<第二章:不和の餐会> 【01】


【01】


「うっ、熱っぽい。鼻水も止まらない。関節も痛いかも。今日は外出られないなぁ。あ~旦那様の看病したからだぁ」

「なんでだよ」

 アリスは、具合が悪そうなフリをしていた。

「はいはい、城に行きたくないのでしょ。全く、夫の隣に座るのも妻の仕事なのに、あなたときたら」

「聖女様。そこんとこ、今日はお願いしますね」

「言われなくても行きますわよ。フィロさんだって慣れていないのですから」

 ハティが来てくれるのは、とても助かる。

 お偉いさんが集まる席なんか経験したことがない。何をすりゃいいのか、何をしてはいけないのかわからない。

 アリスが今回遠慮したのは、慣れてないのが2人いても意味がないからだろう。

 ………たぶん。

「じゃ、頑張ってね~」

 鼻歌混じりで、アリスは新しい工房に消えた。

 いやこれ、ただ行きたくなかっただけだ。

「ハティ。とりあえず、迷惑かけるから色々頼む」

「はい、わかりました」

 寝所から衣装を持ってメイドが降りてくる。

「奥様はどこに?」

「体調不良により、城には行かないとさ」

「では………聖女様がご同伴で?」

「そうなる」

「聖女様、お召し物はどうなさいますか?」

「普段通りで行きますわ」

 ハティは、いつも通りの太ももにスリットのある白いローブだ。例の蜘蛛に破かれたのだが、綺麗に繕ってある。

「俺は?」

 俺の恰好は、ライガンの黒革の鎧にくすんだ赤色のマント。腰には、鍔と柄だけの宝剣。

 まあ、いつも通りだ。

「フィロ様も普段通りで構いません。レムリア王の時代から、『冒険者は武装が正装』と言われています。ただ、食事の席ではマントは脱いだ方がいいかと。では、馬車を手配します」

 メイドは家から出て行った。

「フィロさん、体調は良くて?」

「まあまあだ」

 拳の怪我は治っていた。小さいかさぶたがあるだけで、五指は問題なく動く。背骨や腰も問題なし。川に落ちて冷えたけど、アリスとハティに温めてもらい。今は健康そのもの。

 ただ疲労は少しある。

 頬もちょっと痛い。

「昨日も言いましたけど、休みましょうね。偉業を成した後、急に亡くなった英雄の話は沢山あります。休んで………そうだ。私が回顧録を書いてあげますわ」

「う、うーん」

「気が進みません?」

「まだ振り返るのは早い気も」

「そうですの? 【竜殺し】は、レムリアの年代史に残ることですわよ。これで早いとなると」

 早い。そして、これ以上。

 そう、これ以上を望むなら、覚悟がいる。今の全てを捨ててまで手に入れる覚悟が。

 生半可な覚悟じゃ無理だ。

 中途半端に手放すだけでも無意味。難しい。とても難しい。心のどこかで思ってはみても、踏ん切りは全くついていない。

「頭が回ってないだけだ。気にしないでくれ」

 今は誤魔化す。

「して、ハティ。来賓の席で俺はどうすれば?」

「ありのままですわ。ありのまま。不愉快に感じるでしょうが、王城に招かれる人間は大体が“上”の方々。そういう方々のやりたいことは1つ。民草から湧いて出てきた傑物を、上から目線で値踏みして話のネタする」

「見世物ってことか」

「不愉快ですけど、そういうものですわ」

 経験則を聞かされた気がした。

「全員ランシールだと思うよ」

「それは不愉快極まりないですね。でも、短気は駄目ですよ。緩やかに笑顔で通り抜けま――――――」

 ハティが笑顔で固まる。

 俺には無理だと判断したのだろう。その通りである。

「それは私が何とかします。フィロさんは………そうですわね。堂々と構えていればそれで大丈夫!」

「大丈夫か」

「そうですわ! たぶん!」

「なら簡単だ」

「大体のことは私が受け答えしますので、お任せください。私はこれでも【文折の聖女】ですから、口は回る方ですわ」

「任せた」

 それはそうと、ハティの胸に顔を埋めた。甘い匂いを吸う。

「やはり、お疲れですの?」

「んーちょっとな。意識すると少しな」

「英雄の心労は、常人には理解しがたいものです。やっぱり今日は休みません?」

 ハティの両手に頭を包まれ、胸に柔らかく押し付けられる。

「こうしていたら元気になる」

 と、

「迎えが来ました。続きは馬車でどうぞ」

 いつの間にかメイドが戻っていた。




 馬車の中で、メイドに詳しい予定を聞かされた。

 まず朝餐会、次は昼餐会、最後は晩餐会の飯の席で、3組の来賓相手に見世物になるそうだ。

 ほぼ丸1日城にいることになる。

 アリスの奴、これ先に聞いていたな? 俺だって知っていたら家で寝ている。


 城に到着するなり、食堂に通された。

 無駄に豪勢な飾りつけ、用途のわからない調度品、由来不明の絵画。シャンデリアには、大量の翔光石が使われ外よりも明るい。褒められるようなセンスはない。

 長いテーブルの右手側には、ランシールが座っていた。

「フィロちゃんは、あたしの隣に座りなさい。ハティちゃんはその隣。軽く打ち合わせをするわよ」

 メイドにマントを渡し、ランシールの隣に座る。ハティも俺の隣に腰を掛けた。

 椅子の座り心地は良い。

 目が痛い金色だが、クッションはフカフカだ。

 メイドは出て行き、食堂には俺たち3人が残される。衛兵や近衛の姿もない。

「フィロちゃんは聞かれたことに簡潔に答える。愛想はいらないわ。いつも通り、不遜な態度で良いわよ。軽く威圧しても可。向こうが詮索して来たら、ハティちゃんが補足なさい。当たり前だけど、絶対に暴力は駄目」

「向こうが斬りかかって来てもか?」

「そんな馬鹿は呼んでないわ」

「だといいが」

「1人呼んだかもね」

「………………」

 嫌味を言われた。

「ハティちゃん。大体あなたが喋れば問題ないでしょ。そういう聖女なのだし」

「ええ、問題ありません。王女より雄弁に語ってあげますわ」

 軽くバチバチするランシールとハティ。忘れていたけど、この2人は仲が悪い。

 外が騒がしい。

 近付いてくる。

 食堂の扉が乱暴に開かれた。

 現れたのは、禿頭の巨漢。

 年齢は60代くらいだろう。顔の堀が深く、皺という年輪も多い。ライガンの爺もデカかったが、この爺は横にもデカい。

 使い古された金属製の胸当てに、ボロボロのマフラー、仕立ての良い青いマント、首には宝石が散りばめられたネックレスを幾つもぶら下げている。腰に帯びたのは、二振りの巨大な曲刀。

 なんだか、絵に描いたような山賊の首領だ。

 来賓ではないだろう。

「アヴァラック。騒がしい登場ですね」

「ランシィィィィィル!」

 巨漢は、殺気を放ちながら曲刀を引き抜く。

「そいつがそうか、【竜殺し】か!」

「あなたが会いたいというから、今日席を設けたのですよ?」

 来賓だった。

 いきなり得物抜いたが、許されていいのか?

「そう………そうだったな!」

 巨漢は、俺に向かって曲刀を投げ付けた。

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