<第二章:降竜祭> 【07】
【07】
暗闇の中、歌が聞こえる。
フィロ・ライガン、英雄の名を高らかに叫べ
青い旗の旗手、飛竜の脅威を跳ね除けた冒険者の名を
街と国民を守りし者、真の英雄と尊ばれん
勇敢なるフィロ、その正義に燃える心は
星々を制し、全ての魔を凌駕する
青き旗を掲げることこそが、彼の証し、勇者の使命
飛竜の翼を折り、威風堂々と戦いに挑む姿
決意を秘めた男は、自由と勇気の象徴となった
咆哮する火、荒れ狂う爪牙にも動じず
民を守るためフィロは立ち向かい続けた
血が枯れ、命尽きるとも、青い旗は希望をもたらす、街と民を救いし者を輝かせる
フィロ・ライガン、その名は永遠に讃えられん
勇気と誠実の証、我らが英雄よ。
青き旗を振りかざし、風に舞う姿は
冒険者の勝利と共に歴史に謳われる
沈黙の後、女の声が聞こえた。
「旗が得意武器ではないのですけど」
「では剣で?」
「そう、旗は出してもいいけど剣をメインで。あっ、黒い剣にしてください」
「旗の登場を少し削り、黒い剣をメインに。んんっ~では~♪」
フィロ・ライガン、黒き剣の持ち主よ
青き旗と共に飛竜に立ち向かった英雄
街と国を救い、その名声は空に響く
勇敢なるフィロ、黒き剣を手にし、竜に挑む冒険者よ
その剣は【竜甲斬りシュナ】に並び、【冒険者の父】に迫る
青い旗を掲げ、飛竜の牙と爪を削り!
街を護り、国民の命を救った英雄!
おおっ、フィロよ! 黒き剣のフィロよ!
「うるせぇ」
起きた。
石の天井が見えた。
ダンジョンの1階層。冒険者組合の受付近くだ。
俺は、毛布の上に寝かされている。周囲の怪我人や冒険者たちも、同じように体を横にしていた。
隣でアリスが、俺の手を握りながら腰を降ろしている。
少し離れたところに、エルフの吟遊詩人がいた。美形で中性的。手にした弦楽器を鳴らしながら、自分の作った歌に入り込んでいる。
「彼の剣は光を放ち、飛竜の魔牙を退ける♪ その青い旗は街に自由をもたらし、フィロの名は語り継がれッ♪」
「ちょっと止めてもらっていいか」
俺は、歌を止めさせる。
「あー『旗を持って街に自由を』って駄目ですね。王殺しを疑われてしまう」
「そういうことではなく、状況がわからない」
吟遊詩人からアリスに視線を移す。
「旦那様、喜んで。旦那様の活躍を、吟遊詩人が歌にしてくれるって。まだ1人目だけど。たぶんこの後も続々やってくる」
「続々は来ないでくれ」
まだ眠い。
寝たい。
体が重い。
「では奥様。インスピレーションは十分頂きましたので、後はこちらで歌を仕上げておきます。英雄様もご自愛下さい」
花の匂いを漂わせてエルフの吟遊詩人は去っていった。
「英雄様ねぇ」
「あれ? 顔ゆるんでる?」
アリスの乳を揉んだ。
「ふッひゃ!」
「うるさい、他の人の迷惑だろ」
歌の騒音もあったのだろう。周囲の目が気になる。
「大丈夫だよ。英雄だよ? 旦那様いなかったら、ここにいる人たち生きてないんだよ? ほら、これ見てよ」
アリスは、背後の荷物を手に取る。小さいカボチャだ。そういえば、なんか色んな物品が積まれていた。
「避難した人や、冒険者の人らが、お礼だって置いていったんだ」
「………そうか」
感謝で贈り物とか、体験したことがない。ちょっと体が震える。
荷物の間から蛇が出てきた。
「かッー! ガラクタしかないではないか! 安酒の一本もない!」
猫も出てきた。
「所詮は卑しい冒険者と、それを相手にする貧乏人だな! 光り物の1つもない!」
「コラ! 蛇さんも王子も駄目でしょ! 感謝! 感謝の気持ちが一番!」
「感謝を伝えたいなら、金になる物を送るのが一番じゃ」
「浅ましいが、下賤な人間などそんなもんだ」
「お前ら引っ込め」
「もう少し鑑定してやるか。ガラクタでも、集めれば金じゃ」
「仕方ない。僕の慧眼を持って価値あるガラクタを探してやる」
畜生2匹は、荷物漁りを再開する。
「まあまあ、庶民の感謝になんか期待してないから」
「お前もサラッと失礼な」
アリスも毒を吐く。
「それよりも、旦那様は英雄だよ? 民を沢山救った英雄だよ? 支配者なら感謝しないとね。楽しみだなぁ、王女は何くれるんだろ」
あの王女のことだ。期待できない。
って、
「剣はどこだ!?」
「そこ」
2本とも枕元に置いてあった。
鎧と畳まれたマントも一緒だ。
「ルミル鋼の剣、誰が回収してくれたんだ?」
「頭に触手のある組合員が持ってきたよ」
「ああ、あいつか」
後で礼を言おう。てか、意外と仕事できるんだな。
ところで、
「どうなった?」
俺が生きているということは、何かしらの援軍が間に合ったのだろう。
「旦那様が気絶すると同時に、他の冒険者たちがやってきて飛竜を倒して終わり。みんな遅いよね。旦那様の見せ場ができて良かったけど」
大体、予想通りだ。
確かに飛竜は強い。だが、レムリアの冒険者が敵わない敵ではない。
「どれだけ寝ていた?」
「半日ほど」
「怪我は?」
首に触れると包帯が巻いてあった。
痛みはない。ただ、物凄く体が重い。
「傷はないけど、出血が酷かったんだ。増血薬を注射したよ。本当は輸血した方が良いのだけど、血液を使う治療はジュマがうるさいから。とりあえずは、薬が効くまで食べて休むこと。そんな感じ」
「お前ってホント思ったよりも、思った以上だな」
「はぁ?」
治療については頼りになる。
なんか素直に言えんけど。なんでだろう?
「そうそう」
蛇が指輪を咥えて荷物から顔を出す。
「あの旗じゃが、あのような使い方は2度とするな。今回は治療師が近くにいたから助かったものの。間に合わなかったら死んでいたぞ」
蛇は、ギョッと驚いて荷物の中に引っ込む。
ソーヤがやってきた。
「起きたか。お前が歌になるとはなぁ」
「うるせぇ茶化すな」
「僕も若い時は、冒険者として色々やったんだ。残念ながら歌にはならなかったけど」
「あ、女将さんは元冒険者なのですね」
アリスが話に食い付いた。
「まあな、一応は“上級”冒険者だった。………あんまり有名にはならなかったけど。いや、僕が進んで名声を避けていたから仕方ないけど」
「え、上級冒険者? 凄いですねぇ」
「年寄りの昔自慢が始まるから止めとけ」
興味ありそうなアリスに、ちょっとムカついたから止めた。
「んなっ、僕はまだまだ現役だぞ」
「へーへー“元”上級冒険者様。もしかして、飛竜なんぞ本気出せば倒せたから、俺の活躍にケチ付けに来たと?」
「そんなわけあるか。娘が避難中だった。『助かった』と言いに来た」
「最初からそう言えよ」
ソーヤは肩をすくめた。
「やれやれ、しかしだ。調子には乗るな。今日の降竜祭には、上級冒険者はほとんど参加していない」
「何故だ?」
「開催が急で怪しかったからだ」
「冒険者の戦いなんて、いつも急なもんだろ」
ダンジョンに潜れば、そこは全て未知で暗闇だ。
考えてみれば、あの獣頭のモンスター。もしかして上級冒険者か?
「上に行けば、立場を守ることが第一になる。人間、そういつまでも挑戦はできないもんだ」
「やっぱ年寄りの意見だ」
「ぬかせ。で、歩けるよな? 国で一番偉い女が呼んでいるぞ」
「はいよ」
お呼び出しが来ると思っていた。
のっそりと体を起こす。アリスの手を借りながら鎧を着て、剣とマントを装備した。
「ちょっと行ってくる」
「アタシも行く」
「ここにいろ。面倒な奴が相手だ」
俺1人の方が良い。
「あ、アタシは、奥さんなんですけど!? 聖女様にも頼まれているし、旦那様1人で歩けないし」
アリスは俺の腕をとって、無理やり肩を貸させる。
ちょっと体重を預けたら傾いた。結局、自分の力で立つ。
「って感じだ。いいか?」
ソーヤに意見を求める。
「一緒に来い。でも、アリステールちゃんは死骸とか大丈夫なタイプか?」
「え? はい」
ダンジョン3階層に降りた。
この階層は、壁が取っ払われ屠殺場として機能している。
冒険者が倒したモンスターは、ここに運ばれ、解体、加工、評価されて街に売りに出される。もちろん、レムリアの名産品であるダンジョン豚もここで処理されている。
冒険者が近寄らない階層だ。
近寄る意味がないのだ。
何故なら、モンスターの素材評価に冒険者は口を出せない。国と商会の管理下であり、例外なく一切口を出せない。ここは、商人や職人の領域だ。
大体、冒険者が商売人の真似事なんぞ、格好が悪い。評判も落ちる。
して俺は、ここに来るのは2回目だった。
前に来たのは、たぶん初めてダンジョンを降りた時だ。屠殺場は10年前の記憶より、綺麗で清潔になっていた。
しかし、血肉の匂いは強い。
ソーヤの案内で、俺とアリスは奥に進む。
到着したのは階層の隅、長方形の建造物の前だ。
ソーヤは、建造物の扉を無遠慮に開く。
俺たちは後に続く。
中には、ランシール王女とシグレ、マスターがいた。彼らの中心には、吊り下げられた飛竜の死骸があった。
「目覚めたか、飛竜殺しの英雄。降竜祭が終わったら店に来い。一杯奢ってやる」
「高い酒なら奢られてやる」
マスターと適当に言葉を交わす。
「叔父様、後にして。シグレやって」
「はい」
シグレは、日本刀みたいな刃物を取り出すと飛竜を解体しだした。
あの鱗に容易く刃を通し、硬い筋肉も抵抗なく切り分けている。見ていて軽く混乱する技術だ。剣術とはまた違う技。
ほどなく、飛竜の腹が開かれた。
マスターは、額に汗を浮かべながらシグレに言う。
「シグレよ。くどいようだが、慎重に丁寧に頼む。内臓に傷を付けるなよ。下手をしたらここにいる全員が丸焦げだ」
俺とアリスは、顔を見合わせた。
帰りたいのだが?
「よし、よしそれだ。その臓器だ。ゆっくりと外してくれ。決して中身をこぼすなよ。よしよし、預かろう」
シグレが取り外した胃のような臓器を、マスターは手に取る。それを部屋の隅にあるバケツに入れ、何やら液体を注いだ。
マスターは汗だくになって戻って来た。
「よし、後は適当でいい」
「あ~もしかして今のって、竜の火臓の1つで?」
アリスがマスターに話しかける。
人見知りなのに、どうした急に?
「そうだ。物知りであるな。どちら様だ?」
「アタシ、こちらの人の妻です」
「ほ、ほ~」
アリスに微笑まれ、マスターは困惑した。
もしかして、死骸を前にしてテンション上がってるのか? 変な奴だ。
シグレは黙々と飛竜を解体して、肉や鱗、内臓を並べている。
マスターは、そのうちの1つをまた手に取る。三角形の生物っぽくない臓器である。
「後学のために覚えておけ。飛竜には、火を吐くための2つの臓器がある。1つがそこのバケツの中、もう1つがこれ。単品では油に似た液体に過ぎないが、この2つが混ざり合うと爆発的に燃え上がるのだ」
ちょいちょいとアリスに突かれた。
(アタシの爆弾も同じ作用で爆発します♪)
(危ないからその話はするな)
王女の前で爆弾の話はとてもマズい。あの威力は特に笑えない。
「最悪ね」
ランシール王女は顔をしかめた。
「叔父様、飛竜の死骸が燃えることもあるわよね?」
「飛竜の血液は、死後結晶化して肉は石のように硬くなる。生息地の左大陸で死骸が燃えたという記録はないが、右大陸の温暖な気候では、腐敗して炎上する可能性も十分にある」
「飛竜の死骸は全て回収、適切な処理を………………シグレ、これ食べられたりはしないの?」
ランシール王女に、シグレは手にした刃物の腹を見せた。
そこには、細かい傷が無数にある。
「この肉、ほぼガラスと同じだと思う。肉というより鉱物。生物が食べる物じゃないよ」
「ソーヤ、鱗の方は?」
「ゾルゾグーの話じゃ。飛竜の鱗で良い盾や鎧が作れるとさ。『面白味が何一つもない素材だが』って」
「唯一の収穫ね。でも、解体が難しすぎわ。何よりも危険だし」
「ラナに頼んで冷凍してもらうか? いや、そもそも降竜祭が終われば冬が来る。気温が下がれば腐敗も遅れる。その間に、別の対策を講じよう」
「そうね。“今の分”は、それで何とかなるかもね」
ランシール王女は、俺に視線を移した。
「で、俺が呼ばれた理由は? 民を救ったお礼をって雰囲気じゃないよな?」
「フィロ・ライガン。【飛竜殺しの英雄】だってね。どう? 【竜殺しの英雄】になってみるつもりはない?」
「チャンスがあるなら」
喜んで。
飛竜みたいな危険物を呼び寄せた相手だ。殺しに迷う理由はない。
「英雄らしい自惚れも結構。でも、今は駄目よ。鉄鱗公に残りの飛竜を集めさせ、それを全て滅した後でやりなさい。それまで、先走ることはしないように。わかった?」
「………………」
なるほどねぇ。
釘を刺すために呼んだのか。
「返事は?」
「………………」
「ハティちゃんも、あいつの傍にいるのよ? 最悪の場合どうなるのか、よく頭に浮かべてから動きなさい。考える頭があるのなら」
「………………は~い」
渋々返事だけはした。
あんな竜がハティの傍にいると思うから、余計に殺したいのだ。
物音がした。
扉が開いた。
「まるで便所だな。不衛生な場所に集まりおって」
予想外の人物が現れる。
噂をすれば影、鉄鱗公だ。
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