<第二章:不和の餐会> 【04】


【04】


 灰色のローブを身に纏った中年の女性だ。

 痩せていて品がよさそう。炎教のお題目である『清貧』を絵に描いたような人物である。

「こちら、炎教の辺境司祭よ」

 ランシールが、名前を抜いた紹介をする。

 司祭は、両手を合わせて少女のように声を上げた。

「まあまあ、あなたが【竜殺し】様ですね。なんと勇ましい顔付でしょうか。あの【赤髪の将軍】に勝るとも劣らない気迫。まさに英雄の中の英雄」

「そりゃどうも」

 お世辞と分かり切っていても、知った名前と比べられるのは悪くない。

 司祭は席に着き、間をおかず喋る。

「して英雄様は、何の神と契約をしているので?」

「【喰らう者バーンヴァーゲン】だ」

「貧者の救い神ではないですか。素晴らしいです。過去、かの神と契約した英雄は存在していません。親しみやすく、民草に愛されるに相応しい」

「そんなことはない」

 街を歩けば襲われる。

 あれも人気か?

「ご謙遜を。あなたは今まで会ったことのある英雄の中で、一番炎教の教義に近い方です。どうです? 我ら炎教に入信しませんか? 火を喰らう竜を屠る者、【竜殺し】こそ。炎教に相応しい英雄かと」

 急に胡散臭さが増す。

 正直な感想を口にする。

「興味ないね」

「ですが、今のままではお一人で竜と戦うことになりますよ。大きな組織の庇護下に入るのが得策です」

 ランシールがテーブルを叩き、司祭を威嚇した。

「司祭! 聞き捨てならないことを言うわね。レムリアが、あたしが、英雄を竜に差し出すとでも?」

「国のためなら、英雄の1人や2人皿に置いて差し出すでしょう。その行為が下劣とは言っていませんよ。為政者は“そういうもの”と言っているだけ」

 あーはいはい、お昼はこんな感じね。

「“普通”の為政者が、冒険者みたいなゴロツキ集団の長をやれるわけないでしょ。こんなこともわからないとは、炎教は頭まで清貧になったの?」

「貧すれば鈍するというのは、世俗の考えですね。どちらかと言えば、肥え太った方が頭は鈍くなります。フフフッ」

 司祭は、気味の悪い笑顔を浮かべた。

 ランシールは、バチバチである。

「へぇ、言ってくれるわね。国ごと焼き払おうとした異常集団が」

「幼子まで手に掛けた国の長が何を」

「そんなことやるわけないでしょ! あれは、森の獣人がやったことよ!」

「止められなかった時点で同罪ですよ」

「王とて時代の流れには無力よ! あの混迷を極めたレムリアであたしができることはなかった! 無力を罪と言うのなら、幼子ですら罪人になるわ! それがお望みなの! 炎教は!」

 ランシールがブチキレていた。

“幼子を手に掛けた”というワードが、逆鱗に触れたのだろう。

 食堂の扉に気配が集まる。近衛や衛兵が集まっている。

 飯の前に血の雨かな。

 一応、英雄らしくフォローを入れてみるか。

「俺は、炎教の人間を殺した。それでも入信を勧めるのか?」

「はて、誰のことですか?」

 司祭はしらばっくれる。

「ビルギルという男だ。中々の使い手だった」

「ビルギルは破門されていますので、炎教の人間ではございません」

「破門されているから、衛兵の殺害や、俺を殺しにかかってきたことも炎教とは関係ないと?」

「はい。全く関係ないことですね」

 ビルギルの強さは本物だった。

 あれだけの強さを、こんな言葉1つで切り捨てるとは、中々殺意が湧く。

 このババア、人を怒らせるのが上手いな。

「フィロさん、ランシール王女も落ち着いてくださいな。下手に出ておいてから、相手を挑発する。これ炎教の常套手段ですわよ」

「あら、あなた喋れたの? てっきり売春婦の置物かとばかり。フフッ」

「はいはい、貧しい素振りは止めてはいかが。商人から富を吸い上げて肥え太っているのに、表向きだけ清貧、清貧と愉快ですわ。引退した炎教の司祭の大半が、愛人を大量に囲っている話は知っています? それも関係なしですの? あなたも引退後のために蓄えていそうですわね」

「思い込みですね。人でない者に仕えているから、そんな妄言が口から出るのです」

「私が仕えているのは、竜ではなく『託宣』。貧しい知識しかないから、そんな思い込みで人を責められるのですわ」

「フフフ、その託宣こそ。竜の妄言そのものですね」

「竜が託宣を出すのではなく。聖女の資格がある者が、託宣を受け取る。竜は、世の平穏と調和のために託宣を手伝っているだけ。こんなことも知らないで、人を責めるのですの? 炎教は、知性と品性を磨くことをお勧めしますわ。貧しい無知で恥をかかないように、と」

 ハティ強い。

「あらあらあらあら、肥え太った聖女に言われるとは思いませんでした」

「はいはい、相手の身体を貶める言葉は、負けを認めたと同じですわよ」

 ハティのナイスバディを肥え太ったとか、男だったら首をへし折っていた。

 俺って、女には全体的に甘いんだな。

「俺から1つ聞いていいか? 司祭様」

「あら、なんでしょう」

「挑発のためにわざわざこの席を設けたのなら、窓から投げ捨てるぞ」

 でもまあ、許せはしない。

「フフ、本題はもう話しましたよ。【竜殺し】様に、炎教に入信して欲しいのです。我々にとっても竜は敵。冒険者らしい言葉でいえばモンスターと同じ。利害関係は一致しています。その女に、背中を刺される前に是非とも考え直しを」

「話は終わりか?」

 ムカつくだけで、最後まで興味は湧かなかった。

「火は人の手にあってこそ叡智。竜が制していいものではありません」

 俺の意見は無視か。

 ハティに交代の視線を送る。

「火を使わない竜もいますわよ。また無知を晒していますけど、炎教の司祭は皆こうですの? それともあなたが特別無知なだけ? でもおかしいですわ。崇秘院は、炎教から攻撃を受けたことはありません。ああ、陰口で満足している方々ですのね」

「………………」

 司祭様が黙ってしまった。

 煽り能力の高い聖女様だ。口喧嘩だけはしないでおこう。

 扉が開く。

 再びシグレとメイドが姿を現す。

 軽く忘れていたが、料理が運ばれてきた。

「?」

 懐かしい匂いだ。

 目の前に丼が置かれて、匂いの正体に驚く。

 ラーメンだった。

 白いスープに太麺。チャーシュー、揚げた玉ねぎ、白ネギ、辛味噌が盛られている。

「あら~これが本物のラーメンね。炎教の前任者がレシピを認可したという」

「炎教が認可したせいで、うちの国じゃ作れない料理よ」

 司祭に対してランシールは白い目を送る。

 俺の前に置かれたラーメンに、シグレは箸を添えてくれた。

 それを手に取り、

「いただきます」

 手を合わせ、熱々のスープを一口飲む。

 やや薄味のクリーミーな豚骨スープ。それに複雑な旨味が混ざっている。

 ふーふーと息を吹きかけながら麺をすする。

 太い麺がスープによく絡む。コシも良し。嚙みながらも喉越しで味わい飲み込む。

 早速チャーシューを口に入れた。

 口に入れると肉が溶ける。辛味噌を混ぜながら味変して麺をすする。味付けが丁度良い濃さだ。

 夢中で食す。

 胃も喉も熱い。だが止まらない。

 あっという間に麺を完食し、具も残らず掬い上げ、額に汗を浮かべながらスープを飲み干す。

 自然と感想を口にする。

「美味ぃぃ」

 異世界で食った料理の中で一番美味いかもしれない。

 いや、思いっ切り向こうの味だけど、所詮は異邦人の胃。故郷の味には勝てないのだ。

「………………なんだ?」

 ハティやランシール、司祭が俺をポカンとした顔で見ていた。

「フィロさんの食べっぷりが良かったもので、つい見とれてしまいましたわ」

「フィロちゃん………あなたも人間みたいに食事をするのね。なんか安心したわ」

 ハティはともかく、失礼なランシールである。

「あなたがシグレね?」

 司祭は、ラーメンに手を付けずシグレを指す。

「は、はい」

「この地に【奉炎】を授かった獣人がいると聞いていたけど、こんな若い娘とは思わなかった。しかも、王宮の料理人なんて」

「あ、いえ。普段は街で食堂を営んでいます」

「まあまあ、一度行かせていただきますね。そうですそうです、良い考えが」

 司祭は手を叩く。

「【竜殺し】様。ラーメンをお気に召したようですし、シグレを娶ってはいかが?」

「なんでだよ」

 またか。

「ここにいるシグレは、炎教から位を授かった身。それを伴侶にするということは、炎教の庇護下に入ることになります」

「あの、ボクは炎教から位を頂きましたが、教えとかは特に何も」

 シグレは、困惑しながらそう言った。

「大丈夫ですよ。位を授かった時点で、教えは得たようなもの。他は、必要になったら覚えればよいのです」

「は、はぁ」

 シグレは、苦笑いを浮かべてメイドたちと一緒に下がった。

 ランシールは、フォークとスプーンを手に取り、ラーメンを口に入れる。

 チマチマ食べながら司祭に言う。

「司祭。シグレの結婚相手は、彼女の父親と母親たちで相談して決めるの。他所の人間が勝手を言わないでもらえる?」

「あら不思議。たかが料理人のために、王女がそこまで言います?」

「自分たちが口にする物を作る人間を、“たかが”と称する。傲慢さが隠せていないわよ、司祭」

 司祭もラーメンを食べ出した。

「ん~美味しいですね。レシピは伝わっているけど全然違う。やはり、誕生した土地で作らないと本物にはならない」

「なら、レシピの権利を手放したら?」

「では、【竜殺し】様と交換ということで」

「面白い冗談ね。炎教の立ち入り禁止を100年延長してあげるわ」

「あらあら~組織を禁じても、人から信仰は奪えませんよ。どれだけ為政者が弾圧しても、最後に勝つのは信仰です」

「必要とされているならね。この世界の神々は数が多い。何かしらが、誰かしらを補填する加護や教えを持っている。事実、炎教がなくても人の営みは何も変わっていない。そこを理解しない思い上がりの何が清貧なのかしら」

 手っ取り早くラーメンを食べて良かった。こいつらの言い争いの中だと、飯が不味くなる。

 ハティに突かれた。

 ん? と視線を向けた。

「フィロさんは、この味が好きですのね」

「まあな」

「なるほど、なるほど」

 頷きながらハティはラーメンを味わっていた。

 食べ方が普段より可愛らしい。

 しばらく無言で食事が続き、空の丼が並ぶ。

「さて、【竜殺し】様。炎教はいつでも、あなたを迎えるために戸口を開けておきます。所詮、竜はモンスター。所詮、為政者は人食い。英雄を理解できるのは、我ら民草の代表であり代弁者で――――――」

「衛兵!」

 ランシールが司祭の声を遮る。

 扉が開いて、ゾロゾロと衛兵が現れた。

「この女を国外追放しなさい。隠れている連れも忘れずに。炎教は今後300年、レムリアに近付けさせない。あんたの上の連中にそう言いなさいな!」

 司祭は連行された。

 色んな意味でお腹一杯だ。

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