<第一章:英雄の日々>【01】


【01】


「――――――と、言うことで国から小遣いが出た」

 家の居間に全員を集め、城でのことを説明した。

「ほほ~幾らじゃ?」

 テーブルの蛇がゲスそうな声で聞いてきた。

「金貨で100」

「安っ。【竜殺し】じゃぞ? 歴史上2人目。まだ生きていて、しかも男の英雄じゃぞ? ランシールめ。意味わかっておらんのか。竜殺しは女の所業とまで言われていたのに、そこに変化をもたらした英雄ぞ。城を用意せんか城を。英雄は、我が子以上に手厚く保護しなければならんというのに全く」

「お前が王だったら城をくれるのか」

「それに娘じゃな。身内に取り込んで篭絡させれば、後は名声で好き放題じゃ」

 いやそれ、ある意味もう貰っているんだが、説明が面倒なので黙っておこう。

「金貨100やら、城とか、さもしい話であるなぁ」

 蛇の隣にいる黒猫がそう言った。

「じゃ、お前なら?」

「領地と官位だな。孫の代まで食っちゃ寝できるぞ」

 俺が領主ねぇ。

 欠片も想像できない。

「まあ、畜生に堕ちたお前らが言ってもな」

 生前はそれなりの奴らだったが、今は蛇と猫である。財などあるわけもなく。我が家のペット扱いだ。

「金貨以外にランシール王女は何か?」

 と言ったのは、テーブルを挟んだソファに座るハティ。

 砂金のような長い金髪と柔和な笑顔。健康的な肌。豊かな乳尻太もも。太陽と豊穣の女神のような容姿。に加え、頭には2本赤い角、下には長く太い尻尾がある。

 彼女は、竜をトップに置いた崇秘院という組織の聖女様だ。とある事情で、最近角と尻尾が生えた。

「明日、商人が来るそうだ。【上級冒険者】らしい装いにしろとさ。すまんが、俺の物を2人で選んでくれ。もちろん、君らの分もだ」

「フィロさんの物を選ぶのは構いませんけど、私の場合はこれが正装ですので………」

 ハティは、自分の白いローブを指す。

 シンプルな作りだが、生地は上等な物に見える。白さには滲みも汚れもない。そして見慣れても尚、魅力的感じる体の線がはっきりと見えた。太ももの部分には切り込みがあり、立派な脚が覗いている。

 別の服装も見てみたい気持ちはある。

 しかし、これはこれでベストな服装だ。

「アタシも身の回りの物に不自由はしてないけど~」

 と、俺の膝に頭を置いているアリステール。

 片目にかかる長い黒髪。雪のような白い肌。冷たい美貌。胸は豊であるが肢体は長く細い。北部の伝統衣装である背中の開いた黒いドレスを着ており、ハティと反して夜が似合う女だ。

 世間的には、ライガンの伴侶は魔女と呼ばれている。イメージのよくない名前であるが、趣味が薬作りで特技が治療なので、名の通りではある。

 関係ないが、一回抱いてからベタベタ甘えるようになった。というか、これが素なのかもしれない。

「指輪とか、ネックレスとか、宝石とか、服とか、なんかいらないのか?」

「装飾品は薬作りの邪魔になるからいらなーい。………けど、旦那様がくれるなら貰うよ?」

「そうだなぁ」

 考えたら、俺は女に贈り物の1つもあげられていない。

「結婚指輪くらい買うか」

「しょうがないなぁ~貰ってあげるよ」

 アリスが泳ぐように手足をバタつかせる。ハティは、笑顔のままそれを見つめていた。

 あ、これイラついてる笑顔だ。

 話を逸らす。

「忘れていた。これも貰った」

 王女から授かった剣をテーブルに置く。

 宝石のはめ込まれた楕円形の鍔。長めの柄。無駄に装飾の多い鞘をズラすと、ロングソードより幅広な広直刃が覗く。

 騎士剣に由来するのは、刃の作りを見て理解できた。他は何も分からない。王女からの説明もなし。

「【宝剣ガデッド】だ」

 猫が剣の名を言った。

「ゴードルー家が代々継いでいた剣だね。そういえば、サンペリエとかいう嫡子が、ここのダンジョンで行方不明になっていたな。その時に、この剣も行方不明になったと聞く。おい、蛇。お前が秘蔵していたな?」

「さぁ~なんじゃろうなぁ。余なら英雄にはもっと良い剣を渡すがなぁ。うーむ、ランシールめ。余の隠し金庫を暴いていたか。となると、また色々予定が狂う」

「お前の予定なんて、いつも狂ってるじゃねぇか」

「文句あるなら貴様が計画立てるか!? 毎度毎度、余の計画の脇腹を蹴り上げおって、しかも【竜殺し】の名声と共に、厄介な呪いを受けたのだぞ!? 剣士としてもっと危機感を持たんか!」

「………はい」

 怒鳴る蛇に頷く。

 忘れていたのではない。ちょっと現実逃避していたのだ。あの呪いが剣士には致命的なのは重々に承知している。

「まあまあ、蛇様。【竜殺し】に関する呪いなら、崇秘院の聖女である私に任せてくださいまし。今、物凄く一生懸命に調べていますわ」

 ハティの太陽のような笑顔には、小さな陰りが合った。目のクマである。連日徹夜して、俺が受けた呪いについて調べてくれているのだ。

 正直、無理はしないで欲しい。他に頼れるものもないが。

「あ、忘れていた。住まいを変えるか、ここを改築するか聞かれた」

「引っ越しするとして、どこに行くのじゃ?」

 蛇に聞かれ答える。

「北区だ」

「止めとけ止めとけ、あそこは成金と老害の巣窟じゃ。英雄が住む所ではない魂が腐る」

 作った奴が言うのだから説得力はある。

 次は猫の意見。

「僕も引っ越しには反対だ。馬小屋のように小さい家だけど、この体には丁度良い」

 一言余計だ。

 次はアリステール。

「引っ越ししたーい。広い所がよーい。この家の地下じゃ工房が小さすぎるよ」

「ハティは?」

「私も引っ越しに賛成ですわ。取り寄せた歴史書や、溜めた文で2階の床が抜けそうですし」

 畜生2匹と、女2人の意見が別れた。

「肝心のフィロさんの意見はどうなのですの?」

「俺はどっちでもいい」

 俺の体に染みついた住まいは、馬小屋と半地下の寂れた狭い部屋だ。あれ以上ならどこでも極楽だ。この家も城も大した違いを感じないだろう。

「意見が別れましたわね。そうなると――――――」

 ハティの視線が台所に向く。

 視線の先、戸棚に設置された神棚には、一本角の生えた毛玉が祀られていた。

 困ったら神に聞くのが一番。

「ヴァーゲン様。引っ越しか、改築、どっちが良いですか?」

 俺の意見に我が神は、

「ヴァッッッ!」

 と、答えた。

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