<第二章:降竜祭> 【05】
【05】
シルエットは鳥の大群。しかし、違う。
「なんだありゃ」
「亜竜じゃ」
蛇が俺の肩に現れて言う。
「あの数で竜なのか? 百以上はいるぞ」
「竜が棲む霊峰に生息する鳥類じゃ。竜の名を冠してはいるが、飛翔する獣に過ぎん。だが、これはいかんぞ。この国の冒険者は、空に敵に対して経験が浅い」
詠唱が地鳴りのように地上を揺らす。冒険者達は、空に向かって一斉に魔法を放った。
まるで花火。
その色はほとんど赤一色。そう、火とは最も扱いやすく強力な魔法の1つだ。先ずも締めも、並も熟達も、火を繰るが魔法と言ってもいい。
「効果は、あるのか?」
爆炎で空が真っ赤に染まる。
あんな破壊を喰らって生きている生物はいない。普通の生物、普通のモンスターならば。
「効くわけがない。伊達で竜の名を冠しているわけではないぞ。竜とは、火を制するものが冠する名前なのだ」
炎を纏いながら無数の竜が降り立つ。
その姿は、いわゆる飛竜だ。
翼と一体化した前腕、鋭いかぎ爪のある発達した後ろ足、長く太い尻尾。体長は4メートル、翼長は8メートルあるだろうか。
長い首は蛇のようで、開いた口の牙はサメのようだ。そして鱗。火で濡れながら不気味に輝くそれは、得体の知れない金属に思えた。
ダンジョンのモンスターと毛色の違う敵。しかも、戦うフィールドも違う。
1匹の飛竜が俺に近付き、開いた口を更に広げる。
「屋根から降りよ! ここでは的であるぞ!」
「マズッ」
屋根から飛び降りる。
俺が今いた場所が火に包まれた。視線の端に、火だるまになる冒険者の姿を見える。
着地と同時、ルミル鋼の剣に手をかけた。
火を吹いた飛竜は、俺の背後にいる。
速い。
この図体でツバメのような身のこなし。
が、俺の剣の方が速い。
一閃、飛竜の首を落とす。
「なッ」
首を失った飛竜の体は、熱湯のような熱い血を巻き散らしながら跳ね回っている。とんでもない生命力だ。
それよりも驚いたのは、手応え。
分厚いゴムと砂利を斬ったような感触。この剣はルミル鋼だぞ? 他の鋼や、強固なモンスターの甲殻をバターのように斬り裂いてきたのに、こんな手応えは初めてだ。
待て、ルミル鋼でこれなら並の剣じゃ?
水っぽい音がした。
1つや2つじゃない。立て続けに雨のように、人が悲鳴と共に空から降って来た。
「飛竜の習性じゃ。獲物を連れ去り、落下死させた後で食う。 “楽に食えぬ”と判断した獲物は、先ほどのように焼き殺す」
説明通りの光景が見えた。
急降下した飛竜は門付近の密集した冒険者を攫い、遥か上空まで運んで放り捨てた。捕まった冒険者は、剣や槍で抵抗しているが飛竜の鱗に歯が立たない。
そして、屋根に陣取った冒険者たちは、次々と焼き殺されていた。
一方的な蹂躙だ。空の敵に全く対応できていない。
「クソッたれ」
胸糞が悪い光景である。
1人でダンジョンに潜っているせいか、他人がモンスターにやられる姿に慣れていない。落下で潰された冒険者を見ると。どうしても、過去のトラウマが蘇る。
「先ずは様子見じゃ。こういう獣の類は、腹を満たした時が狙い目。雑魚を食わせてから――――――おい、聞いておるのか?」
「聞こえねぇ」
もう一度、屋根に上がった。
素手で近くの煙突を殴り、大きな音で注意を引く。
10匹の飛竜が一斉に迫って来た。口端から火を漏らし滑空してくる。
俺は、小さな金色の蜘蛛を取り出す。
緻密な工芸品じみた金属製の蜘蛛だ。脚が2つ欠けており、動く度に小さな不協和音を上げている。
「温存せい! それはあと一回しか使えんのだぞ!」
「だから、聞こえねぇよ」
糸が張り巡らされる。
絡めとられた飛竜の動きが止まった。
蜘蛛の残った脚が次々と千切れ、生み出された糸はほつれ切れる。足りない脚は俺が補填する。五指で糸を掴み、肘や歯も使い。あやとりの要領で糸を交差させた。
仕上げに、束ねた個所を足で踏む。
蜘蛛は真っ二つに割れ、糸を残して消えた。だが、最後の仕事は成功だ。手繰り寄せられ、一塊に巻き取られた飛竜は地面に激突。
飛竜は、共食いするように同族を攻撃していた。そうやって絡まりから逃げ出すつもりだ。
「あの蜘蛛は、暗殺が必要な時のために残せと言ったろうに」
「ケチ臭いこと言うな」
適当に蛇に返し、屋根から降りる。
飛竜に近付きながら瓶を取り出す。爆薬らしいのだが導火線がない。となると、使い方は1つ。
1匹の飛竜の口に向かって、瓶を持った手を突っ込んだ。
噛まれる前に引き抜く。
「さて」
威力のほどは――――――閃光と共に俺は吹っ飛ばされた。
転がりながら民家の壁に激突。丁度軒先で、飛竜の血肉の雨を浴びないですむ。
10匹中、8匹は原形なく消し飛び。2匹が瀕死の状態でピクピクと半身を動かしている。
「なんつぅ威力だ」
密集状態とはいえ、度を越した威力である。
「フィロよ、こんな危険物を腰に下げておくな。余も巻き込まれる」
「確かに」
転んだ拍子に爆発する可能性もある。安全ピンもない爆発物が出していい威力じゃない。
「凄い音がしたぞ! 魔法か! おい、あんた大丈夫か!?」
通りがかった若い剣士に心配される。
「大丈夫だ」
差し出された手を払って、立ち上がった。
「って、あんたライガンじゃないか」
「ん?」
若い男だ。丸盾とロングソード、革鎧の見本にしていい冒険者の剣士スタイル。彼の背後には、魔法使いの女と、大楯を持った獣人がいる。
この剣士、どこかで?
「丁度良い! あんたの剣が必要だ来てくれ!」
「何?」
手を掴まれ、無理やり連れていかれた。
目抜き通りに出る。
あちこちで飛竜との戦闘が繰り広げられていた。冒険者は焼かれ、落とされ、だが善戦している姿も見える。
「ここだ!」
剣士に連れていかれた場所には、2匹の飛竜が磔にされていた。
賢い。
翼膜を槍で貫き、石畳に縫い付けている。
「オレたちの武器じゃ鱗に傷一つ付けられん。頼む」
ルミル鋼の剣を抜いて、2匹の竜の首を落とす。
「流石だ」
剣士と仲間は、俺に拍手をする。
蛇は、飛竜の死骸を見ながら言った。
「ふむ、ちと人気を稼いでみるか。飛竜の尻尾を斬り落とせ」
(尻尾?)
「飛竜の尾には棘がある。狩りのためでなく、同族を殺すために使う棘じゃ。この程度の冒険者なら、鱗を貫き殺せるじゃろう」
尻尾を縦に斬る。
蛇の言う棘が現れた。透明で、凶悪な返しが無数にある棘。一度刺さったら容易くは抜けないだろう。無理やり抜こうものなら、肉をごっそり抉り取る。
「槍に付けてやれ」
その棘を、落ちていた槍の穂先に付け、手元に残った蜘蛛の糸を巻き付ける。
固定は問題ない。槍を剣士に渡す。
「これなら鱗を貫いて殺せる。他の奴らにも教えてやれ」
「そ、そうなのか! 助かる!」
剣士とそのパーティは、槍を手に戦いに戻った。
他の冒険者に感謝されてしまった。
「らしくない」
らしくないやり方だ。性に合わない。
「人気は大事じゃぞ? 英雄を目指すのならばあって損はない」
「あいつらが生き延びればな」
「そうさな、そこばかりは運じゃ」
俺は再び屋根に跳ぶ。
周辺を見渡す。
わずかな間で状況は好転していた。飛竜を倒した冒険者の姿もある。
だが、荒れた戦場だ。
悲鳴と怒号、血煙と混乱、血と糞尿の匂い、人肉の焼ける匂い。
マズいな。
特に門周辺の密集した冒険者たち。まともな抵抗ができていない。入れ食い状態で飛竜に攫われている。
原因は、人間同士の争いだ。
冒険者の個人主義、仲間第一主義が悪い方向に作用している。我先に自分や仲間を守ろうと力を振るい、殴り合いの喧嘩から殺し合いが始まる。争いの押し合いで転倒して踏み潰される者から混乱や怒りが更に広がる。
後はもう、制御できない混沌の鍋の中。飛竜の食いたい放題だ。
「あそこを、どうにかしないと」
「丁度良い得物があるではないか」
確かに、だが。
「それこそらしくない」
「やらぬのか?」
「やるさ」
目指すべき英雄の姿が見えるまで、何でもやってやる。
青い戦旗を広げる。
俺は大きく跳ぶ。群衆の中、荒れに荒れる冒険者の渦へ。
着地点は、血で濡れた剣を振り回す冒険者だ。そいつを踏み潰して、戦旗をはためかせた。
「静まれ! 静まれッッッ!! この旗を見ろ! この青を見ろッッッッッ!!」
長大に伸び広がった旗は、数多の飛竜を巻き取り遠ざける。飛竜は、食うことから焼き殺すことに切り替えた。
無数の飛竜から、一斉に火が噴かれる。
空気が焦げ、呼吸が止まる熱量。視界が全て赤一色に染まる。周囲の冒険者たちから悲鳴が溢れた。
しかし、青い旗がことごとくを阻む。
人一人、糸くず1つすら燃えない。
「焦るな! 竜は全てこの旗が防ぐ! 押さず急がず、倒れている者に手を貸して散れ! その後、各自好きなように反撃しろ! レムリアの冒険者はこの程度じゃねぇだろ! あのクソガキに見せつけてやれ!」
柄にもない言葉の後、スンッと静寂が訪れる。
冷や汗が出た。
帰りたくなった。
響く。
最初は、何の音かわからなかった。間近で聞く人の雄叫びだった。人は、恐怖から解放されると叫ぶ生き物なのだと今知った。
冒険者が動き出す。
普段からダンジョンの狭い道を歩いている連中だ。混乱さえなければ、皆素早く動くのだ。
綺麗な列ができていた。
怪我人に肩を貸しながら歩く者、仲間を背負いながら歩く者、仲間の死体を血に塗れ運ぶ者。打って変わって、冷静に動いている。
彼らはすれ違い様に、俺に対して賞賛するような言葉を吐く。
幻聴だ。
気が緩むので聞かないようにする。
その間も旗は動き、飛竜の攻撃を防ぎ続けた。列の最前列から反撃が始まっている。
「?」
視線を感じた。
上から、飛竜とは違う視線を。
見上げると、城壁から身を乗り出したハティがいる。
何か叫んでいるが、周囲の人間の言葉や、飛竜の攻撃のせいで聞こえない。
そういえば、旗の動きが鈍くなった。
攻撃の数が減ったせいだ。流石の飛竜も、無駄だと諦めたのだろう。
なのに何故、ハティは血相を変えて俺に叫んでいる?
何かを指しながら、
「いかん! フィロ、ここはもうよい!」
焦った蛇と同時に俺も気付いた。
ハティが指している先、そこにあるのは白い尖塔。
「飛竜共がダンジョンに向かっている! すぐに追うのだ!」
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