<第一章:英雄の日々> 【04】
【04】
だが、その前に剣だ。
無手の剣士ほど恥ずかしい状態はない。今の俺は全裸と同じ。ランシールと喧嘩しようにも、これじゃ恰好が付かない。
ハティを家に送り届け、街に出た。
剣を買うため街中の工房を回る。
金はある。
金貨100枚だ。
――――――喉が渇いたので通りがかった商店でエールを買った。言われた通り金貨で支払い、釣り銭も断る。
戦勝記念で振舞われて以来、久々に飲んだ。
味はともかく香り高い。フルーティーな匂いが喉から鼻を抜ける。水分補給は完了した。
そう金はある。
金貨99枚あれば、伝説の剣の1本くらい。
………………買えなかった。
良い剣なら金貨20も出せば買える。どこでも買えるといっていい。なんせ世界で最もドワーフの工房が多い街なのだ。剣の質は、大陸随一だろう。
で、良い剣から更に上のグレード。
これが思ったよりも購入が難しかった。
名剣、聖剣、魔剣、どこの工房にも1本や2本は在庫がある。あるけど非売品だ。どうしても欲しければ、金じゃない物を要求される。
大体の場合が信用であり、無理難題な素材、討伐、人間性、血や家名、官位、名声などだ。
「おかしい」
だからこそ、おかしい。実におかしい。
15の工房を回って、11で門前払いされ、4で鉄屑を投げ付けられた。
俺、英雄ぞ? 街を救った英雄なんだが? ドワーフのヘイト買うようなことしたか?
わからん。
わからんながらも、記憶にある最後の工房に行く。
といっても、剣を鍛っている工房ではない。半分引退して調理器具を作っているドワーフのところだ。しかし、在庫はあるだろう。思い当たる武器も1つある。
「すま――――――」
「帰れッ!」
樽に短い手足の付いた物体が、鉄屑を投げてきた。
ドワーフ、ゾルゾグー・ガルバン・ド・ガ。
先王の時代からレムリアにいる名工だ。
「ここが最後だから、そろそろ理由を教えてくれ!」
叫んで、キャッチした鉄屑を横に捨てる。
「【竜殺し】にくれてやる武器はねぇンだよ! 帰れ!」
「その理由を言えよ! 聞いたら帰ってやる!」
「………あのなぁ。前の【竜殺し】を知っているか?」
「【剛腕のグラッドヴェイン】だろ? 名前だけはな」
「あの女は、【竜殺し】の呪いでドワーフの秘宝を58も破壊した。完全に! 鉄片すら残さず! その中の20は、製法が完全に失われ今も再現できん! 敵じゃ敵! あの女1人のせいで、ドワーフの歴史が500年は失われている!」
「まあまあ、落ち着けよ。俺がそうとはまだ――――――」
ロングソードを投げ付けられた。
中々良い投擲技術。
合掌で刃を止めると、そのロングソードは緑色の炎に焼かれてグズグズになる。宝剣は柄部分が残ったのに、ロングソードは2秒で塵一つ残らない。
「同じ呪い持っているじゃねぇぇか!」
「うるせぇな! だから俺も困っているんだ! ドワーフなら、呪われていようが剣士の望むもん作れよ!」
「無茶を言うな! 呪いに耐性のある武………」
ドワーフは口ごもる。
「あるだろ! 前に見せてくれたやつ。あれで、また剣を鍛ってくれ」
「冗談を言うな! 【竜喰らい】の体で【竜殺し】の武器を作るなど! 竜に対する侮辱、鍛造と火に対する侮辱! 断じて断る! 二度と呪いは鍛たん!」
「考えてもみろよ。あんたアレの扱いに困っているんだよな? 俺が使って、アレが呪いに焼かれて消えるなら、誰も困らない。あんたは新しい人生を歩める。どうだ?」
「どうもこうもあるか! 帰れ!」
ドワーフは、身の丈以上の鉄槌を持ち出す。
俺は、慌てて工房から逃げ出した。
手ぶらで帰路に着く。
1つ有益な、どうしようもない情報を得た。
【竜殺し】は、ドワーフに嫌われている。そりゃ、数百年残り続ける伝説の武器を1回で使い潰すのだ。怒りの理由もよくわかる。
「まいったなぁ」
これから素手で戦うしかないのか? こればっかりは、投げナイフとわけが違う。身体を作り直すところから始めないといけない。
ぶん殴る程度はできる。
ただあれは、再生点を削って攻撃しているだけ。これまで以上に長期戦は無理だし、何よりも威力がない。格下の人間程度ならいけるが、モンスターには無理。
「ってことで、俺は機嫌が悪い。要件なら早く済ませてくれ」
路地裏から、これまたゾロゾロと冒険者が出てきた。
装備の質や、鍛え方、場慣れている空気から見ても、中級冒険者くらい。
それがまあ、28人もいる。
「【竜殺し】フィロ・ライガン。で、間違いないな?」
リーダー格の男が喋る。
違う。リーダーはもっと後ろの奴だ。
「違います」
「人違いか。そんなわけないな」
全員が剣を抜いた。
羨ましい。俺も剣が欲しい。
「面倒くさ」
こういう時はあれだ。
マントの裏地から丸薬を取り出す。無造作に投げたそれは、地面に着くと同時に強烈な音と白煙を発生させた。
地面を蹴る。
高く跳んで、近くの民家の屋根に着地。
戸惑う集団を下目に、屋根を歩いて悠々と帰路を行く。
つい、あの爺の真似をしてしまった。
逃げるとか俺らしくない。剣がないから仕方ないけど、癪に障る。まあ、どんな未来が待っていたとしてもアフロにはしないが。
背後に微かな音。
そして声。
「下賤、矮小、姑息。これが英雄の戦いか?」
騎士姿の男がいた。
長身痩躯に白銀のフルプレート。青い肩マント。腰には幅広の騎士剣。兜はなしで、癖の強い長い栗毛が見えた。唇は薄く、酷薄な形で歪んでいる。
そして、金色の蛇眼。
ハティと同じ瞳だ。
「誰だ?」
「オズリック・リューベル」
知らない名前だ。
だがさては、
「下の連中、お前が雇ったな」
「輝石の1つや2つで英雄すら襲う。実に愚劣、蒙昧、阿呆」
「何言ってんだ? 冒険者はそういうもんだぞ。大体、金なんてなくても、名声のために俺を襲うだろ。俺も襲ったことがある」
「救いようがない」
「救いは頼んでねぇよ」
騎士が剣を手に――――――俺の前蹴りが剣の柄頭を蹴る。
抜剣は封じた。
こんな見え見えな動作、どんだけ早くても先手を取れる。
「やはり、阿呆だ。引っかかった」
「あ?」
騎士は俺の足を掴み、跳んだ。飛んだ。羽ばたいた。
騎士の背には翼があった。見覚えのある翼。小さいが、まぎれもない竜の翼だ。
分厚い風に全身が包まれる。
風が止むと、街の遥か上空にいた。
地平線が見えた。家々が豆粒に見える。人々が蟻と同じサイズ。変わらない白い尖塔が、いつもより近くに感じた。
「虫のように潰れろ」
騎士は手を離す。
「バーカ」
俺は、足で騎士の剣を抜く。
空中で体勢を変えながら刃を掴み、燃え上がる剣を投擲した。
騎士の胸に剣が刺さる。
鎧は貫通した。肉には達した。だが、心臓に届く前に燃え尽きた。
「次は殺すッ!」
中指を立てながら俺は落ちる。
落下しながら俺は再生点の容器を見た。
舌を何度も噛み切ったせいで、三分の一程度しか残っていない。どのみちこの高さ、万全でも潰れて死ぬ。
落下速度が上がる。
15秒程度で大通りの石畳に着地だ。
受け身でどうなるもんじゃない。減速しようにも周囲に何もない。何もないなら、方法は1つ。
神頼み。
「我が神、【喰らう者バーンヴァーゲン】! 我、汝の真名をとく! どうかッ、在りし日の翼を取り戻したまえ! ロラン・オル・ルゥミディア!」
ハティの考えた祈りの言葉を叫ぶ。
迫る地面が真っ白に染まった。
「おぶっふっっっっっ!」
突如発生した巨大な毛玉に、顔面から突っ込む。
うわぁ、めっちゃフカフカする羽毛だ。秒で昼寝できる。焼き菓子みたいな匂いもする。
って、
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃぁー!」
「のわぁー!」
「ふわあああああああ」
毛玉に巻き込まれた人間の悲鳴が響く。
ここはレムリアの大通り。しかも、目抜き通りだ。
人と物が一番忙しく行き交う場所。
毛玉のせいで、馬車が停まり、行列が滞り、怒号が行き交っている。
「ありがとうございます! バーンヴァーゲン様! もう帰っていいですよ!」
「ヴァーン」
毛玉はゆらゆらと揺れ………還らない。
マズい。還し方がわからない。
「邪魔だー!」
「どかせー!」
「押すな! 殺すぞ!」
「なんだとこの野郎が!」
乱闘が起きそうな空気。
毛玉は近くにある馬車を見た。気がした。たぶん、荷台に積まれた野菜だ。
「その野菜売ってくれ!」
「いいけど、売れ残りやで?」
農夫に金貨を渡し、荷台の野菜を毛玉に近付ける。
トトロみたいな大口が開けられた。
ダンジョン豚も丸呑みできそうだ。
「手伝ってくれ! お腹が一杯になったら消える!」
たぶん。
周囲の人間にも手伝わせて、毛玉の口に野菜を放り込む。
荷台の野菜を全て口に入れ、もしゃもしゃと咀嚼しながら毛玉は半透明になって消えた。
止まっていた人波や馬車が動き出す。
「………………ふう」
なんか疲れた。
今日はもう家に帰ろう。
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