<第二章:不和の餐会> 【05】


【05】


 再び、微妙な空気の暇。

「あの、私ちょっと離席しますわ」

 ハティが食堂を出て行った。

 嫌なことに、ランシールと2人にされる。

「シグレは――――――」

「手出さねぇよ」

 しつこい。

「あなたも、所詮は男だし迫られたら万が一ということがあるでしょ」

「じゃあ、俺に近付けるな」

 物理的に近寄らなければ問題ない。

 飯は、色々困るけど。

「余計に駄目よ。女ってものはね。親に反対されればされるほど、こと恋愛については燃えてしまうのよ。経験あるわぁ~。あたしの場合は父親がアレだったし、むしろ反対を押し切らなかったら誰の子供の産んでいたのやら。考えたらゾッとする。言うこと聞かなくて本当に良かった」

「あ、はい」

 興味ない。

 王女の人間関係など、知っても面倒なだけ。

「話は変わるけれども、どうするのよ」

「何が?」

「あなたがどうするのって話よ。この街で英雄として生きるなら、今日みたいな席には必ず出てもらうわ」

「うえっ」

 吐き気がする。

「あたしも最初はうんざりした。けど慣れたわ。別に政治に口を出せとは言わない。英雄の威光を振りまく置物であればいい。命を張る冒険業より楽な仕事よ。この程度の働きで、贅沢かつ安定した暮らしができるなら、断る理由はないでしょ?」

「………………」

 普通に生きるなら、断る理由はない。今が人生の余暇なら頷くだろう。

 だがまだ、俺の人生には、

「やることがある」

「英雄になりたかったんでしょ? 叶ったじゃない」

「英雄の中の英雄になる。そう思っていた時もあった。それよりも先に、後に? いや、語られる順番なんかどうでもいい。ただ、もう1つ殺さなきゃいけない者がある。そいつを殺すまでは、城で置物をやるつもりはない」

「あたしに話すつもりはない?」

「当たり前だ。簡単に口にできるもんじゃない」

「それ、ハティちゃんにも話してないでしょ?」

「まあな」

 聖女様に神を殺すなどと言えるものか。

「アリスちゃんには話したの?」

「あいつはまあ、話さなくても何となく察してる」

「アレには?」

「どのアレだよ」

「蛇の畜生よ」

「話した」

「あいつは子殺しのゴミクズよ。世に出ていない悪行を積み重ねたら山ができる。信用しちゃ駄目」

 信用してない奴に、それを言われてもなぁ。

「誰かを信用しなきゃ人生は進まない」

「あら至言に聞こえるわ。誰の言葉?」

「さあ、忘れた。俺の言葉でいいだろ」

「記録しておいてあげる。で、その殺したい相手。あたしに話すつもりはなくても、これだけは聞かせて。――――――この国にいるの?」

「いない」

「あら良かった。勘違いしていたわ」

「はあ?」

「いやね、あたしにも実は男がいるのだけど。あ、これ秘密よ。バラしたら殺すわよ」

「んなこと国中の人間が察してる」

「あら、隠しているのに美貌がバレてるってことかしら」

「………………」

 何か言うと収監されそうなので黙る。

「冗談よ。話に付き合いなさいな」

「………はぁ」

 冗談を返したら収監するくせに。

「話を戻すけど、その男が割と特定の人間に憎まれているのよ。たまに刺客が来る程度にね」

「そうか」

 本当に興味がない。

「ともあれ、フィロちゃんは国を出て行くのね」

「いつになるかわからんが、一時的にはな。あの家は返さないぞ。女に残したい」

「女2人は連れて行かないと」

「行かん。危険過ぎる」

「ふーん。そうねぇ………アレにそそのかされる前に言っておくわ。国としては、英雄には死んでもらいものよ。戦時中ならともかく、平和な国なら尚更」

「脅しか?」

「殺すとは言っていないでしょ。大体、竜と戦争するかもなのに、あなたを殺してどうするのよ」

「するのか? 戦争」

「向こうの出方次第ではね。外交手段の1つ。そこは、人間も竜も変わりない

「俺の身柄も外交手段の1つか?」

「ないわ。この国にいる内は特に」

「出て行くなってことか?」

「この国にいる内は守ってやるって言っているのよ。どうせ信用しないんでしょうけど。アレの相方らしいわ」

「そこまで言うなら、俺が信用するようなことしてくれよ」

「価値のある武器に、金と住処はあげたでしょ? 他に何が欲しいの?」

「何って………え、なんだろうな」

「はぁ?」

 ランシールは、俺をいぶかしげな目で見る。

「信用は、上から渡されるものじゃない。とかだな。たぶん」

 知らんけど。

「フィロちゃん。あなた自分の中に、人を信用する基準がないの?」

「いやあるぞ。パンだ」

「パン?」

「1つしかないパンを、分け与える強さと優しさがあるなら信用する」

「は? パンを焼いて欲しいなら焼いてあげるわよ」

「“1つしか”って言ったよな? わからんか?」

「パンがないなら焼けばいいじゃない」

 考え方がロイヤル。

 こいつ、飢えで困ったことないな。所詮は王族、考え方が合わないはずだ。

「ちょっと意味わからないわ。ハティちゃんはどうやって信用したの?」

「裸で同衾して治療してくれた」

 あと、人間性。

「あなたが更にわからなくなったわ。アリスちゃんはどう?」

「あいつは、良くも悪くも家に縛られた女だ。そこから逸脱はしない。それだけだ」

 それに、人間性。

「打算でしょ?」

「俺は、ライガンの名が欲しかった。向こうは強い血が欲しかった」

「だから、それ打算よね」

「打算かもな」

 綺麗な言葉を並べようとしたけど無駄だった。

「蛇はどうなの? そこが一番わからないわ」

「俺が英雄になれたのは、あいつの力だ。そこを疑ったらどうにもならない」

「意味がわからなくなったわ。なんで、あたしを信用しないのよ? 利用はしたけど、お互い様でしょ? そもそも、あなたはこの国に生かされてきたのだから、王女のあたしに感謝するところじゃないの?」

 いやもう、誰かが言った言葉だが、俺は為政者が嫌いなんだと思う。その時点で信用するのは無理なのだ。

 それでも、どうしてもというのなら、

「どうするのが良いんだ?」

「いや、信用なさいって話よ。なにボケているの」

「あんたが信用にたる人物だと俺に見せてくれよ」

「家も金も――――――なんかもう、繰り返しね」

 あ、急にわかった。

 為政者への嫌悪感の正体が。

「ランシール。あんたがくれたものって、全部“立場”から投げよこしたものだ。俺はそれが気に食わないのだ、と思う」

「国の物はあたしの物。あたしの血よ。時代の混乱を治め、維持するためにどれだけ苦労していると思っているのよ。中央や、左大陸を覗いてごらんなさい。ここが楽園に見えるわ」

「統治が良いのはわかっている。でも、やはりあんたは“持つ”側の人間だ。そこが今一信用できない理由なのだろう」

「余計にわからなくなったわよ」

「それは、なんかすまん」

 不思議だな。

 俺って、いつから“持つ者”を嫌悪するようになった? ランシールの統治を不満に思ったことはなかったのに、きっかけが思い出せない。

 ハティが原因か?

 その後の投獄の恨み?

 蛇との関係を知ったから?

 あれ? 思い出せば思い出すほど、嫌悪の理由がしっくりこない。

「つまりは、趣味ってことね。あたしみたいな女が嫌いっていう」

「難しい」

 純粋に、見た目だけを切り離してみれば割と趣味でもある。ハティに似ているし。

「不安だわ。あなたを信用していいのか最後までわからない。でも、しっかりしなさいね。フィロちゃん」

「………何を?」

「晩餐会で竜と戦争するかどうか決めるの。場合によっては、あなたが尖兵よ」

「ちょ」

 今それを言うのかよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る