<第二章:降竜祭> 【02】


【02】


 奇しくも目的は重なった。

 何かが糸を引いているような、薄気味悪さを感じる。

 だからといって、止まるつもりはない。

 ドワーフの話では、鞘の改良は明後日に完了するそうだ。その間に、できることをやる。

 工房を後にした俺は、先ずエルフの元に行き情報を買った。街で最もヴィンドオブニクルに詳しい人間の情報だ。

 出てきた名前は、ラスタ・オル・ラズヴァ。

 ちょっと因縁のある人物だが、それはそれこれはこれ。意外とすんなり話を聞けるかもしれん。

 ダメ元で、【猛牛と銀の狐亭】に足を運んだ。

 前に来た時と違い、驚くほど繁盛している。客席はほぼ埋まり、女給が忙しく酒を運んでいた。これはきっと、俺が諸王連中を追い払ったからに違いない。たぶん恐らく。

 カウンター席にいる巨漢のモヒカンの元に行く。

 バキバキに折ったはずの腕は、当たり前のように完治していた。

「いらっしゃい」

「マスター、ちょっと聞きたいことがある」

 愛想の良いモヒカンのマスター、ラスタ・オル・ラズヴァは俺を見てから………………しばらく固まった後、壁に立て掛けてある巨大なバトルアックスを手にとった。

 服装と髪型の違いで、見分けるのに時間がかかったのだな。

「おのれぇぇぇぇぇぇぇ!」

 嫌われたもんだ。

 と、バトルアックスを振り上げるマスターを見て思う。

 が、マスターは飛んできた椅子に側頭部を打たれた。

「親父! 何やってんだ!」

 マスターに負けず劣らずの立派な体格の女が現れた。パツンパツンの女給の制服が全く似合っていない。

「ま、まあこれはちょっと」

「話したよな! 先ず謝罪するって!」

「む、むう。………早とちりだった。すまん」

「言う相手が違う!」

 娘に叱られ。

 マスターは渋々俺を向いて頭を下げた。

「娘の件で冷静さを欠いた。謝罪する。これは奢りだ」

 ラム酒がコップに注がれる。

 娘の方も俺を向いて頭を下げた。

「フィロ、親父の馬鹿を詫びる。許さなくていいけど、詫びたことだけは頭に入れておいてくれ」

 これで俺が責め立てたら格が落ちるってことだな。

 一件落着。

「で、マスター。聞きたいことがある」

 娘を無視して、マスターに質問する。

「………なんだ?」

「ヴィンドオブニクルに詳しいそうだな。【セラ】という人物を知らないか?」

「【忘らるるセラ】のことか?」

「そうだ」

 本当に詳しかった。

「由緒のある人物じゃない。小人族だけが謳ってる女の名だ。連中が言うに、忘却の神なのだと。大昔に存在していた悪行の神と同一の存在だとも言っている。その改変とやらも、小人族が勝手にやったもんだろ」

 あり得る。剣を直した爺さんは、小人族が連れてきた。

 しかし、

「実在していた神じゃないのか?」

「小人族の創作だ。といっても、小人族自体に謎が多い。あいつら、数百年前にエルフに滅ぼされたはずなのに、10年前に急にこの国に戻って来た。まるで異邦人のように、別次元から急に現れたようにだ」

「10年前」

 俺が、この世界に来た辺りだな。

 いや、今は関係ないか。

「わかった。セラについては、小人族に聞けばいいのだな」

「仔細を知りたいのならな。しかし、連中はしばらく姿を隠しているぞ」

「え、なんで?」

 そういえば、ここ数日全く姿を見ていない。

 マスターは、口元を隠して小声で言う。

「竜が来るからだ。他の種族にも、内密に避難勧告を出している。小人族は、確かソーヤが捕獲してゴブリンに預けていた」

「ソーヤか」

 店に戻って聞いてみるか。二度手間というかニアミスというか、ともあれ収穫はあった。

 ラム酒を一気飲みする。

 薄い柑橘系の風味と砂糖のダタ甘さ。ご無沙汰だった慣れた安っぽい味。喉を熱くして、脳細胞を殺すアルコール。金を払ってまで飲みたいとは思わない酒。

 酒場を出てすぐ、目の前で馬車が止まった。

 戸を蹴り開けたのは、ハティだった。

「フィロさん! 乗ってくださいまし! 急いで!」

「おう」

 急いでるようなので、理由を聞かず馬車に乗る。

 ハティは着ていた給仕服を脱ぎ出し、いつもの白いローブを着始める。

 狭いので、彼女の乳や尻が当たる。スカートが頭にかかる。

「急ぎの理由を聞いていいか?」

 着替え終わり、髪に櫛を通しているハティに聞いた。

「来ましたわ。もう少し後になると思ってましたのに、急に連絡もなく」

「来たって?」

「竜ですわ」

「ああ」

 来てしまったか。

 セラの件は後回しだな。今は竜に集中しよう。

「縁のある白鱗公が来ると思ってましたのに、まさか………いえ不敬なので止めておきますわ」

「さては、嫌な奴だな」

 嫌な竜とはどんな存在なのか。

「竜は尊き存在、人の物差しで良い悪いと決めつけてはいけません。そこのところ、フィロさんも気を付けてくださいね」

 ハティは、表情を曇らせ目元を押さえる。

「こっち座れ」

 俺は、ハティを膝の上に座らせた。

 彼女のこめかみを優しく揉み解す。

「んん゛~」

「痛むか?」

「少しぃ~」

 ハティの瞳が、一際煌びやかに輝いていた。

 治療術師は【蛇眼症】と言っていたが、蛇の言うように【竜眼症】が正しいと感じる。そんな瞳だ。

「一旦、家に戻ってアリステールに痛み止め貰おう」

「我慢します。早く城に行かないと、待たせたらランシール王女にネチネチ言われますわ」

「うるさいのはそっちかぁ」

 こめかみを揉まれながら、ハティは神妙な顔つきで言った。

「フィロさん。念を押して言いますが、竜は人の道理や倫理から外れている方々です。多少の失礼は流してくださいね。私が、その竜に失礼をされても動かないように」

「約束できかねる」

 考えるよりも先に、体が動くんじゃないのかな?

「あなたの仕事は、人から私を守ることであって、竜から私を守ることではありません。なので、耐えてください。と言っても、崇秘院の聖女は竜にとっても保護対象ですので、あくまでも、念を押して言っているだけですわ」

「了解だ。して、なんて竜が来るんだ?」

「その方は――――――」



 鉄鱗公スコル・ダウグ・マナガルム。

 謁見の間で見た竜は、少女の姿をしていた。

 癖のない長い髪は深い紫色だ。折れそうなほど手足は細く、小柄で華奢、肌は病的に白く、顔つきは人形のように整っている。

 仕立ての良いドレス姿なのだが、金属製の胸当てと手甲をしており、背には異様な赤い大剣を帯びていた。

 まるで、冒険者のコスプレをした深窓のご令嬢のようだ。

「遅いぞ、ハティ。俺様を待たせるとはどういう料簡だ」

 声も少女のもの。

 なのだが、犬歯を見せる喋り方に、悪童のような印象を覚えた。

「申し訳ございません、鉄鱗公」

 ハティは、少女の前で跪く。

 倣って俺も跪く。

 玉座のランシールから、ヴェールで隠していても面倒くさい空気が感じ取れた。近衛たちは、なんだかピリピリしている。

 こりゃあるな。

 何か。

「言い訳の言葉もありませんわ。ですが、降竜祭は白鱗公が執り行うと聞きましたので、もう数日は先のことかと思い、失念しておりました」

「姉君たちは少々立て込んでいて、まだ北だ。故に、俺様が降竜祭を仕切ることにした。文句があるのか?」

「いえ、そんなことは決して」

「馬鹿にするなよ。人間を遊んでやるくらい造作もない。だが、この誉を貴様のような下賤な聖女にも分けてやる。光栄に思えよ、本来なら白鱗公の聖女の務めなのだから」

「身に余る光栄ですわ。謹んで務めさせていただきます」

 ハティから、鉄鱗公は最も若い竜と聞かされた。

 だがこれじゃ、クソガキだ。

 そりゃ、ランシールや近衛も、あんな空気になる。耐えて隠しているが、俺も同じだ。

「で、ハティ。そこの者はなんだ?」

 鉄鱗公の注目が俺に向く。

 俺は見ないようにした。すぐ顔に出るタイプなので顔は伏せておく。できればこのまま、床を見てやり過ごしたい。

「私の護衛ですわ。名は――――――」

「護衛? いらんだろ。そんなもん」

「いえ、必要ですわ。忠実に私を守ってくれる方ですし、今後も――――――」

「俺様がいるではないか」

「ですが」

「貴様、面を上げよ」

「………………何か?」

 因縁を付けられたので、渋々に鉄鱗公を見た。

 彼女は、赤い大剣を片手で振り上げていた。

「は?」

 衝撃に貫かれる。

 俺は、吹っ飛ばされた。壁に激突して背中を強かに打った。しばらく呼吸ができなかった。

「ほれ、護衛などいらんではないか」

「フィロさん!」

 ハティに向かって手を上げ、大丈夫だとアピール。

 その上げた手には、ルミル鋼の剣が握られていた。

「しまった」

 受けるために、反射的に抜いていた。しかも、わずかに手応えが残っている。

 謁見の間に、金属が転がる音が響く。

 切断された鉄鱗公の手甲が転がる音。同時に、少女の手首からあまく血がしぶく。

「へぇ」

 片頬を歪ませ、鉄鱗公は傷をランシールに見せつけた。

「これはなんだ? 冒険者の首領よ」

「はぁ………まったく、またまた」

 ランシールは口元を歪ませ、俺を指して言った。

「収監」

 またまたかよ。

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