<第二章:降竜祭> 【03】


【03】


 慣れ親しんだ牢屋に入る。

 今日は珍しく、隣の牢に人がいた。

 フラミンゴみたいなピンク衣装の吟遊詩人だ。

「あんた、何をやったんだい?」

「来賓を傷付けた」

 話しかけられたので適当に答える。

「あ~そりゃ死刑だね。お気の毒」

「ねーよ。斬りかかって来たのは向こうが先だ。あんたはこそ、なんで捕まった?」

「不思議なことに、いつも通り歌っていたら捕まった。ランシール王女を賛美する歌だったのに不思議だ」

「下手なんじゃねぇの?」

 騒音はトラブルの元。

「馬鹿言いなさんな。冒険者たちに大うけだったぞ。ご婦人方は顔を赤くしていたが、あれはきっとオレに見惚れていたな」

「どういう賛美をした?」

「王女の肉体美を讃えていた。戦時中、遠目であったが素晴らしいお姿を見たのだ。ドレス越しでもわかる豊かな乳、尻、太もも、首筋、腰、う~ん腰ッ。【文折の聖女】も素晴らしい体であるが、彼女は所詮後追い。王女の美しさがあるから、聖女の美しさが際立つのだ」

「おい、良い物を見せてやる。俺の手を見てみろ」

「ん? なんだ?」

 俺は隣の牢に手を伸ばし、近付いてきた吟遊詩人の胸倉を掴むと、格子に顔面をぶつけて気絶させた。

「次は殺すぞ」

「あら、殺してなかったのね。手間が省けると思ったのに」

 件の王女が現れる。

 彼女は、手にしていたルミル鋼の剣を放り投げた。それを俺は、地面に着く前に受け取り帯びる。

「こいつ死刑なのか?」

「改めないならそれもあるわ。あなたもね」

「今回は、俺のせいじゃないだろ」

 完全に被害者だ。

「“今後も”って意味。今回悪いのはあっちよ」

「じゃあ出せ」

「鍵かけてないわよ。気付いてなかったの?」

 座ったまま足で牢の扉を押す。普通に開いた。

 そういえば、衛兵が牢を閉める時に鍵をかけてなかった。何故だかオートロックのつもりだった。

「さっさと帰って寝なさい。明日から大変よ、今回の降竜祭は荒れるわ」

「あんな竜が主催じゃな」

「そうね。あれじゃまるで――――――」

 ランシールは、我慢して言葉を止める。

「クソガキだな」

「違うわよ。子供は泣いて喚くだけ、衛兵を斬り殺したりしないわ」

 俺の前にも、ああいうことをしていたのか。

 質が悪い。

「そういや、降竜祭は初めてなのだが、具体的に何をするんだ?」

 挑戦と聞いたが、色んな挑戦がある。

「喧嘩よ。元々は、文化的な交流だけだったけどね。々の尖塔の上階層部は、竜の止まり木の1つなの。昔は、色んな竜がこの国で翼を休めた。その暇、人と竜は交流を行った。父上の時代、冒険者の国になり交流も変化して荒っぽくなり、今の形に落ち着いた」

「あの竜をぶっ――――――倒せばいいのか?」

 殺す、という言葉は一応控えておこう。

「できるならね。勘違いしているようだけど、あんたが相手したのは人の姿よ。竜になってからの“遊び”は国が滅ぶ災害」

「俺じゃ倒せないと?」

「知らないわよ。だから、勘違いは止めなさい。あくまでも交流するのが目的。討伐が目的じゃない。とはいえ、向こうはどうかしら? 白鱗公や他の竜は加減を知っていたし、過去の降竜祭で死人はほぼ出なかった。けれども、鉄鱗公は始まる前から死人が出している」

 足りない頭を使って言葉を吐く。

「仮に、可能か不可能はおいておいて、俺が暗殺するというのはどうだ? 人の姿の時なら、チャンスはあるかもしれない」 

「………仮に、仮よ? 暗殺が成功したら国のせいになるじゃない。あんた責任とれないでしょ? 他の竜が攻めてきたどうすんのよ?」

「それも倒す」

「お馬鹿。牢の鍵閉めるわよ、馬鹿。竜を甘く見過ぎ。相手は、空飛んで火を吐く知性を持った巨大な化け物よ」

 確かに甘く見ている。

 1匹狩ってから判断した方が良いな。

 よし、帰ろう。

「ハティはどこだ? 一緒に帰る」

「言伝があるわ。王女に使いをやらせるとか、聖女様は偉いわねぇ」

「なに?」

「“降竜祭の間は、鉄鱗公に仕えます。護衛の任は一時解きますので、気兼ねなくご自由に”だって。それと、これは奥さんに」

 王女から手紙を渡される。

「おい、封が開いてるぞ」

 封蠟は破れていた。

「見るに決まってるでしょ」

「なんの悪びれもなく盗み見するなよ」

 何この王女。

「アリステールも大変ね。旦那がこんな狂犬で、しかも聖女と不倫してるとか」

「余計なお世話だ」

 俺も手紙を確認した方が?

 いや見ないでおこう。てか、これ渡したら俺が盗み見した後みたいじゃないか。

「聞きなさい。女は、愛でないとすぐ萎れる花なのよ。妻のこと考えているの? 全部の女がハティみたいに迫るわけじゃないのよ? 男なんだから、そこんところ理解して動きなさい。お馬鹿」

「うるせぇなぁ、考えてるよ。うるせぇなぁ」

 アリステールのことは、帰ってから家で考える。

 今は、今考えるのはハティのことだ。

「ランシール王女。あんたから見て、鉄鱗公はハティに乱暴を働くと思うか?」

「崇秘院の聖女様なら、竜の扱いは心得ているはずよ」

「心得か」

 それでも不安だ。

 尋常じゃないパワハラしてそう。

「ほら、さっさと出ていきなさい。竜が気に食わないのなら、明日の降竜祭でぶつければいいのよ。倒せないにしても、刃が届けば名声になるわ」

「それは確かに」

 重たい腰を上げて立ち上がる。

 耳鳴りがした。また右耳だ。

 去る俺の背中に、ランシールが言う。

「歴史上、竜と相対して名を上げた冒険者は多くいれども、竜殺しを成した冒険者は1人もいない。【冒険者の王】、ワタシの父も、最後は黒い竜に焼き殺された。今回は、それ以来の降竜祭。『冒険者は、竜を天敵として恐れるのか』、『竜が、冒険者を天敵として恐れるのか』、転換点よ。頑張りなさい、狂犬冒険者。噛み付いてみなさいな」

 言われなくても喰らい付いてやるよ。




 帰宅。

「ただいま」

「おかえりなさい」

「これ土産だ」

 出迎えてくれたアリステールに、【冒険の暇亭】で買ったサンドウィッチとサラダとペミカンを渡す。

「あ、どうも。夕飯は?」

「外で食べた。お前は?」

「適当に今食べようかと………あれ? 聖女様は?」

「別の仕事だ。これはそのハティから」

「はぁ」

 アリステールは手紙を受け取り、その場で読み上げた。

「『アリスへ。フィロさんは、私がいないと駄目な人間なので、代わりにしっかり支えるように。とはいえ、邪魔はしないように。フィロさんがいなくても、食事は三回用意すること。あなたは小食なのですから、多少無理してでも食べるように。寝る時は温かく。フィロさんが、寝所にあなた以外の女を連れ込まないよう目を光らせなさい。特に、獣人の女には注意なさい。ウサギの奴』だって」

「………そうか」

 いないと駄目と思われていたか。

 反論できねぇ。

「そうと、アリス。右耳を見てくれ。耳鳴りが酷くてほとんど聞こえない」

「ウソッ、しっかり治療したはずなのに!」

 アリスは、俺の右耳を引っ張って居間に連れて行き、照明の下で耳を覗く。

「はぁ~びっくりした。血の塊が塞いでいるだけだよ。治療が失敗したかと思った」

「そか」

 ソファーに座ったアリスは、ピンセットを取り出し自分の太ももを叩く。

 膝枕に頭を置く。

「うーん、きちんと飯食ってるのか?」

 頬に骨が当たる。

 頭の載せ心地はあまりよくない。

「聖女様と比べてない?」

「ハティが太いって言うのか!?」

「立派ですね。………はい」

 反対側の頬にズシと胸が載り、ゴリっと右の鼓膜が鳴る。

「あだっ」

「とりますよ~」

 ベギっという音と共に、耳の穴を擦りながら何かが出た。その感触に身震いする。

「念のため反対側も」

 頭の向きを変える。

 俺の視界は、アリスの下腹部で一杯になった。左耳を擦る音。あまり丁寧とは言えない。

「明日から降竜祭だ。街に竜が来るのだと」

「へぇー、戸締りしっかりしなきゃ」

「いや、避難しろよ」

「地下でいいんじゃない?」

「駄目だ」

 竜が暴れるのだ。下手したらこの家ごと潰される。

 アリスの避難先も考えないとな。

 戦時中、戦えない人間はダンジョンに避難していた。今回もそこが解放されるはず。しかし、何かと1人では心細いだろう。

 ふと思い付く。

 あの店の連中と一緒にしておくか。下手に護衛を付けるよりも安全だろう。

「明日は、貴重品と着替えを持って外に出るぞ」

「えー? やだー。家がいいよー」

「駄目だ。信用は出来んが安全な連中を知っている。そいつらと一緒に避難しろ」

「………知らない人と一緒に行動したくない」

「子供みたいなこと言うな」

 薄々気付いていたけど、こいつ引きこもり気質だ。時々、無理やりにでも外に出して人と関わらせないと駄目だな。

「待って。王子と蛇さんは?」

「ほほう。降竜祭か」

 にゅるッと蛇の気配と声。

「余は見物する故、フィロと共に行く」

 言って蛇は気配を消した。

 ニャーンと猫の気配。

「降竜祭か。竜などに興味はない。いつも通り、僕はアリステールと共にいる」

 スタスタと猫は去っていった。

『………………』

 何故か沈黙が流れる。

 耳の掃除はとっくに終わっているのに、アリスに動く気配はない。

 もしかして、あの畜生2匹。気を使ったのか?

「あー、なんだ。その」

「あ、はい。何でしょうか?」

 ハティは不在で、今こそ男女の営みをする機会だ。

 でも、空気がそれじゃない。

 前回のハティの妨害でお互いギクシャクしてる。だが、やることやらないと女に失礼と聞いた。

「アリス、その、俺にしてほしいことはないか?」

 黙って押し倒しなさい! 

 と、ランシールの幻聴が聞こえた。

「今は特にないです」

「そうか」

 また沈黙だ。

 このままではいけない。鈍感な俺でもわかる。

 決心して、

「竜を倒したら、子作りをしよう」

「え? ………は、はぁ、頑張りましょう?」

 更に微妙な空気。

 てか、フラグじゃねぇか、これ。

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