英雄の瑕-きず-

<序章>


 跪いた俺の肩に、王女が剣を当てる。

「フィロ・ライガン。勇猛たる冒険者よ。レムリア王国王女、ランシール・ラスヴァーナ・レムリアが、あなたに【竜殺し】の二つ名を授けます。世に響いたあなたの活躍と勇気、国に対する献身は、歴史上2人目の、この名に相応しいと見做されたのです」

 王座の間。

 横には兵が並び、王女は王座の前に立つ。

 俺は、先日竜を討伐した件で呼び出され今に至る。内心かなり混乱しているが、無表情を装っていた。

「あなたの類い稀な剣の腕と名声は、わたしたちの国を守護するに必要不可欠なもの。我が国は、あなたの素質を非常に高く評価しています。故に、特例で【上級冒険者】に任命します。その立場に恥じることなきよう国と人々のために尽力してください。わたしは、あなたに期待していますよ。新しい【竜殺し】。新しい英雄よ」

 王女は手にした剣を俺に渡す。

 受け取った俺は、首を垂れた。



 ところ変わって城のキッチン。

 顔隠しのヴェールを脱いだ王女は、安物の椅子に腰かけ背後にメイドに命じる。

「箱と商人の手配は?」

「済んでおります」

 長耳で黒髪。長身でスレンダーな身体つき。毛色は違うが、エルフのメイドだ。

 王女は、そのメイドから箱を受け取ると俺に寄越す。

「何だ?」

 細長いコインケースだった。

 ケースをスライドして開けると、金貨が2列でみっちり詰まっている。

「金貨で100枚あるわ。国からのお小遣いよ。大事に使いなさい。あ、その前にあなたの財布を寄越しなさいな」

「なんだ?」

 小銭しか入っていない小袋を差し出す。

 メイドが受け取り、スカートのポケットに収めた。

「今後この国での支払いは、この金貨からしてもらうわ」

「一々、金貨で支払えと?」

「そうよ。釣り銭貰おうなんてケチな真似はしないように、英雄は気前よくしなさい」

「国の金でねぇ」

「自覚がないようだけど、あなた救国の英雄なのよ。悪竜を倒し、“その悪しき魂を聖女と共に封じた”というね。そんな人物がボロ着て、貧食安酒を口にしていたら国としての体裁問題よ」

 というのは建前、俺が他所の国に引き抜かれないよう、ご機嫌取りをしているのか。

「まあ、くれるってんなら貰うけど」

 金はあって困るものではない。

「それと明日、商人を家に送るわ。衣類や装備も【上級冒険者】に相応しいもので揃えなさい。もちろん、連れの女の衣類、装飾品もね。住まいも考えておきなさい。北区の富裕層向けに物件を用意しているから、そこに移るなり、今の住まいにするなら改装をすること」

「へえへえ」

 面倒だな。

 俺は、生活環境を変えるのが苦手なのだ。

「交友関係も改めるように。金遣いの荒いケチな人間に集られないようにすること。金銭の貸し借りがあるなら、その金貨ですぐ支払うこと。他、他人に口外されたくない秘密を握られているなら今言いなさい。何か質問はあるかしら?」

「俺は、本当に【上級冒険者】ってことでいいのか?」

「特例よ。そこは忘れないように」

 冒険者組合の取り決めでは、

 20階層到達【初級冒険者】。

 35階層到達【中級冒険者】。

 45階層到達【上級冒険者】。

 と、なっている。

 俺の最終到達階層は、30階層だ。実質、初級止まり。竜を倒したとはいえ、そこを飛び越えていいものなのか疑問に思う。

「やっかみと軋轢はあるだろ」

 今も昔も、ダンジョンに潜ってこそ冒険者なのだ。

「元からでしょうが、ライガンなんて名乗っている時点で。やれやれだわ。英雄になったとはいえ、あなたみたいなのを国で保護しなきゃいけないなんて」

「じゃあ、初級冒険者のままでいいぞ」

 金は貰うがな。

「下手にダンジョンに潜って、前のように他の冒険者と鉢合わせてみなさい。行列ができるわよ。あなたと喧嘩するための行列が。それでモンスターが集合して階層の環境が変わったら“こと”なのよ」

「………街中でも同じことが起こるんじゃないのか?」

「見えないように人払いの護衛を付けるわ。あなたも無駄なトラブルは起こさないでね。くれぐれも、くれぐれもね! 【英雄】に相応しい所作を学びなさい」

「誰から?」

「いるでしょ。狡猾なのが“一匹”」

「まあ、確かに」

 あっちは奸雄の類だが、似たようなもんか。

「話は戻るが、俺はダンジョンに潜れないのか?」

「潜る必要ある? 金も名声も手に入ったのよ。ダンジョンで必要な物があるのなら、金で人を使いなさいな」

「試し斬りの的に、人を使ってもいいのか?」

 剣士のサガだ。

 素振りだけじゃ刃は鈍る。

「………仕方ないわね。ポータルの裏口を用意してあげる」

「あるのか」

 救援用を含め、そういう裏のポータルの噂は沢山あった。

「あるに決まってるわ。組合長に話を通しておくから、間違っても正規のポータルを通って人目を引かないように。あなたは、今この国で一番目立っている英雄なのだから即囲まれるわよ」

「気を付ける」

 そんな連中に敗けるつもりはないけど、用心に越したことはない。

 しかし、なんだ。

 こう、今一つ。

「何? 浮かない顔して。英雄になりたかったのでしょ?」

「俺がなりたいのは、英雄の中の――――――いや、何でもない。まだ実感がないだけだ」

「立場を実感するのは苦労に慣れた時よ。それまではただ忙しいだけ。もっとも、慣れた頃には日々の仕事と新しい苦労を処理するだけで手一杯。実感なんて気にも留めない。人生なんてそんなもんよ」

 ありがたそうに思える言葉だ。

「ランシール王女」

「何?」

「あんた今、歳幾つだっけ?」

 頬を引っ叩かれた。

「英雄なら女の扱いも覚えなさい」

「英雄の頬ぶっ叩く王女はいいのかよ」

「いいに決まってるでしょ。王は英雄より偉いのよ」

「暴論だなぁ」

「そこも学びなさいな」

「学ぶのは結構。ただ性分は変わらないぞ」

「変わらなくて結構。ただ慣れなさい。英雄の日々を、虚栄の立ち振る舞いを」

 虚栄か。

「まあ、そのくらいなら。タダで金も貰っていることだし」

 衣食住のグレードアップに小遣い。演技の1つや2つくらい耐えよう。

「何を言っているの? 仕事はしてもらうわ。当たり前じゃない」

 タダより高い金じゃねぇか。

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