<第二章:降竜祭> 【04】
【04】
頑丈に戸締りをして、アリスと共に家を後にする。
「忘れ物ないか?」
少し歩いてから、念のために確認。
「えーと、えーと、下着、着替え、枕」
アリスは、パンパンに物が詰まった鞄を地面に置いて、中を確認しだす。彼女は、いつものドレスの上にフード付きの緑色の外套を被っていた。
「枕いるか?」
「変わると眠れないから。枕、水筒、保存食、お金、王子のご飯」
「あいつには残飯でも食わせておけ」
「だ、駄目ッ。王子は塩辛い物や、硬い物は食べないから。えーと、王子のご飯、下着」
「下着2回目だ」
「もう! 遮らないでよ! ちょっと待って混乱してきた。最初から、下着、衣類、枕、水筒、保存食、財布、王子」
鞄には、猫畜生も入っていた。
「歯磨き、石鹸、手ぬぐい、塩、鎮静剤、軟膏、包帯、爆薬」
爆薬?
「ナイフ、カップ、手鏡、櫛、香油、裁縫道具………あっ! フォークとスプーン忘れた!」
「いらん。炊き出しの時に貸してくれる」
「食器も?」
「当たり前だろ」
「じゃあたぶん、これで忘れ物はないかな? ………不安になってきた。ちょっと家に戻って確認してくる」
「必要な物があったら商人から買え。同じところに避難してんだから、ついでに店も開いているだろ」
「そうかな?」
「そうだ。ゆっくりし過ぎた。急いだ方がいい」
声が聞こえる。
『本日~! 降竜祭が行われま~す! 街に竜がきま~す! 戦闘に参加する冒険者の方々は、西門に集合してくださ~い! 他の方々は皆! ダンジョンに避難してくださ~い! 戸締りはきちんとして、手荷物は最低限! 急いでくださ~い! 街に竜がきま~す! 急いでくださ~い! 避難~!』
冒険者組合員の声だ。
鞄を閉じて、アリスに持たせる。早歩きで移動を開始した。
「旦那様、ちょっと待って早い!」
ちょっと歩いただけで、アリスがもう遠い。しかも、息切れしかけてる。
体力ないなぁ。
「ほれ」
屈んで背を向けた。
「え、いいよ。恥ずかしい」
「よかない。急げって言ってるだろ」
「だってー、色々急なんだもん」
朝飯の準備に手間取り、窓に打ち付ける板や釘を探し、鞄に物詰め込むだけで昼近くまで時間をかけてしまった。
連中はもう、ダンジョンに避難しているかもしれない。そうなると、俺も一回ダンジョンに行ってアリスを預けてから、西門に行くか。
手間だな。
とりあえず急ぐ。
「文句言うな。ほれ、おぶされ」
「はーい」
アリスを背負う。
手荷物込みでも軽い。の割に背に当たる胸は大きい。
走り出す。
「ど、どう? 聖女様より軽いよね?」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
ハティと比べ――――――いや、なんでもない。彼女はあれだ。筋肉が重いだけだ。胸や尻、太ももが重いわけではない。何故なら、触っている時に天に昇る気持ちになるからだ。つまり、重さなどないに等しい。
アリスを背負って、【冒険の暇亭】にやってきた。
店の軒先には、母娘と犬の姿がある。2人共荷物を背負っており、丁度店から出たところだ。出発ギリギリだったな。
「ソーヤ!」
「おお、フィロ。早く正門に行かないと始まっちまうぞ」
「頼みがある」
アリスを降ろして、ソーヤの前に出す。
「妻のアリステール・ライガンだ。避難するのだろ? 一緒に連れていってくれないか?」
「そりゃ構わんが」
「ほら、挨拶しろ」
動かないアリスのフードを降ろす。
「どどッ、どうも妻でーすすッ」
引きつった横顔が見える。
緊張し過ぎだ。こいつ、俺やハティには気を許していたんだな。
「おかーちゃんどうしたの?」
ポカンと口を開けて、ソーヤが呆けていた。
「どうした?」
「い、いや、知り合いに似ていたもので驚いた。瓜二つ――――――」
ソーヤはアリスの胸を見た。
「でもないか」
「失礼だよ、どこ見てるの?」
「痛っ」
ソーヤは、シグレに足を蹴られた。
やや不安になってきたが、もう時間がない。
「頼めるか?」
「バフッ」
犬がアリスの鞄を咥える。
「あああ、ちょちょちょ!」
そのままアリスを連れて行ってしまった。
「じゃ頼む」
と、ソーヤに言う。
「わかったが、彼女本当にお前の妻なのか?」
「そうだが」
真っ当な婚約ではないけど。
「転生とか聞いたことないし、本当に似てるだけか、それとも例のアレか」
「なんだ?」
ソーヤはブツブツを呟く。
すると、大きな鐘の音が響いた。いつもの時刻を知らせる音とは違う。けたたましくジャランジャランと鳴る。
警鐘だ。
戦時下に響く鐘の音だ。
「フィロ、行け。嫁さんは任せろ。我が神のように守ってやる」
「適当でいい。変に気を使うと、あいつは緊張する。じゃ任せた」
走り出そうとしたところ、
「待ってー!」
アリスが犬に乗って戻って来た。
乗りこなすの得意か?
「旦那様これ!」
フラスコが挿されたベルトを渡される。
赤、青、黄色、三色の液体が入ったフラスコが2個ずつ。計6本。
「傷薬か?」
ベルトを腰に巻きながら聞く。
「赤が爆薬、青が爆薬、黄色が爆薬。使ってみて」
「全部爆薬じゃねぇか」
色分けする意味。
「発色にこだわった逸品ですけど!? 竜に効くかどうかはわからないけど使ってみてぇぇぇぇぇぇぇ!」
叫びながらアリスを犬に運ばれていった。
「シグレ、僕らも急ぐぞ」
「うん。あ、フィロさん。これどうぞ」
去り際、シグレに包みを渡される。
「【アウドムラ】のペミカンです。味はともかく、栄養はありますので。ご武運を!」
「ありがとう」
母娘の姿が消えるまで手を振る。
「さて」
首に下げた再生点を確認。容器を振り、中身の赤色に目を凝らす。
最大容量を10とするなら、今の容量は3。
最低値に近い。
致命傷1回分だが、激しい運動をしたら削れてすぐ消える量。昨日、竜に蹴飛ばされたのが効いている。完治していない肩の傷も熱を持っていた。
まあいい。
どのみち竜に火を吹かれたら即死だ。死を肌に感じた方が体の動きは冴える。
地面を蹴り、民家の屋根に着地。そのまま屋根を蹴りながら跳ぶ。横目に、ダンジョンに避難する人の列が見えた。
全員を収容するには、まだ少し時間が必要だろう。
間に合うのか?
流石にアリスの姿は見えない。
心配だが、心配していてもどうしようもない。竜が来たら速攻で倒せばいい。ただそれだけのことだ。
警鐘が鳴り続ける。
西に向かって跳び続け、数分で正門に到着。
周辺を見回すと、結構な数が俺と同じように民家の屋根にいた。
それはそうだ。門の周辺は、冒険者でごった返している。足の踏み場もない状態。砂糖に集る蟻のよう。
門のサイズと、人の密集具合、それを前の戦争で見た軍列の数と照らし合わせ、大まかな人数を試算。
2万はいる。
街の冒険者の半分くらいは、ここにいるんじゃないのか?
これ、マズいだろ。
今、竜が来たら逃げられないぞ。押し合いになって転んだりしたら死傷者が出る。
遅れて来て正解だ。時間通りに来ていたら、あの混雑に巻き込まれて身動きできなくなっていた。
空を警戒する。
青く澄んだ空に警鐘が鳴り響いている。この音は、空のどこまで届いているのだろうか? あの竜は聞いているのか?
小さいな気配を察知した。
屋根に上って来たのは、緑色の肌をしたワシ鼻の種族。小人族と同じような小柄にも関わらず、大量の荷物を詰めた自分よりも大きなリュックを背負っていた。しかも、体幹が全くブレてない。
ゴブリンだ。
俺は利用したことないが、この街で運送業を営んでいる種族である。大金を払えば、ダンジョンにも荷物を運んできてくれるとか。
「煤けた赤いマント、ルミル鋼の剣、ヒームの男、死んだ目付き、お名前聞いていいですかー?」
「フィロだ」
死んだ目はないだろ。
「フィロ・ライガンさんで、お間違いない?」
「そうだが」
「ゾルゾグー・ガルバン・ド・ガさんから、お届け物でーす。料金は頂いているんで、ここにサインか、捺印をください」
「お、おう」
差し出された書類にサインをした。
「じゃこれ。確かに」
ゴブリンは、リュックから棒状の包みを取り出す。
「あ!」
受け取って、それが何か気付いた。
ドワーフに預けていたロングソードだ。
アリスの避難と目の前の竜で、すっかり頭から抜け落ちていた。
「降竜祭、頑張りや~」
ゴブリンは、屋根をぴょんぴょん跳んで消えていった。
包みには、メモが貼り付けてある。
『新調した鞘の両面に、セラの物語を装飾した。剣にはほとんど手を加えていない。否、加えることができなかった。柄と鍔に封じの装飾をしただけで、片腕を持って行かれるところだった。こんな凶暴な剣は見たことがない。疾く、破壊か封印、廃棄することを勧める。これが不幸にするのは使い手だけではないぞ。ゆめ忘れることなかれ。そして、10秒だ。それ以上は決して使うな。飲み込まれるぞ』
包みを解く。
ロングソードは、様変わりしていた。
鞘には漆黒の金属が使われ、表面には金細工で例の物語がびっしりと刻まれている。柄や鍔にも金細工が。読めるサイズの文字ではないが、恐らく同じ物語だ。
黒金の鞘をベルトに挿す。
柄を手に、少し刃を抜こうとする。前よりも硬く重い感触。だがこれは、抜き切った時に加速する硬さと重さだ。
流石ドワーフ。
鞘だけの調整で、予想以上の仕上がりにしている。
斬れるな、竜。
間違いなく斬れる。そう確信した。
警鐘が止んだ。
静寂が訪れる。
門の外壁に人影が現れた。
ランシール王女と近衛兵、ハティと紫髪のクソガキだ。
竜は、人の姿のまま冒険者に向かって叫ぶ。
「冒険者の諸君! 俺様は、鉄鱗公! 鉄鱗公スコル・ダウグ・マナガルム!」
声は街中に響き渡る。人外の声量だ。
人の姿で現れた竜に、どよめきが広がる。
「俺様が、今回の降竜祭を取り仕切ることになった! 竜の姿で諸君たちと遊ぶのも良いだろう! だが! それは過去の竜たちもやったこと! 俺様は趣向を変える! 諸君らのために!」
竜は、耳をつんざく金切り声を上げた。
思わぬ音に悲鳴が上がる。
ゾクリと嫌な予感が湧く。冷や汗が噴き出る。ダンジョンでたまに味わう感覚。そう、これは――――――
「さあ、竜狩りの誉れ! 諸君たちで“分け合うがよいぞ”!」
敵に囲まれた時の感覚だ。
空に無数の影が現れる。
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