<第一章:英雄の日々>【02】


【02】


 翌日。

 家の改築作業が開始された。

 まず家の周辺を高い壁で囲い、女2人の要望により、庭をほぼ潰して書庫と工房を増築。地下室も広げ、窓や扉は鋼鉄製の物へと変更。

 玄関の鍵に至っては、魔法仕掛けになり俺たち3人以外では開けることができない代物になった。

 隣接する民家は国に買い取られ、住民は強制的に立ち退き。城の関係者が住むことになった。

 借家だったこの家も、名義が俺へと変わる。

 家具も全て入れ替えられ、やや悪趣味にも思える金細工がされた家具が持ち込まれた。ベッドがフカフカになったのだけは喜ばしい。

 ハティの蔵書や預かった文は、増設した書庫に移動し、二階は全て女の寝室になった。

 風呂は、一番大変そうな作業風景だった。

 壁をぶち抜き広げ、元の倍の広さにして、水道管や温水装置も丸ごと交換。ハティが尻尾を伸ばして入れるほど、大きなバスタブが置かれる。全身が見れる姿見の鏡も壁に掛けられた。

 ついでに大きいトイレも増えた。

 女は嬉しいだろうなぁ、と内心喜んでいた。

 広げた地下室は、アリスの工房が増築部分に移動したため、寂しいほどがらんとしていた。

 俺の装備品を収納する箱と、鎧立て、少し良い物へと変更されたベッドが1つ。それだけである。

 台所は、神がいる場ということもあり、最小限しか作業の手が入っていない。

 食器類が一新され、古いオーブンが取り換えられた。艶が出るまで掃除がされ、終了である。

 以上が、改築の全容だ。

 外に出て家を見ると………………キメラみたいになっていた。

 レムリアでよく見る石と木の建造物が、増築したコンクリートのような四角い建造物に半分食われている。

「目立つ」

 変な意味で。

 壁があっても、周囲からとても目立つ。

 今からでも引っ越しに変更したくなった。

 とはいえ、とはいえだ。

 この家は、あの倉庫の地下よりは100倍マシ。馬小屋とは比べようもない。外見には目を逸らしておこう。

 しかしまあ、不格好だなぁ。

「ひっどいですわ」

 家から出てきたハティも同じ感想を述べた。

「いっそ、全部増築するか?」

 大工の腕が良いのか。建材が良いのか。増築部分は半日程度で建てられていた。もう半日あれば全部同じ建材になるだろう。

「そうですと、なんと言いますか大きな牢屋? みたいに見えません?」

「………見える」

 なんかもう、増築部分が牢屋にしか見えなくなった。高い塀もそれっぽい。

「前の家で良かったなぁ」

「私もですわ」

 2人でトホホと家の有様を見ていると、家から黒髪メイドが出てきた。

「フィロ様。ご自宅の改築は終了しました。他に要望がなければ大工を帰しますが?」

「あー」

 要望がないというわけじゃないが、この有様は俺らの要望を叶えた結果だ。まとまってない頭で適当に言ったら、これ以上変な家になる可能性が高い。

「とりあえず、帰していいぞ」

「よいですの?」

「細かいところは自分の手でやる」

 とハティに言ったものの、大工なんかしたことはない。壊すことは得意なのだが。

「承知いたしましたフィロ様。では、こちらを」

「なんだ?」

 メイドから手紙を貰った。

 中の紙には北区の住所と、家の特徴が書かれてある。それに名前も。

「【邪手ホロミ】?」

 酷い名前だ。

「上級冒険者の1人でございます。『他の方々に挨拶回りをするように』と、ランシール様から申しつかっております」

「今から?」

「お暇なようですし」

 暇といえば暇だが、家をどうにかしたい気持ちは強い。

「私もご一緒してよいかしら?」

 ハティに聞かれ、

「構わないが、構わないよな?」

 メイドに聞く。

「構いませんが、奥様はどうなされますか?」

「知らん人間と沢山遭遇したから、今頃は寝込んでいるはずだ。しばらくそっとしてやれ」

「了解でございます。では、留守はお任せください。いってらっしゃいませ」

 メイドが姿勢正しく頭を下げた。

 俺とハティは歩き始め、家から離れる。

「あのメイド、家に居付くつもりなのか?」

「上級冒険者、しかも英雄なのですから、使用人の1人や2人いてもおかしくないですわ。けど、普通に嫌です。だって、ほら? 家にいる時は楽で自由に、やりたいことをしたいですもの」

「………………」

 エッチなことだな。

「フィロさんもそう思いませんこと?」

「思う」

 エッチなことだ。

「大体あのメイド、ランシール王女の手の者ですわ」

「間違いなく手の者だ」

「間者を家に置きたくありません。追い出しましょう」

「だな。とはいえ向こうも仕事だろうから、隣家に住むなりで我慢してもらおう」

「………え?」

「え?」

 ハティが軽く驚いていた。

 驚くところあったか?

「フィロさん、何か変わりましたわね。余裕ができたといいますか、前なら邪魔者は即蹴り倒していましたわよ」

 いや、男だったら蹴り飛ばしていたけど相手は女だし。女に弱いのは変わっていない。余裕も………俺、

「余裕あるか?」

「ありますわ。大人の佇まいで素敵です」

「惚れ直した?」

「はい」

 照れるな。

 今夜も張り切ろう。

 たが、

「余裕の理由がよくわからないな」

 一応の英雄になったものの、まだ先は遠い。

 しかも、【竜殺し】の呪いのせいで剣士としては大変なことになっている。今、腰に帯びている【宝剣ガデッド】だけでは心許ない。

 焦りすら感じている。

「思うに、生活費を私が出していたことが原因ですわね。フィロさん、私からお給料貰う時、嫌そうな顔していましたし」

「べ、別に嫌じゃなかったぞ」

 働きに応じたお給料なわけだし、嫌がる理由はない。恰好悪いとは思っていたけど。だってほら、10年間誰の手も借りずに1人で冒険者として生きてきたわけだし。聖女様とはいえ、女性から金を――――――これは違うな。

 女の前で恰好つけたかっただけ。ガキみたいな考えだ。

「まぁ~いいですわ。そういうことで」

 ムフフと何か含んで笑うハティ。

 こっちの方が大人だ。

 2人で街中を進み、やがて周囲の建物が白くなる。

 木と石の建造物から、家の増築にも使った白い建材の家々が並ぶ地区に。

 前に来た時は夜だった。

 昼前の今でも、変わらず静かな場所だ。

 道は潔癖なまでに綺麗だし、人気がなく生活感もない。家は規則性のある並びで、外からではどれも個性がない。

 高い塀があり、頑強な門があり、中には広い庭と白い住まいがあるのだろう。

 大量生産品の家を見ているようだ。

 不気味さを覚えつつ進むと、白い中に異様な建物を見付ける。

 真っ黒なのだ。

 塀がなく、庭は枯れ果て、しかも傾いている。

 廃墟というか墓? 巣?

 ここが手紙に記された建物だ。

 上級冒険者の住まい。

「あーしまった」

「どうしましたの?」

「なんか贈り物の1つでも買ってくるんだった」

「では、代わりに私の――――――」

「君はやらんぞ」

 冗談じゃない。

「早とちりですわ。【文折の聖女】として冒険者の喜びそうな小噺の1つでもと」

「それなら減るもんじゃないな」

 黒い家に近付き、斜めの扉をノックした。

「どうぞ~開いてるよ~」

 のんびりとした返事。

 一瞬、ハティと目を合わせて扉を開く。

 中は外より異様だった。

 黄金だ。

 調度品や、吊るされた豪勢なシャンデリア、照明や、絵のない額物、あらゆるところに金があしらわれていた。

 眩しいほど煌びやかな輝き広がる。

 そして、玄関ホールは吹き抜け構造で広く………とても広く、外で見た時よりも中が広い。錯覚にしては広すぎる。

 空間が歪んでいる?

 ダンジョンの未知の階層に降りた時と同じ危機感を覚えた。

 ハティだけでも外に戻した方がいい。直観的にそう思ったが、上級冒険者が現れる方が先だった。

「やーやー、我こそは~我こそとは~【邪手ホロミ】。気軽に『ホロミさん』と呼んでよいぞ」

 咄嗟に剣に手をかけた。

 その上級冒険者は、人間とは思えない姿だった。

 中性的で仮面のような顔。瞳孔のない目。金属のような緑色の髪。小柄な体躯に黒のローブを纏い。首には巨大な宝石があしらわれた金のネックレス。素足にもリング状のアクセサリーがあり。細い“無数の指”の全てに指輪がはめられていた。

 そう“無数の指”。“無数の手”があるのだ。

 その上級冒険者には、腕が6本あった。

 作り物にしては生の人間すぎる。モンスターにしては人語を解している。いや、これは擬態か?

「やや~剣は抜かないでおくれ~、あたしゃ人間だよ~これでも上級冒険者だぞ~」

 ハティに手を握られ、警戒を緩めた。

 紳士でいこう。

「失礼した。ホロミ殿。フィロ・ライガンだ。こちらは連れの――――――」

「【文折の聖女】ハティ・ヘルズ・ミストランドでございます。上級冒険者様」

「ニャッハッハッハ。ランシールから英雄が顔を見せに来ると聞いていたが、聖女様もご一緒とは驚いた。しかも、噂通り竜の成り立てとわわッ」

 ホロミは、表情筋を全く動かさず笑い。瞳をギョロッと動かし、ハティを舐め回すように見つめた。

 気付いたが、こいつこめかみにも小さい瞳がある。

 マジで人間か?

「立ち話もなんだなんださん。お茶を出すよ~お茶。ささ、お上がりお上がり。遠慮しなくていいさ~」

 3本の腕で手招きをして、ホロミは屋敷の奥に行った。

 ハティと目を合わせ小声で言う。

(怪しいから帰らないか?)

(フィロさんの呪いのこと、何か知っているかもしれません。冒険者同士の交友は大事にした方が良いと思いますわ。相手が上級冒険者なら特に)

 ごもっとも。

 進むハティに続く。

 着いた先は食堂だった。

 長いテーブルには、豪華な料理や酒が並ぶ。2人で食い尽くすには3日はかかる量。持ち帰りとかでき――――――駄目だ。庶民みたいな考えは捨てよう。

「ささ、適当に食べて飲んでおくれやす~。久々の来客に腕を振るったのだ~」

 ホロミが椅子を引く。

 ハティが座り、俺も隣に座った。

 駆け足で反対側の椅子に座り、ホロミは自分のグラスに液体を注ぐ。俺たちの分も、他の腕で注ぎ前に置いてくれた。

「かんぱ~い」

 ゴクゴクとグラスを空にするホロミ。

「失礼だが、ホロミ殿。聖女様に酒は」

「え? 駄目でしたの」

 もう飲んでいた。

 ちょっとは警戒してくれ。万が一の時は俺が何とかするから、多少は気を抜いてもいいけど。

「………………」

 俺もグラスに口を近づける。

 甘ったるい匂いに強い柑橘系の香り。色も匂いもよくあるラム酒のようだ。

 軽く舌で味を確かめた。

 味もよくあるラム酒。だが念のため、飲み込みはしないでグラスを近くの食器で隠す。

「お口に合わないで~?」

 あっさりバレた。

「仕事中なので」

 正論だ。

「ほほ~英雄になれど、聖女の護衛という立場は変わらずと~。お二人は~仕事以上の関係なので? 例えばオスとメスな?」

「信頼のある仕事上の関係だ」

 表向きは。

「な~るほど」

 視界が揺れた。テーブルや椅子、足元も揺れる。

 地震?

 違う。これは、俺の視界が揺れているのだ。

 ガシャンと皿の音。歪み揺れ続ける視界の中で、倒れるハティが見えた。

「このッ」

「コップに揮発性の高い薬剤を塗ったから、匂いでも昏倒させられるんだ~」

 剣に手をかけ――――――視界が暗転した。

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