<第一章:英雄の日々> 【05】


【05】


「いい加減にしなさい」

 家の居間には、ランシールがいた。

 何故か、ラフなドレス姿。普段見る王女のドレスよりも、装飾や刺繍がツーランク下に思える。

「おかえりなさい。旦那様」

 奥から出てきたアリスも、普段とは違うドレス姿だ。

 黒が基調で背中が開いているのは同じ、だが長い袖は透けたレース生地であり胸元も大胆に開いている。長いスカートのスリットから、細い片足を露出させていた。髪は、前髪を整え、両目を見せ、ポニーテールに変えている。

「どっか行くのか?」

 冠婚葬祭な姿である。

「余所行き用の服装を用意しろって、王女様が色々持ってきたの。アタシは普段のでいいって言ったのに」

「あのねぇ、アリスちゃん。伝統もいいけど、英雄の妻なら金をかけた服装になさい。特に社交場では」

「う゛………アタシはそういうのはちょっと」

 一緒に飯食いに行く時以外、基本ひきこもりだしな。

「駄目よ。無理でも、平気に見えるように演じなさい。あなたは誰の女だと思っているの? 英雄の女よ。安っぽい振る舞いをしたら、後の歴史にこう書かれるわ。『【竜殺し】の伴侶は、記すに値しない女である』って」

「そもそも、アタシはライガンの女なので、別に歴史に名を残すことに興味は」

「それは、あなた個人の考え。今後あなたが出会う人間の全てが、あなたを『英雄の女』として見る。『英雄の女』としての立ち振る舞いを求める。それができないのなら――――――」

 ランシールが手を叩く。

 奥からエルフのメイドが出てきた。

 アリスと全く同じドレス姿で、長耳もまとめた髪で隠している。

「このテセが、社交場での代役をやるわ」

「ぐえ゛」

 アリスは、露骨に嫌そうな顔をした。

 メイドの顔は、アリスに似てなくもない。ただ、本人に比べ愛嬌が無さすぎる。冷たく見えて冷たい女と、冷たく見えるだけの温かい女は絶対的に違う。

 俺は口を開いた。

「アリス。お前が嫌なら出なくていい。“社交の場”つっても、欲で肥え太った豚を相手にするだけだ。偽物で十分だろ」

 アリスは、俺とメイドを交互に見て浮かない顔で言う。

「アタシがやります」

「そう。所作についてはテセから教わりなさい。もしくは聖――――――」

「何なんですのこれ!」

 二階から、ハティが駆け足で降りてきた。

 これまた普段とは違うドレス姿。色は赤が基調。肩と胸元をがっつり見せ、スカートの太ももと尻尾部分には深い切り込みがある。両太ももの露出もさることながら、尻尾が動く度に尻が見える。

 そして、ドレスの素材が革なのだ。被虐的であり、拘束衣にも見える革衣装。止めに首輪まではめている。

 ランシールは目を細めて言う。

「しっかり着ているじゃない。気に入った?」

「気分転換に着ただけですわ! それで何なんですの!?」

「似合ってると思うぞ」

「ちょ! フィロさん見ないでくださいまし!」

 ハティはアリスの背後に隠れた。

 そんなハティを見ながらランシールは言った。

「あなたたち2人の関係は周囲が混乱するのよ。竜の巫女である聖女。その護衛が【竜殺し】。英雄の偉業を疑う者すらいるわ。だからほら、公の場で聖女にこんな格好をさせれば、2人の上下関係がわかりやすい」

『なるほど』

 俺とアリスは頷く。

 ハティは信じられない顔を浮かべた。

「2人とも、嫌がらせを真に受けないでくださいまし」

「おほほほ」

 ランシールが笑う。

 嫌がらせだったようだ。

 さておき、

「王女様、なんであんたも着替えてんの?」

「服があったら着てみたいのが女心。英雄ならそれくらいわかりなさいよ」

 この小言、一生言われそう。

「いけない。忘れていたわ。あなた、いい加減にしなさい」

 やっと話が戻る。

「大体察しは付いているが、何のことだ?」

「いきなり上級冒険者を殺すとか、何を考えているの?」

「向こうが襲ってきたから反撃したまで。冒険者の法、人の法で見ても正義だ」

 反論の余地はない。

「その通りですわ! しかも、私を辱めたのですよ!? ランシール王女、1つはっきりしておきたいことがございます。【邪手ホロミ】は、あなたの手の者ですの? 返答次第では、崇秘院と喧嘩になりますわよ」

 戦争だろ。

「無関係とは言い切れないわ。ホロミは、この国の宰相の仲間よ」

「仲間がいるのか? 教えろ」

 そいつらから襲撃される恐れがある。

 先手を打たねば。

「1人は左大陸の諸王に嫁いで、もう1人………宰相の女は遠い故郷に帰った。以上よ。元々、様子のおかしい“人間”だったから、逆にあなたみたいなのと気が合うと思ったの」

「“人間”? どうみてもモンスターだろアレ」

「人間になったモンスターよ。宰相は、【カシャ】と名付けていた。今回の件、そこだけは口を閉ざしておきなさい。【カシャ】はホロミだけじゃない。真面目に社会に溶け込んで生きてる者も多い。ほら、小人族とかも」

「は? あれの中身も虫なのか?」

「虫かどうかは知らないわよ。【カシャ】は、今いる人類と別の形で世界に出てきた者の総称よ。それに、大事なのは他人に迷惑をかけない生き方。フィロちゃん、あなたは英雄になっても全く変わりなく迷惑よ」

「いやだから、襲ってきたのは向こうで」

「反撃したことに怒っているんじゃないの。何でもかんでも即殺すなって言っているの」

「そこについては、アタシも賛成で~す」

 アリスが小さく手を上げた。

「敵が毒や病、寄生虫なんかを扱っている場合、調べる労力は物凄いんだから。でも生かしてさえおけば、いくらでも喋らせる手段はあるし簡単」

 我が妻ながら、サラッと怖いこと言う。

「そういうこと。“妻”が賢くて幸運ね。あまり“愛人”に振り回されないように」

「誰が愛人ですって?」

 ハティは、ピキピキ怒る。

 ランシールは、無視して続ける。

「フィロちゃんに言いたいことはそれだけ、次はハティちゃん。あなたよ」

「な、なんですの?」

「冒険者なんて大抵がろくでなし。その上にいるものなんて、異常者に決まっているでしょ。なんで着いて行ったの? 馬鹿なの? 足引っ張ってどうするの?」

「………………」

 ハティはぐうの音もでない様子。

「それに――――――」

「次から気を付けりゃいいだろ」

 不愉快なので止めた。

 正論でも腹が立つことには変わりない。

「本当に気を付けなさいね。話は変わるけど。二日後、来賓を招いて王城で食事会を開くから、あなたたちも参加なさい。それまでに、ハティちゃんは身の振り方を考えるように。あなたの男は英雄になったの。今までの関係では世間に通じない。聖女を辞めて英雄に尽くすのか、聖女として民に尽くすのか。両方は無理でしょ?」

「………………」

 言うだけ言って、ランシールは帰った。

「わたくしは、奥様のご命令通り、別邸で待機します。いつでもお呼びください」

 メイドも帰る。

 さて、時間が開いた。夕飯には少し早いが、いつも通り【冒険の暇亭】にでも、

「旦那様! 血を採らせて!」

「いきなりなんだ」

「2人とも、正体不明の敵から薬物を盛られたんだよ!? 絶対安静。今、王子と蛇さんがホロミの屋敷を漁ってるけど、薬の種類によっては治療寺院を頼ることになる。とりあえず血!」

「わかったわかった」

 差し出した俺の腕に、アリスは注射器に似た機材を刺す。

 コップ一杯くらい血を抜かれた。

「ハティは大丈夫なのか?」

「聖女様に盛られたのは大体把握してるけど、他にあるかもしれない。念のために安静に。それよりも、旦那様が心配だよ」

「大丈夫だって、再生点で補えたし」

 体の不調もない。

「それが心配の原因。勘違いしている冒険者は多いんだけど、再生点って治療術じゃないからね。時間に干渉して、怪我をどこかに飛ばしている。もしくは、切り取って誰かに押し付けている。あるいは、局所的に因果律を変えている。普通に使われているけど、謎な部分が多くて危険な魔法なの。そんなもんでどうにかしたら、心配するでしょフツー」

「知ってるさ」

 危険性を説いてる冒険者は多い。

 だからといって、この街で冒険者をやる以上、再生点は絶対に必要だ。

「とりあえず、今日はもう体を休めて安静にして。わかった?」

「了解だ」

 疲れは感じている。大丈夫だとは思うが、言われた通り安静にしよう。

 地下の自室に行く、の前に思い出したことがある。

「あ、ハティ。1つ聞いていいか?」

「なんですの?」

「オズリックって名前に、心当たりはあるか?」

「あら懐かしい。フィロさんの前に、護衛を頼んでいた方ですわ。それが何か?」

「いや、街中で君の名前と一緒に聞いただけだ。気にするな」

 ああ、なるほど。

 ややこしいことになりそうだ。

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