は、かなり疲れているようだ。
俺は、手を伸ばして槍を手に取る。
棘は糸と蝋で柄に固定されていた。血の付いた棘には、所々研がれた後もある。俺が作った物ではない。
誰かが真似たのか、偶然発想が似たのか、まさか飛竜以上にも効果があるとは意外だ。
「どんな偉業であれ悪行であれ、個人がやったことなら国はどうとでもできる。だけどこれは困る。たった35人とはいえ、集団で“竜の使い”を殺したとか、連中の敵意が幅広くなるわ。下手をしたら国中の人間に向く」
「戦争を望んでいたのだろ? 何を今更」
「痛い所を突くのが政治の、いえ人間の基本でしょ。弱さを見せたら食い殺される。冒険者だって同じでしょうが」
「確かに」
一本取られた。
「最悪の準備はするわ。それこそ、本当に戦争の準備をね。さて、あたしから質問があるのだけど、これからどうするのかしら? 英雄様は」
「………………」
どうするって、それ俺が考えるのか?
この国が竜と戦争になったら俺も戦うよな。【竜殺し】は伊達じゃないし、俺を知る人間は皆頼って来るだろう。俺も、住み慣れた街が火で包まれるのは見たくない。戦うことは間違いない。
それで………………それでどうなる?
俺1人で、竜を全て滅ぼせるのか?
滅ぼしたとして、ハティはどうなる?
竜を殺し積み重ねて、神を殺しに届くのか?
どうなる?
どうなるんだ、これ?
ごちゃごちゃとした情報が頭をよぎる。パッと浮かぶ光景が全てろくでもない。
「やっと、あたしの苦労がわかった顔ね」
「………………」
「一晩上げるからよく考えるように。英雄になったからには、否応なしに国の命運を決めてもらうわよ。まあ、頑張りなさい」
ぐうの音もでない。
ランシールは去って行った。俺は、読む気を無くした本を閉じる。
マジで、どうしようか。
今までは、目の前の敵を倒すことで進んできた。色んな思惑が絡んできても、やることはシンプルだった。
しかし今回は、他に色んなものを背負わなきゃならない。
俺が戦っても、戦わなくても、他人が死ぬ。考えるだけでもうんざりする。余裕が出て世界が開けたと思ったらこれかよ。なんて面倒くさい。
人生は、なんでこうシンプルに行かないものか。
倉庫の地下で、その日暮らしをしていたのが懐かしい。戻りたいとは欠片も思わないけど。
「まいったな」
俺じゃ何も思い付かない。
と、足音。
聖女2人が戻って来た。
「本当に騎士だったか?」
「残念ながら、そうでしたわ」
悲しそうなハティが膝に乗って来る。抱き寄せて背中を摩ってやると、彼女は両手を回して密着してきた。
俺にとっては死んでもゴミクズでも、彼女にとってはある程度は親しい人間なのだろう。
「そこの目隠し女の前で、こんな姿を見せていいのか?」
俺の頭は、ハティの双丘に埋まっている。
護衛というには、ちょっと距離が近い。
「良いですわ。この性悪女に隠し事はできませんもの」
「性悪とは酷いな。おれは正直なだけだよ。君たちと同じくらいね」
どういうことだ?
「この女、人の心が読めるのです。ランシール王女には秘密にしてくださいね。筒抜けだと知られたら、何をされるか」
「まあ、疾く殺すだろうな」
心が読めるとか、為政者の天敵だ。
「怖い怖い。けど、怖い人間ほど心は怯えている」
「ランシールもか?」
「ランシール王女は精強だ。心根がとても太い。流石、冒険者の王の娘といったところ」
「だろうな」
頼もしいことに。
「彼女にとって、竜も戦争も面倒な紙面上のやり取りに過ぎない。しかも、本当に竜と戦えそうだ。【竜殺し】よりも危険な者を秘蔵しているとは、いやはや参った。これを伝えたら、ソリン様の心労になる」
知ったことではないが、
「ハティ。この女、信用できるのか?」
持ち掛けてきた竜の長との同盟。
心が読めると知った今、余計に怪しさを感じる。
「嘘を言える人間ではありません。子供みたいに思ったことをすぐ口にして、場を最悪にしますけど」
「そりゃ最悪だ」
心は読めるけど、空気が読めない人間とは。
目隠し女は、頬を搔きながら言う。
「心が読めると、人の善意が全て偽善に見えるんだ。おれの苦労も少しは理解して欲しいよ」
「あなたと接する苦労も理解なさい」
「それは読めるよ。だから、おれも嘘は吐かない。これ言って信じてくれる人はいないけどさ」
「どうです?」
ハティに聞かれ、
「半々だな」
信じて疑うことにした。
ハティの唇が近付いてくる。チュッチュッと上唇を甘噛みされた。
頭に疑問符が浮かぶ。
「どうした急に」
「私が何をしたいのか全部バレてるので、先にしてやろうかと」
「なるほど」
唇を重ねながら、舌先を合わせる。
お互い中途半端に抑えているせいで、下手なキスになる。
「あのー、ちょっとー」
目隠し女が頬を赤らめていた。
「って、うっわ、うっわー、そんなことして欲しいの? 信じられない。こんな性欲に正直な女だっけ? これも【竜殺し】のせい? そもそも聖女が不倫とか、あり得ないんだけど。しかも、王女の前でもこれやったの!?」
俺たちは無視してイチャついていたが、流石に冷静になる。
「ハティ。家に帰ろう」
ここで、こんなことしてる場合じゃねぇ。
「えー」
「えーじゃなくて、本当に色々マズい。あの畜生共の知恵を借りる」
守るのも滅ぼすのも、あいつらは経験してる。
さぞかし妙案が………………うわ、不安。駄目な気がする。
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