<第一章:英雄の日々> 【08】
【08】
「休んでくださいまし」
「休んで」
「ヴァ」
帰って事情を話すなり、ハティ、アリス、神の順に休めと言われた。
「でもな。ほら、ランシールがうるさいし」
まだ言えていないが、ハティの元護衛の件もある。
それを知ってか知らずか、ハティに詰め寄られた。
「ランシールなんて、どーでもいいですわ。あなたは救国の英雄ですのよ。休む自由は幾らでもあります。私が今からでも――――――」
「わかったわかった休む。けど、来賓の相手をした後でだ」
「あんなもの、体よく見世物にされるだけですわよ」
「政治ってそういうもんだろ」
「むぅ、その後は本当に休みますよね?」
「休む休む。しばらく食っちゃ寝しながらダラダラと無為に過ごす」
「なら、いいですけど」
「ヴァ~」
釈然としないハティ。何かを察した神。
俺だって、見世物になりたいわけじゃない。
外の世界について知りたいことがあるのだ。例えばレムリアでは信仰されていない神のこととか。信奉する者たちの拠点とか。
蛇や猫は知恵者ではあるが、古い知恵なのだ。今現在、生きている人間の情勢まではわかっていない。
恐らく知ってはいるだろうが、ハティには聞けない。街の人間や、ランシールは信用できない。アリスは………正直わからん。嘘の上手いタイプの人間ではないから、ハティにバレる可能性もある。
となると、外の人間だ。
情報交換するだけの乾いた関係が良い。問題が発生しても、後腐れなく切れるなら尚のこと良し。来賓に招かれるような人間なら、情報も人脈もあるだろう。
「それはそうと、旦那様。ちょっと」
アリスが俺の腰を掴む。
軽い痛みでくすぐったい。
「何だ?」
「床に寝て、治療し直すから」
「は?」
アリスにマントと鎧を剥がされ、羽交い絞めにされた。
「いいから寝て。掃除したばっかりで綺麗だし」
「そういうことじゃなくてな」
とはいえ、大きな胸を押し当てられては逆らう気になれない。床に腰を降ろして、アリスに体重を預ける。
「聖女様、旦那様の両足を抱えて」
「はいはい、こうですの?」
ハティが、俺の両足を抱えた。
アリスは、俺の腰に両膝を当て、上半身を無理やり伸ばす。
「うごっ!」
伸ばした後、
「おごっ!」
ゴリュゴリュッと骨を搔き回した。
衝撃が背骨を伝わり、骨の音と共に全身に響く。治療術師に背骨を殴られた時よりも痛い。光が見えた。天にも昇る気持ちだ。
一瞬、臨死体験をした後、地上に戻って来た。
「ヴァー!」
神が出迎えてくれた。
「や、やる必要あったのか?」
全身がプルプル震える。
「うん、治療の仕方が気に入らないの。問題はないけど雑っていうか、戦場の流れ作業的というか」
「つまりは、フィロさんの体を他人に触られたくないってことですわね」
「それ!」
それで天国に送られたらたまったもんじゃない。
立ち上がる。
前より良くなった気もするが、引き続き痛い。
そんな時だが、腹が減った。
「2人とも昼は食べたか?」
『まだ』
と、女2人。
「ヴァッ」
「私が何か作りますか?」
「え~また聖女様の平焼きパン?」
「文句あるなら、あなた作りなさいな。パンの1つも焼けないで、よく嫁入りできましたわね」
「食より医療を優先したんですぅ~」
と、ノックの音がした。
自然と身構えて入口に向かう。
包帯に包まれた拳でも戦いようはある。実戦でなれていこう。
警戒して扉を少し開けると、杞憂だった。
「シグレか、どうした?」
小柄な獣人がいた。
黒髪のショート、猫の獣耳、白黒のエプロンドレス。クール系に見えるが、年相応に幼い少女だ。
「これ、昇進と色々含めたお祝いです」
彼女は、大きなバスケットを抱えていた。
香辛料や肉の良い匂いがする。
「ヴァッ! ヴァッ!」
足元で我が神が跳ねる。
「ああ、そりゃありがたい」
「他にもあるので中に運びますね」
扉を開けてシグレを中に入れる。彼女の後に続くのは、同じバスケットを抱えたワシ鼻の小人たち。肌は緑色や灰色で、大きなリュックを背負いニワトリのような赤いトサカのある兜をしている。
ゴブリンだ。
運送業で、街中を走り回ってる姿をたまに見る。
「食卓に広げていいですか~?」
「ああ、やってくれ」
シグレとゴブリンは、持ってきた料理を食卓に並べる。
ゴブリンが椅子を引いてくれたので、俺たちは腰を掛けた。
「豪華ですわねぇ。前に食べた王宮の料理と大差ないですわ」
並べられた料理に、ハティが感嘆の声をあげる。
得意げにシグレは料理の説明をする。
「野菜料理は、ティアンドレギューム。輪切りにした野菜を交互に並べてオリーブオイルまぶしてオーブンで焼きました。スープは、近海でとれる海の幸をこれでもかと入れミソで味付けしてあります。こっちは、海老とニンニクをラム酒でソテーしたもの。パイは、カスタードクリームとリンゴ。パスタは、フィロさんの好きなトマトパスタ。ごめんなさい少し伸びてます。ケーキは、ジュマの干しぶどうとヒューレスの森の蜂蜜酒で甘く味付けしたもの。そしてメインは、ダンジョン豚の子豚の丸焼き。【冒険者の父】が愛した縁起物です。お酒は、魚人の手により海底で熟成した【深海酒】。おまけに、瓶詰のピクルスも沢山ありますので、これはお好きな時にどうぞ」
大きな肉に野菜、パンとスープにケーキ、パイ、パスタに酒、量や種類もさることながら本当に豪華だ。
アリスは不安気な顔で言う。
「………食べきれるかな?」
「ハティはよく食べるから大丈夫だろ」
「え? フィロさんそれ馬鹿にしてます?」
「いっぱい食べる女は好きだ。アリス、お前はもっと食え。胸以外にも栄養やらないと」
「胸は、勝手に大きくなっただけなんですが。てか邪魔。アタシはもっと小さくて細い方が楽だったなぁ。シグレちゃんみたいに」
「アハハ」
シグレは、アリスの胸を見て乾いた笑いを浮かべた。
コンプレックスがありそうである。
そういえば、ゴブリンの姿がない。物を置いたら忍者のように消えていた。
「シグレ、すまない。アリスは引きこもりで他人との付き合い方がわからない駄目な人間なんだ。許してやってくれ」
「旦那様、いきなり何?」
「まあまあ、いただきましょう」
ハティはフォークとナイフを手に取り、料理を皿に取り分ける。
「ボクも手伝いますね」
シグレは、子豚の丸焼きを切り分け始めた。
「ささ、旦那様。一杯」
アリスが酒を入れてくれた。
口を付けようとしたら、ハティに横取りされる。
「シグレさん。実は私たち、少し前に飲み物に薬を盛られまして。それで少し大変なことになりましたの。あなたを信用していないわけじゃないけど、ね?」
ハティは、シグレの前に取り寄せた料理と酒を置く。
毒味させようというわけだ。
「ハティ。シグレは、この街を支えている料理人だ。俺も10年世話になった。あんなモンスターと同じにするな」
「人が人を謀る時、裏切る時、その人の背景など役に立ちませんわ。別に裸になって腹の中身を見せろと言っているわけじゃありません。自分で作った料理を一口ずつ食べるだけ。それだけで信用を保てる。簡単なことですわ」
「でもなぁ」
「いただきます」
シグレは手を合わせ、フォークでパクパクと料理を口に運ぶ。
しっかり噛んで飲み込み。
「はい」
小さい舌を出し、酒の入ったコップを手に取る。
「あ、シグレちゃん」
何故かアリスが止めるも遅い。一気に飲み干す。
結構きつい酒だと聞いたが、大丈夫か?
「あ、しまっ」
シグレは顔を赤くして倒れた。
「お酒弱いって言ってたのに」
「そういうのは先に言え」
きゅ~と目を回しているシグレ。
飯の安全は保障されたが、先ず送り届けないと食えないな。
シグレを背負って【冒険の暇亭】に。
「なっ、どうした!?」
様子を見るなり女将に驚かれる。
「いや、ちょっと酒を飲ませてしまって」
近くのテーブルにシグレを寝かせる。酒はアリスが吐かせたので問題はないはず。
「そうか」
「そうだ。しばらくしたら目を覚ま――――――」
女将が拳を振り上げた。
「うちの子に酒なんか飲ましてんじゃねぇ!」
鉄塊でアゴを打たれた感触。
俺はまた空を飛び、近くの川に着水した。
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