<第二章:不和の餐会> 【03】


【03】


「少し時間が開いたわね。丁度いいから、ハティちゃんに聞くわ」

 ランシールがそう切り出す。

「………なんですの?」

「あなたの今後よ。聖女辞めて英雄の妻になるの? それともフィロちゃん捨てて聖女をやり続けるの? 今の関係は続かないでしょ?」

「いえ、それはその………」

 ハティは口ごもる。

 俺がフォローを入れるべきだな。

「今のままでいいだろ」

「駄目よ。降竜祭の後、竜への敵愾心は増すばかり。飛竜の件が本当にマズかったわね。あれのせいで冒険者以外にも犠牲者が出た。死骸の処理で二次被害も出ている。アヴァラックのあの態度は、民意を代表したものなのよ。邪竜のせいでこうなったという“語り”も大して意味をなしていない。【竜殺し】という新しい英雄が生まれて、ギリギリ血が流れない状態を保っているだけ。それでも、水盆に置いた葉っぱと同じ。1つ風が吹けばどうしようもなくなる」

「王女。あんたはハティを追い出したいのか?」

「ハティちゃんはどうでもいいけど、崇秘院と縁を切りたくないわ。白鱗公とは懇意にしているし、聖女の知り合いはハティちゃんだけじゃない。だからこそよ、どうするのか決めなさい。中途半端では、あたしも協力しようがない」

 珍しく協力的、いや損得勘定か。

「今はまだ………フィロさんの呪いの件に全力をかけたいので」

 ハティは、苦しそうにそう言った。

「フィロちゃん、あんたが決めなさいな」

「え、俺?」

「そうよ」

「ハティの人生だし、ハティの意見を尊重する」

「っ、はぁ~」

 ランシールに長いため息を吐かれた。

「駄目よ、駄目。全然駄目。男らしく決めなさいな。それとも決められない理由でもあるの?」

 理由はある。

 とても言い辛い理由で。

「ハティの意思を尊重している。それ以上の理由はない」

「誤魔化すのは止めなさい」

 誤魔化せなかった。

「あなたは英雄よ。これから先、色んな人間に色んな思いを押し付けられる。個人を一々尊重なんかしていたら、行列ができてご飯も食べられないわよ」

「他は知らん。けど、ハティの意思は別だ」

「だから、はっきりなさいと言っているの。やることやってるのに、生娘と童貞みたいな関係は止めなさい。あたし、そんな難しいこと言っている?」

「面倒くさいことは言っている」

「後に延ばせば延ばすほど、更に面倒になるのよ。あなたたち2人だけじゃなく、あたし個人だけでもなく、国や関係のない民草までも」

「結局、それ相手するのは俺だろ?」

「事後処理するのは、あたしよ」

 ハティは、小さく手を上げた。

「お二人とも、もう少し私に時間をくださいまし。今日のところはそれでなんとか」

 ランシールは、面倒くさそうに言う。

「これはあたしの勝手な思い込みだけど。ハティちゃん、あなた『聖女』っていう立場を惜しいと思ってない? 英雄に尽くすのがそんなに嫌?」

「そんなことありませんわよ!」

 そうだそうだ。言ってやれ。

「そ、そんなことは………ありません。ありませんよ………」

 ………それだけだった。

 ちょっと不安が湧く。

「良い男がいるなら、それに尽くした方が女は楽よ」

「王女のあなたがそれを言いますか」

「言う資格は十分あるわ。できるものなら、今からでも玉座を人に譲って飯屋の給仕として生きたいもの。そうだ、ハティちゃん継いでみる? レムリアを」

『え?』

 俺とハティの声が重なった。

「英雄と聖女なら、言葉の響きだけなら継ぐに足りるわ。ただし、ハティちゃんが竜の連中を黙らせることができるのなら、だけど」

「【竜殺し】が玉座に着いたら、連中が襲ってくると?」

 実際問題、元護衛には襲われた。

「別に玉座に着いてなくても襲ってくるわよ。【剛腕のグラッドヴェイン】が存命中、どれだけの竜が彼女を襲ったか知っている?」

 何となく、ドワーフの恨み言を思い出す。

「60近くとか?」

「あら、知っていたの?」

 驚くランシールに、ハティの訂正が入る。

「正確には、58ですわ」

 壊された秘宝の数と合致した。

「あの時代、竜は人の世の毒気に中てられていました。浅ましくも名を上げようと挑んだ結果、【竜殺し】に返り討ちに合い。その身内、友人、恋人を血の道に誘い込んでしまった。竜とて間違いは犯す。大事な教訓ですわ」

「その教訓が生きてないから、黒鱗公のような馬鹿が出て来るんでしょ」

「ランシール。次にそれを言ったら、城壊して帰るぞ」

「フィロちゃん。あなたも被害者でしょ? 言いたいことはないの?」

「特にない」

 本当に何もない。

「名声を得たから他はいいってことね。あなたは最後に得をしたけど、損だけをした人間もいる。崇秘院の聖女様は、それを忘れないでよ」

「わかっています」

「話は変わるけど――――――」

 言いたいことを言って満足したのか、ランシール急に話を変えた。

「――――――シグレはあげないわよ?」

「あのなぁ」

 だから、ないって。

「あたしは、あの子の母親に頼まれたの。良い結婚相手を見つけてあげてって。ないわーフィロちゃんだけはないわよー」

「俺も子供に手を出すつもりはない」

 ロリコンではないので。

「誰が子供よ。あの子は立派な女よ。どこに嫁入りしても恥ずかしくないように、色んなことを教え込んだのだから」

「どっちなんだよ」

 手を出させたいのか、出させたくないのか。

「シグレさんは、こういう男性の趣味があるんですの?」

 ハティは、こういう俺を指す。

 なんやかんや、男女の話には食いつきが良い。

「シグレの男の趣味? 年下はないわね。たぶん年上。真面目なのが好きみたいね。地味な仕事も文句なしでやる感じ。暴力的なのは………まあ、冒険者相手で商売してるから慣れてるでしょう。顔は特に気にしていないわ。年頃の娘らしく、それなりに名声や立場のある人間が好きみたいね。後は異………………」

 ランシールの表情が固まる。

「だから駄目よ」

「俺は何も言っていないが?」

「ここで明言なさい。シグレには手を出さないと」

「さっきから言ってるじゃねぇか」

「信用できないわよ。2人も女作っておいて」

「私が先ですからね! アリスはその後!」

「はいはい、知ってるわよ。隙を突かれて結婚されたのよね」

「私は隙なんか見せていません! スルッとフィロさんが結婚決めてきただけです!」

「それを隙って言うんじゃない。良いと決めた時点で即動くのよ」

「いい歳して、独り身のあなたに言われたくないですわ!」

「はぁ!? 言ってくれるわね! そんなもん表向きよ表向き! あたしも若い時にはねぇ!」



 昼までこの議論は続いた。

 女とは、色恋沙汰で無限に話せる生き物だと知った。



「で、次の連中は?」

 姦しすぎて疲れた。

「2人に因縁ある連中よ」

「そういう連中しか招いてないのか?」

「偶然よ、偶然」

 アリスが来なくて正解だった。

「で、誰だ?」

「炎教のお偉いさんね」

『うぇ』

 俺とハティは、揃ってげんなりした。

「ビルギルのことですわよね。たぶん」

「だろうな」

 伝道者ビルギル。炎教の殺し屋。神の剣。

 俺が斬ったおっさんだ。

「安心なさい。こういう席でことを起こすような真似はしないわ。表向きは清貧で穏便な宗教を装っているわけだし」

「ついさっき、剣を投げ付けられたんだが?」

「冒険者は別よ。常識で考えないで」

 なんだかねぇ。

 扉が開き、次の来賓が現れた。

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