<第二章:不和の餐会> 【02】
【02】
飛んできた曲刀を白刃取りする。
投げ返そうとするも、曲刀は朧火に焼かれて塵になった。
ランシールに『殺していいか?』と目線を送るも、
「ヌハハハハハッッ! 火だ! あの女と同じ火! 騙りでも謀りでもない! まぎれもない本物の【竜殺し】だ!」
巨漢は、上機嫌で爆笑していた。
「アヴァラック、こういう席ですよ。安酒場でやるような真似は止めなさい」
「うむ、そうだったな。詫びよう」
巨漢は、椅子にどっかり座ると頭を下げた。
初っ端からこんなのか、先が思いやられる。
「フィロちゃん。この人は、コーディス・アヴァラック。【落胆のアヴァラック】として活躍していた元上級冒険者よ」
そんな感じはしていた。
「おい、【竜殺し】」
「なんだ?」
巨漢が、鋭い目付きで睨んでくる。
ライガンの爺と似た目線。年季を感じる威嚇だ。
「先の動き、我流だな。速いが無駄が多い。その無駄で体を痛めているだろう。腰を庇っているのがその証だ。しかし、それで良い。痛みは悪友であり伴侶。切り離せば、人生で大事なものを失う。英雄であるのに、飢えた野犬のような顔も良し。実に冒険者らしい」
「値踏みは頼んでない」
そういう小言は、ペット2匹が無限に言っている。
「英雄は一生値踏みされるのだ。これからも延々と、死んだ後ですらな」
「小言と嫌味を言いに、わざわざこんな席を設けたのか? 爺は暇でいいな」
「爺の一番の娯楽は、世の行く末を眺めること。それが混沌を極めるなら尚良し」
「くだらねぇ」
爺というより世捨て人の娯楽だ。
「知らぬようだが、かつて【竜殺し】の生きていた時代は、人の世が一番混迷を極めていた時代だ。多くの獣、多くの英雄、多くの神が生まれた時代。【竜殺し】は、新たな時代の兆しと言える」
「語弊がありますわ」
ハティが、口を開く。
「【剛腕のグラッドヴェイン】が【竜殺し】を成した時、既に時代は混迷にありました。疫病、飢饉、戦火、怪異、それらを治めたのは【竜殺し】ではなく時の流れと、名もなき者の血」
巨漢は、口を歪ませて笑う。
「言いたいことはわかるぞ、竜の聖女。“朽鱗公は、人の病を吸い上げて狂った。”その俗説を吐きたいのだろう」
「俗説ではありませんわ。グラッドヴェインの記録や、神となった彼女から聞かされた記録もあります」
「記録など幾らでも改善できる。神の言葉も同じ。いや、そうさな。神の言葉だからこそ、人は好きに解釈する。言葉とは総じて、聞こえの良い部分だけが残るのだ」
「否定するのは簡単です。でも、確かに言葉は残っている。それが唯一の真実ですわ」
「真実ねぇ。なら、今回の降竜祭はなんだ? あの飛竜の群れはなんだ? 生きたまま焼かれた者や、空に連れ去られ虫のように地面に叩き付けられた者。彼らの痛みや悲鳴こそ真実だ。竜が、人間の敵であることのな」
「邪竜の災禍については、私からも詫びを言わせてください。けれどもそれは、遠い昔に欲を満たさんと竜の力を利用した女の罪。竜だけが背負わなくてはならない罪ではありません」
「豊穣の女神と邪竜の逸話か。それが真実かどうかも、遠い昔に捨てられたこと。人に狂った竜の逸話は多いが、それは愛情故ではない。ただの性欲だ。貴様もそうではないのか? その体で【竜殺し】を咥え込んだのだろ?」
俺は席を立った。
「フィロちゃん座りなさい」
「俺の侮辱なら幾らでも耐えるが、これは別だ」
殺す。
「アヴァラック。竜を侮辱したければ勝手になさい。女を侮辱するなら、城から生きて出さないわよ」
「おーおー恐ろしい王女様だ。仕方ない黙るとしよう」
俺は、腰掛けるかどうか迷う。
この男の顔面に蹴りを叩き込んで、ハティと一緒に出ていきたい気持ちである。
「失礼します」
食堂の扉が開いて、メイドと料理人が飯を運んできた。
料理人はシグレだった。
俺を見ると、バツが悪そうに眼を逸らす。軽くショックだ。
「ほほう! 注文通りだな」
巨漢は、料理を見て声を上げた。
「さあ、食え【竜殺し】。星輪草の甘辛炒めだ。縁起物だぞ。我が国の英雄を再起させた食物だ」
その料理とは、皿一杯、特盛りのオクラの炒め物だった。
てか、それオンリーだ。
飲み物も酒やお茶でなく水。
「フィロさん、立って食べるのは行儀が悪いですわよ」
「………………」
ハティに言われたら座るしかない。
スプーンでオクラを口に運ぶ。
甘辛々な味付けで食べやすい。噛むと粘りと旨味が口に広がる。美味いは美味い。だがしかし、オクラだけを延々と食うのは初めてだ。
巨漢は、黙々とオクラを食べていた。
ハティとランシールも同じ。
いやホント、不味くはない。朝飯には良い。でも他にも味が欲しい、と考えるのは舌が肥えた証だろう。
少し前まで朝なんて食べないのが当たり前。口にできて前日の残りのパンや、瓶底に残ったラム酒。それが城に呼ばれて朝から会食だ。
変わったもんである。
「ふぅ、美味かった。流石だなシグレ。ところで幾つになった?」
最速でオクラを平らげ、巨漢はシグレに話しかけた。
知り合いのようだ。
「数え年で16になりました」
「そうか。男はいるのか?」
「ンンッッ!」
何故か、ランシールが咽る。
「いません。仕事が楽しくて」
「いかんぞ。その歳の獣人女なら2、3人産んでいる。何人か紹介してやろう」
「ありがたいですが、お断りします。母がうるさくて」
「ううぐっぐふっ!」
ランシールは更に咽ていた。
「そうだ。おい、【竜殺し】。どうだ?」
「………は?」
なんで俺に話が向く。
「このシグレは良い女だぞ。料理の腕はさることながら、賢く気立ても良い。乳は薄いが、何人か産めば自然と膨らむだろう。こんな良い女は中々いない。正妻にできないなら、愛人として囲ってやれ」
「冗談は止めろ」
俺みたいな男とこの子じゃ吊り合わん。
「なんだ。英雄には足りん女と?」
「逆だ」
「え?」
何故かハティが驚いた。
「安心しろ。このシグレには、かの有名な【冒険者の父】の血が流れている」
「………本当か?」
それは驚きだ。
色んな噂はあるものの【冒険者の父】には女関連の話がなかった。女性説まであるほどだ。
「【冒険者の父】の血筋ですか、沢山いますわよね。噂では」
と、ハティ。
俺は知らないが、ハティは聞いたことがあるのだろう。
「【冒険者の王】ほどではないがな」
この巨漢、割と事情通だな。
さておき、
「大体お前、シグレの意見はどうなんだよ。こういうのは双方の――――――」
なぁ、とシグレを見る。
「ボクは、その、別にイヤでは………」
まんざらでもないように見えた。
え? は? 英雄効果?
バーン! と扉が開いた。
1人の近衛兵が現れた。
小人族の物と似た鳥のクチバシのように尖った兜と、蛇腹状の装甲がある黒い鎧。近衛の証である国の紋章が刺繍されたマント。
よくランシールの傍にいる奴だ。
そいつはズカズカと歩いてシグレの襟首を掴むと、外に連れて行った。
『………………』
なんなのか。
「まあいい」
巨漢は、懐から剣を取り出す。鞘に収まった幅広の短剣。テーブルに置くと、ギシリと木材が悲鳴を上げた。
短剣の重さじゃない。
「剛剣ブラッドルフ。我が友、【落陽のブラッドルフ】の得物だ。【竜殺し】、貴様にくれてやる」
「くれるってんなら貰うが――――――」
短剣を手に取る。
異常に重い。大剣のような重さだが、鞘のまま軽く振ると短剣らしい重さになる。
使える。
ブラッドルフとやらは知らないけど、中々の得物だ。
「――――――返すもんはねぇぞ。後、使い潰す」
「知っている。本望だ。オレの死後、そこいらの凡夫に扱われるよりは100倍はマシ。さて」
巨漢は、席を立つ。
「【竜殺し】、期待しているぞ」
「何を?」
「次に殺す何かをだ」
巨漢は、笑いながら出て行った。
少し沈黙が流れる。
………………疲れた。
これが後2回………………しんどい。
「この味付け良いですわね。教えてもらおうかしら?」
ハティは、呑気に食べていた。
「精が付くのよ。フィロちゃんも食べなさい」
ランシールもそんな感じ。
オクラが嫌いになりそうだ。
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