<第一章:英雄の日々> 【06】


【06】


 一夜明け、目にクマを作ったアリスにしこたま薬を飲まされた。

 ゲロ苦い薬だった。

「結果的に、アタシの薬学は一段階進歩したよ。たまには他人の研究を盗むのもいいね! 吹いてる! 新しい風! アハハハハハハ!」

 叫んで気絶したアリスを、ハティが肩に担ぐ。

「私は、まだ毒気が残っているので、今日一日家で休んでいますわ。フィロさんは、この後どうしますの?」

「武器を探しに街に行く」

「いってらっしゃいまし」

 ハティは一礼して二階に行った。

 俺は一旦地下に行って、いつもの黒革の鎧を着込んでマントを羽織る。見栄えのために、柄だけになった宝剣を鞘に収めた。

 玄関に行くと、

「余も行くぞ」

「僕も行こう」

 蛇と猫が待っていた。

「お前ら人の肩で喧嘩するだろ。どっちかにしろ」

 邪魔で仕方ない。

「街のことなら余の出番であろう」

「古今東西、英雄の得物となると。僕が一番の知恵者だぞ。なんせ、英雄の半分は僕の敵であったからな」

「うーん、今回は猫で」

「なんじゃと!?」

「蛇には良い酒買ってきてやるから。金はあるし」

「しかたないのう」

 猫を肩に乗せて家を出た。

 ドワーフの工房は全滅だから、商会を当たってみよう。

 俺の名声に加え、金もあるし、商人も商売なのだから売ってくれるはず。


 ――――――が。

「申し訳ございません! どうかこれでご勘弁を!」


 目抜き通りの有名な商会に行くと、門前払いならぬ門前で金を渡された。

「説明してもらえるか?」

 完全にアレな人がカツアゲしてる状態だ。

 人通りが多いから、かなりの人数に見られている。

「ドワーフの職人連中から、フィロ様に武器は売るなときつく言われており、他の物でしたら幾らでもお売りしますが今日のところはこれで!」

 商人が差し出してきた小袋を開ける。

 金貨が、たぶん30枚くらい? 英雄って楽に儲け………違うそうじゃない。

「迷惑かけたな」

 金を返して商会を後にした。

 念のため、無駄と知りながらも裏通りの商会に顔を出し、全く同じ対応を少ない金額でされて諦めた。

「あれ、詰んだ? 俺もう素手で戦うしかないのか?」

 街の路地裏で途方に暮れていた。

 頭に移動した猫が言う。

「簡単ではないか。何を迷うことがある」

「何を?」

「奪えばいいのだ。ドワーフや、商会の用心棒程度、素手でも余裕じゃないか」

「なるほどなぁ~アホかお前」

「何が?」

「俺は英雄だ。英雄の立ち振る舞いをしろって、ランシールに言われたばっかだ。職人や、商会襲うとか落ちぶれた冒険者でもしねぇよ」

 街に居られなくなる。

「そこがわからんのだよなぁ~。英雄の立ち振る舞いなんぞ、後々どうとでも書き換えられる。酒場に金をばら撒いたら、民草の噂話は一夜で変わる。英雄が奸雄、善人が悪党、聖女が悪女。なんでもこざれ。何を気にするのだ?」

「お前にそう言われると、ますます身綺麗に動くべきだと身が引き締まるよ」

 ザ・反面教師。

「なんでだよ」

「お前がそういう考えだから、お前の国は滅んだ」

「それ強いから禁止な」

「駄目だ。隙あらば使う」

「卑怯者め!」

 猫が前足で俺の額を叩く。

 中身がこれじゃなきゃ可愛いのだが、中身がこれなせいで不愉快度が高い。

「帰るか。また襲われても疲れる」

 例の翼のある騎士。

 あれにまた襲われたら、素手はキツイ。

「まあ待て。1つの種族に憎まれるということは、1つの種族に重宝されることもある。ドワーフのような実直な連中ほど敵を多いのではないか? 心当たりは?」

「そりゃヒームの鍛冶職人だろ。問題は、そういう人間はとっくに廃業して、俺が求めるような武器は手元に置いていない」

「本当か?」

「名のある剣抱えても、飯は食えねぇよ」

 確か、7年くらい前のこと。

 ヒームの鍛冶職人がドワーフに職を奪われ、ランシールに恨み言を吐いていた時期。ヒームの作った武器防具が、格安で売りに出されていた。それこそ、どこにでも転がるように売られていた。それでも全く売れていなかった。

 金のある冒険者は、ドワーフ製の武器防具に切り替えていたのだ。金のない冒険者も借金してドワーフ製に切り替えていた。

 借金すらできない俺のような冒険者は、ヒームの武器を使っていたのだが、そんな連中に新しく買い替える余裕はない。

 思えばあの時、名のある武器防具も市場に並んでいた気がする。

 結局、売れなかったヒーム製の武器防具は国外に行ったらしい。レムリアに残っているのは極稀。ヒーム製のロングソード1つ探すだけでも大変だ。

「見逃しはないと?」

「仮に商人が見逃したとしても、俺が見付けられるわけがない」

「いや、僕はわかるが」

「へーそうかい。………マジか? 物の真贋とかじゃなく、ゴミからも見付けられると?」

「どんな英雄の得物でも見ればわかる。当たり前だ」

「じゃあ、行ってみるか」

 1つだけ心当たりがある。



 街の東。

 最も貧しく治安の悪い地区に入る。

 ここの住民は、落ちぶれた冒険者、職にあぶれた貧民、街に馴染めない移民、犯罪者、それらを食い物にするクズが主だ。

 ここは、他の地区に比べて通りの全てが狭い。必然的に建物も密集して、昼間でも薄暗い。夜になれば漆黒になる。

 しかし、一昔前に比べたらかなり綺麗になっていた。

 転がっている死体は見当たらないし、排泄物の山もない。飢えた犬や、ネズミの姿もなし。ただ匂いは昔と変わらない。

 血とクソの匂いだ。

 表面だけ拭って綺麗に見せかけただけ。いや、表面だけでも綺麗したのは王女の偉業か。

 薄暗さの奥に進む。

 時折すれ違う人間に鋭い目で睨まれた。殺意で返すと、相手は虫のように逃げる。冗談でも弱みを見せちゃいけない場所である。英雄が来る所でもない。

「う~ん、ゴミ溜めだねぇ。こういう場所は焼いても焼いても出来てしまう。国造りの悩みどころだ」

 猫を無視して進む。

 そして、一軒の傾いた店の前に立つ。

 日本語で言うならば『よろず屋』。

 冒険者の間では『底屋』。

 正確な店名などはない。

 ようは、廃品や盗品、訳ありの中古品を販売している店だ。後、無知な人間を騙して、高い仕事を安い賃金で斡旋していたりもする。

 店の前には用心棒が1人。

 肥え太り、椅子に座ってやる気はない。無視して店に入ろうとすると、

「待てや。入場料がまだだ」

 急にやる気を出してきた。

「俺は客だ」

「なら、ますます金を払えよ」

「そうか?」

 軽く殺さない程度の力で、用心棒のアゴを殴打した。

 砂利を殴るような感触が拳に伝わる。気絶させるつもりが、砕いてしまった。

 用心棒は床に転がり、自分のアゴと腰の剣を押さえながら溺れる。再生点もないとは、元冒険者ですらないな。

「身綺麗とは、一体なんだったのだ」

「時と場所による」

 そう猫に返して、店に入る。

「い、い、いらっしゃ」

 埃っぽく、物でごちゃついた店には、ガリガリの老人がいた。抜けた歯を見せながら、不気味な笑顔を浮かべている。

「武器はあるか?」

「ぶ、武器。あるよ~。いいのがあるよ~」

 老人は震える指で店の一角を指す。

 雑に並べられた木箱に、錆び付いた武器が適当に挿されていた。

 猫を掴んで武器の前に放り投げた。

「ほら、探せ」

「扱い雑っ」

 文句を言いながら、猫は武器を漁り出す。

 老人の視線を感じた。

「何だ?」

「あ、あんた、あんた知ってる。ひひ」

「ああ、どうも」

「りゅ、【竜殺し】。【竜殺し】だ。あれ、あれはあれ本当か?」

「疑いたきゃ疑え」

「ひ、ひひっ、ひひ、英雄だ。英雄がこの店にきちゃ。ひひひっっ」

 老人は不気味に笑いだす。

 居心地が悪い。さっさとこの店出たい。

 5分程度、老人と見つめ合いながら過ごす。外がなんだか騒がしくなってきた。

 俺と関係ないだろうと思い込み、更に5分。

「お、見付けたぞ」

 猫は、何かを咥えて箱から出てきた。

 錆びて朽ちかけた短剣? それとも、

「槍の穂先か」

 やや丸みのある両刃。錆びは多いも、奥にぬらりとした白刃が見えた。柄を付ければ、使えるかもしれない。

「【小勇者シュペルティンク】という英雄がいた。天性の器用者で、とにかく得物の多い奴だった。その総数は、千とも万とも言われている。価値があるんだかないんだか、よくわからない得物も多いが、英雄の持ち物には変わりない。君の力でなら使いこなせるはず。後、これも同じくシュペルティンクの得物だ」

 猫が後ろ足で蹴る武器は………………武器?

「ピッチフォークじゃねぇか」

 農具だ。

 長い木製の柄に、5本刃の付いた穂先。刈り取った麦や干し草を持ち上げる農具である。

 確かに、刺したら痛いだろうけど。本当に英雄の武器か?

 手に取って重さを確認。

 微かにだが、ピッチフォークに炎が纏わりつく。殺意を持って振るえば、敵を射殺せる確信があった。

 間違いなく英雄の武器だ。見た目以外は間違いなく。

「どーだー。ゴミ溜めにも宝はあるのだ、冒険者よ」

「帰りに魚買ってやる」

「僕は魚嫌いだが?」

「猫なら好きになれ」

「なんと横暴な」

「おい、この2つを売ってくれ」

 老人に槍の穂先と、ピッチフォークを見せる。

「銅貨、ささ、さんまい」

 金貨を渡して店を出る。

 と、ズラ~と人だかりができていた。海外の有名アーティストになった気分である。こんなゴロツキしか集まらないアーティストはいないと思うが。

「何の用だ?」

 白刃が返事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る