<第二章:不和の餐会> 【06】
【06】
慌ただしい足音が聞こえ、食堂の扉が勢いよく開く。
「フィロさん! 帰りますわよ!」
額に汗を浮かべたハティがそう言った。
「いきなりどうした? 帰りたいのは俺も同じだけど」
「ランシール! あなたわかっていて私とフィロさんを呼んだのですか!」
ハティはすごい剣幕で、ランシールに迫る。
「どのことよ?」
「私以外の聖女を呼んだことですわ! よりにもよって彼女を!」
「知らないわよ。勝手に来たのは向こうだし、そもそも、あなたに連絡なかったの?」
「ぐっ、ありませんでしたわ」
「あら、信用されてないわね」
「うぐ」
ハティは胸を押さえる。
俺は席を立つ。
「わかった。帰ろう」
「ちょっとフィロちゃん。今逃げても先延ばしになるだけよ」
「知らねぇよ。体調不良だ」
ハティと帰ろうとするも、扉の前には人が立っていた。
1人は、見たことのある長身瘦躯の騎士。
もう1人は、ハティと同じ白いローブの女。小柄で痩せていて、髪はオレンジ色のポニーテール。レース状の目隠しをしており、人相と年齢はわからない。
「げっ、もう来ましたわ」
「ハティ。貴女の逃げ足が聞こえたので、急いできた」
目隠し女は低い声を上げた。
子供ではないだろう。たぶん。
「あなたたち、晩餐会までは時間があるわ。別室に戻りなさい」
「王女。貴女も早く済ませたいでしょ。おれたちも同じです。事は遅いより早いに限る」
そう言う目隠し女に、ランシールは少し考えて返事をした。
「それはそうね。席に着きなさい」
騎士と目隠し女が席に着く。
「ほら、ハティちゃんもフィロちゃんも」
ハティは、心底嫌そうな顔をして席に着く。俺が勝手に結婚を決めた時のような顔だ。
ランシールは、手を叩いてメイドを呼び。料理を準備するように伝えた。
「さて、名乗ったらどうかしら?」
騎士が名乗る。
「オズリック・リューベル。崇秘院の護衛騎士だ。久しぶりだな、ハティ」
「ひ、久しぶりですわね」
苦笑いを浮かべるハティ
続いて目隠し女も名乗る。
「第九聖女、ニルス・ティア・ノルソリンデ。【黄昏の聖女】と呼ばれています」
俺も名乗るか、敵の前だし。
「フィロ・ライガンだ。冒険者。そして、【文折の聖女】の護衛を務めている。先日の降竜祭では、ゴミクソな竜どもの世話になった。おかげで、巷じゃ【竜殺し】と呼ばれている。それとそこの騎士。顔色が悪いな? 肩の傷でも痛むのか?」
「………………」
騎士は挑発に乗らず。わずかにこめかみを動かす。
ハティも名乗る。
「第十九聖女、ハティ・ヘルズ・ミストランド。【文折の聖女】と呼ばれていますわ」
「崇秘院のご面々が集まったようね。では………どうしてくれようかしら?」
ランシールは、殺意を剝き出しにして聖女と護衛を睨んだ。
その中には、俺とハティも入っている気がする。
目隠し女が口を開く。
「ランシール王女。我々は、先の降竜祭のことで来たのではないです。【竜殺し】の処遇を助言しに来たのです」
「………は? 何を言っているの?」
意外にも、王女は戦士の顔をした。
手元に剣があったら、斬りかかっていただろう。【冒険者の王】の娘は伊達ではないようだ。
「ですから助言です。【竜殺し】を国で飼うことは、我々との関係に重大な損失を――――――」
「黙りなさい。倒壊した家屋、被害にあった民草、今もまだ続いている飛竜の処理。それを無視して、【竜殺し】の話をさせろ? ふざけるのも大概になさい」
「お怒りはごもっともです。しかし、崇秘院の長。【黄金竜ソリン】からは、降竜祭のことについては何も言付かっておりませんので」
「鉄鱗公についても何もないの?」
「それには一言だけ。『愚か』と」
「愚かなのは竜の全てでしょ」
「こういった席で種族の愚弄は止めましょう。あなたの血も、竜と関わりがあるのですから」
「あら、身内を人質に脅すの?」
「竜なら身内といわず、国を人質にしますね。勘違いしてるようですが、あの飛竜は雑兵ですらありません。竜が本当に従えるのはあれ」
目隠しは、指を立てる。
「天候と言いたいのね。こっちが無策だと思っているの?」
「農業を含め、生産施設を地下に移して、翔光石で国全体を温めようという計画ですね」
ランシールは、驚いた顔でハティと俺を見る。
情報を漏らしたのか? と言いたげだ。俺もハティもそんなことはしていない。
目隠し女は、涼しい顔で話を続ける。
「止はしませんけど、現実的じゃありませんね。ダンジョンから翔光石が無限に採れるとはいえ、採掘には人の手が必要。それも、莫大な人手が必要になります。残ると思いますか? 厳しい冬に囲まれ、飛竜に襲われ続ける国に人が」
「この国の知恵者を舐めないでね。あと、守るだけで終わると思っているなら思い上がりよ」
「【竜殺し】だけで竜を全て狩れると?」
「おいお前ら」
勝手に進められそうなので止める。
「俺が竜を狩ると決めるな」
「はぁ? 何を言っているの!?」
ランシールに驚かれた。
いい加減にしてほしい。
「襲ってくるなら殺す。この国で暴れるなら殺す。だが、進んで竜を狩るつもりはない」
政治利用されるのは不愉快だ。竜を殺し過ぎたら、ハティの立場が危うくなる。それにこれ以上――――――
「………理由をお聞かせください」
目隠し女に答える。
「これ以上、竜を狩っても名声にならん。他にやることもあるしな。お前らは、勝手に話し合って各々の命運を決めてくれ。俺は暇じゃないんだよ」
やっと考えがまとまって本音が言えた。
スッキリである。
「フィロちゃん! 英雄としてはあまりにも無責任な言葉よ!」
「竜がレムリアに害を及ぼすのなら、その全てを殺す。それが英雄の責務だろ? 尖兵になるつもりはない」
「このッ」
ランシールは、怒りで顔を赤くする。
と、急に騎士が喋り出した。
「今世の【竜殺し】は、竜に臆した。そう考えていいのだな?」
「置物かと思ったが、喋れたんだな」
俺の簡単な挑発に、騎士がこめかみを動かす。
「口が回るのは臆病者の証。怯懦、惰弱、脆弱」
「難しい言葉並べるから賢いのか? 安いチンピラ雇って、安っぽい喧嘩をふっかけてくるのも賢いのか? もう少し頭回して動いたらどうだ? 賢い騎士様」
騎士の表情が無になる。
斬りかかってくれたなら良かったのに、変なところで堪えるな。
もしかして、ハティの前だからか? 俺たちの関係を知ったらブチギレたりするか? 流石に品がないからやらないけど。
困っていたら、ランシールと目が合う。
『収監してやる』
という目だった。
今日は家に帰れないかもしれない。英雄は大変だと、しみじみ実感していたら料理が運ばれてきた。
今回もまた、シンプルで皿が1つだけ。
覚えのある匂い。
10年間、事あるごとに食べていたトマトパスタだった。
料理を置いて、シグレとメイドは急ぎ早に食堂を出て行く。
ただならぬ気配を察した様子。
「何はともあれ、食べましょうか。我が国の英雄。フィロ・ライガンが愛した味よ。【竜殺し】の体を作った料理といえるわッ」
苛立ちを抑えながら、ランシールが言い。
俺は、トマトパスタを口にする。
ラーメンを食べた後だが、問題なく胃に入る。
酸味は少なく甘味と旨味を感じるソース。慣れ親しんだパスタの食感。優しい塩加減。いつも通り美味い。彼女の愛した味だ。
俺とランシールとハティはパスタを口にしていたが、騎士と目隠し女は手を止めていた。
騎士が何やら目隠しに耳打ちをする。目隠しも耳打ちで返し、騎士は“ぐにゃっ”と笑みを浮かべながら言う。
「1つ教えてやろう。この料理に使われている野菜。この国ではトマトと呼ばれているが、中央大陸ではトゥールム。左大陸、憎き最初の【竜殺し】が生まれた地では、【竜心】と呼ばれている。そんなものを、竜の血を引くオレに食わせるのか?」
騎士は、トマトパスタを床に捨てた。
皿の割れる音と、着地する料理の音が耳に届いた。
料理を捨てただけの行為。
馬鹿な酔っ払いが飯をぶちまけることはよくある。冒険者は、そういう品のない連中がほとんどだ。一々腹を立てていたら身が持たない。
冷静になれ。
こんな面倒な場所で、こんな馬鹿の相手など、
『こんな美味しいものッ、食べられるなんてッッ………』
声と共に記憶が蘇る。
今捨てられた料理を、泣きながら食った女の記憶だ。
怒りではなく、ただ自動的に体が動いた。
テーブルに乗り上げ、騎士に掴みかかる。
景色が視覚で捉えられないほど歪む。衝撃と破砕音、開放感。空気が変化した。風を感じ、青空が見える。
どうやら、一瞬で壁を突き破って外に出たようだ。
騎士は翼を広げ、大笑いした。
「来賓にこの始末! 言い逃れできないな【竜殺し】! 戦争だぞ!」
「………死ね」
殺す。
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