<第一章:英雄の日々> 【07】


【07】


 ピッチフォークと猫を捨て、ゴロツキ共に殴りかかる。

 拳の一振りで、人が回る。

 蹴りの一撃で、人が飛ぶ。

 肘や膝で肉が削げ、骨が折れる。

 おかしい。

 人が脆すぎるし、誰も再生点を使っていない。

 違う。

 殴り倒した男の胸に、再生点の容器を見つけた。赤で満たされた容器。再生点は作動している。なのに何故、怪我の再生が行われていない?

 そういえば、あの蜘蛛が俺の拳に呪いだか神の力を感じると言っていた。

 まさか、【剛腕のグラッドヴェイン】の名の通り、この拳や五体に力が?

 疑問を抱えながら体を動かす。

 混乱している。戦いに全く集中できていない。体の動かし方も適当だ。相手がゴロツキとはいえ、こんな戦い方では――――――余裕で勝ってしまった。

「は?」

 呻き声の合唱が響く。

 ゴロツキ共は、全員地面に寝ていた。

 何人か逃げ出したが、戦えそうなのは1人としていない。

「やれやれ、騒がしくて小汚い戦いだ。もっと身綺麗にできないのか?」

「やっただろ」

 ピッチフォークを拾うと、猫が肩に乗る。

 余裕で勝ったと思ったが、撤回だ。

 腰が痛い。屈むと物凄く痛い。

 右肩も痛い。いやもう、全身が痛い。

 両拳が特に痛い。血濡れは返り血だけと思っていたのだが、歯が刺さって出血していた。結構深くめり込んでいる。こりゃ素手じゃ抜けないぞ。

 当然、再生点はゼロになっていた。

 あんな数分の喧嘩で尽きるとは、力に体が全く付いていけていない証だ。基礎体力を鍛えてどうにかなるレベルなのか? 人体の強度の問題な気がする。

 今、襲われたらヤバいな。

 買ったばかりのピッチフォークで撃退する羽目になる。

 まあ、そうなったら仕方ない。

 とりあえず帰ろう。いや、治療寺院の方が良い。安い喧嘩で怪我したとか、女に知られたくない。

「おい猫。お前、人の動きとか感知できないのか?」

「あ? できるわけないだろ。僕はただの愛らしい猫だぞ」

「………はぁ」

 期待しただけ馬鹿だった。

 痛む足で平静を装って歩く。至る所から視線や気配を感じた。ここは蜂の巣と同じ。どこからでも襲われるだろう。

 だから、堂々とする。

 所詮、ここの住人はネズミとハイエナ。

 力を示した今、弱ささえ見せなければ襲われる理由はない。

 よどみない足取りで来た道を戻る。

 緊張を見せず、あくまでも余裕のように急がず歩く。

「二度とこんな場所に僕を連れて来るなよ。蛇にお似合いの場所だ」

「二度と来ねぇよ」

 地区を出た。

 普段通りの空気が美味しく感じる。

 全く。人も空気も“すえた”場所だった。長くいたら、こっちも腐りそうだ。

 さて、小走りで治療寺院に向かう。

 人を避け、路地裏を使った。

 冷や汗が出て、視界がちょっと歪む。めっちゃ腰が痛みだした。前に背骨が歪んだ時と同じ痛み。下手すると動けなくなるやつ。

 いつの間にか片足を引きずり、息切れを起こしながら歩く。念のために追跡がないか背後を見る。路地裏の薄闇には何もない。俺の不安だけがある。

 ピッチフォークに体重を預けて進む。

 やがて、三角形の建物が視界に現れた。治療寺院が輝いて見える。

 開けっ放しの入り口を潜り、近くの青いローブの女性に話しかけた。

「三つ編み眼鏡の治療術師を呼んでくれ。俺を、フィロを何度か治療したことのある女性だ」

「お待ちを」

 女性が小走りで奥に走り、三つ編み眼鏡でキツイ目をした女性を連れてきた。

「お久しぶりです、英雄様。奥の部屋へ」

 奥の個室に案内された。

「僕、こういう女好き」

「黙っとれ」

 猫をマントで包んで、ピッチフォークと共に部屋の隅に投げた。

「また変わったお連れですね」

「妻のペットだ。今日は拳を痛めた。後、腰と関節と背骨も痛む」

「全身ですね」

「全身だ」

 近くの椅子に座った。

 拳を差し出すと、ペンチのような器具で歯を抜かれる。腰の痛みが激しすぎて、思ったよりも痛くない。

「喧嘩ですか?」

「色んな人間に人気でな」

「大変ですね。英雄になると」

「前の冒険者の日々と変わりないさ」

 拳の傷にアルコールをかけられる。流石にこれは痛い。焼けるようだ。軟膏を塗られ、包帯を巻かれた。

「拳は2、3日で完治するでしょう。次は」

 治療術師は、部屋の梁にロープを垂らす。

「あーまたこれか」

「背骨が歪んでいます。前よりも酷い状態で」

「………はい」

 治療術師は、俺の両手にロープを巻き付けて引く。

 俺の両足が地面から離れると、治療術師はロープの端をベッドに括り付けた。

 かなりの重労働なのに手慣れている。

 関心している暇なく、激痛が全身を駆け巡った。

「うぎッ」

 骨が伸びただけで、この痛み。てか、関節も痛い。

「力抜いてください」

「痛くてちょっとそれは無理」

「英雄ならいけますよ」

「英雄でも痛いもんは痛っっっ!」

 ドゴン! と脇腹に衝撃。

 一瞬気絶した。呼吸が止まる。竜の尾で殴られたかのような一撃。

「はい、大丈夫です。しばらくベッドで休んで帰ってください。お疲れ様でした」

 解放され、俺はベッドで横になる。

 硬いベッドだ。こっちの方が落ち着く。家のは柔らかすぎて溺れる夢を見る。

「助かった。また頼むかもしれない」

 アリスとハティにバレたくない時は特に。

「1ついいですか?」

「2つでもいいが」

「英雄とうたわれ、毎日お忙しいとは思いますけど、長期の休みを取った方がいいです。そもそも、10年も冒険者をやれば、体のどこかが壊れます。壊れています。必ず。そういう人体の損傷を、再生点で誤魔化して動いているだけ。はっきり言いますけど、フィロさんの体はボロボロですよ。普通なら引退を勧める状態です」

「引退は勧めていないんだな?」

「英雄は人智の及ばない力を得るものです。過去、心臓が止まっても数日戦い続けた英雄もいました。死後、灰から蘇った英雄や、小さい子供として再誕した者も、一介の治療術師では計り知れない存在です。あなた方は」

「いや、俺は死んだら普通に死ぬと思うぞ」

 たぶんまあ、【竜殺し】にそんな不死性はない。

「では、余計にご自愛してください。2人も女性を残して死ぬとか、男として最低ですよ?」

 何気にハティとの関係がバレている。

「わかった。引退はなしだけど、休みはちょっと考えてみる」

 敵が休ませてくれるのなら。

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