<第二章:降竜祭> 【01】
【01】
5日が過ぎた。
3日間、【冒険の暇亭】で働き。
2日間、ランシールの仕事をした。
12名を国から追い出し、3名を叩きのめして収監。その中に、名のある敵はいなかった。毒にも血肉にもならぬ敵だった。連中の顔すら覚えていない。
して今は、やっとランシールが話を通し、ドワーフの工房にやってきた。
寂れた倉庫街の片隅にある工房だ。
人通りはなく、店を開く立地ではない。
工房の壁には鍋やお玉、包丁等の調理器具が並び武器は1つもなかった。炉はコの字に配置され、火が溢れ出ている。煮え滾る溶けた鉄の音も聞こえる。凄まじい熱気を放っているはずなのだが、普通に呼吸ができ、軽く汗ばむ程度ですんでいるのは、見えない仕掛けがあるのだろう。
「わりぃわりぃ、待たせた待たせた」
俺が顔を出すなり奥に引っ込んだドワーフは、30分近く経過してやっと戻って来た。
樽が樽を転がしている。
いや、短い手足のある樽はドワーフだ。古い潜水服のように見える樽は、ドワーフ独特の服装なのだ。
竜の爪から剣を打ったとされる男、ゾルゾグー・ガルバン・ド・ガ。
軽く探ったところ、【先王の名匠】という名を聞いた。レムリア王時代から、この国で名のある武具を作って来たドワーフなのだ。半引退状態の理由は不明。
彼が転がしてきた樽は、
「なんだこれ?」
「砂だ」
「砂?」
眩しい白い砂がみっちり詰まっている。
「無垢の白砂と言ってな。我らドワーフが讃える【炎将の杖ダングル】の木漏れ“火”の残滓だ。いわくつきの呪器、壮絶な死に方をした英雄の得物を清めるのに使う。お前さんの腰の剣。ろくでもねぇ代物だな。防護服越しでもヒゲにビンビンときやがる。まず砂に浸けてくれ。見るのはそれからだ」
まだ何も言っていないのだが、見抜かれた。
流石というべきか、それともランシール辺りが情報を漏らしたのか?
今は気にせず従っておこう。俺も知る必要があることだ。
腰のロングソードを鞘ごと抜く。
慎重に剣を引き抜き、砂の入った樽に突き刺す。
剣身から漏れる暗い物質が、砂をあっという間に黒く染めた。
「こいつを付けろ。ヒームにゃ辛い」
ドワーフに革製のマスクを渡される。
付けると同時に、炉の火が荒れ狂ったように勢いを増した。
汗が一瞬で乾く高温だ。
眼球が渇き、口中の水分も持って行かれる。
マスクがなかったら呼吸すらできないだろう。
「よくねぇ。こいつはよくねぇ。数多の得物を見てきたが、ここまでの物は2つとない」
「どうよくない?」
「強烈な呪いだ。こんなもん、斬った方も斬られた方もただじゃすまねぇ」
「おっしゃる通り。だから、何とかして欲しい」
「あのなぁ。呪いってのは、全ての物質に滲み込む。防ぎようがない災禍だ。そして、寄生し、変質し、奪い変える。世界で最も小さく狡猾で残忍な力だ。おいらたちドワーフが、何故にこんな姿をしているか知っているか?」
「いや、知らん」
興味ない。
「呪いが怖いからだ。ドワーフは常に呪いを恐れて生きてきた種族だ。この外装服には、強力な耐呪耐火の機能がある。何故ならば、唯一火だけが呪いを抑え………おい待てや。おかしいぞ? こんな呪いをどうやって安定させ――――――そうか、鞘を見せろ」
「ん」
鞘を渡す。
鞘を手に取ったドワーフは、鞘口と鞘尻の金具を外すと、パカンと縦に割った。
「おい!」
一点物の鞘だぞ。
そいつも、ロングソードを直した爺さんが残した物だ。
「中に銅板が仕込まれとるな」
バラけた鞘の中には、幾つもの薄く細い金属の札があった。ドワーフが広げたそれらには、びっしりと文字が彫られている。
「物語が彫られているな。こいつは、ヴィンドオブニクルだ。出だしは冒険者の神の物語で間違いない。【荒れ狂うルミル】【法魔ガルヴィング】【三剣のアールディ】【確固たるロブス】【忘却のスルスオーヴ】【忘らるるセラ】。神々の名前も彫られている。んん?」
「セラ? 誰だそれ」
ヴィンドオブニクル、最も有名な冒険者パーティを讃える物語だ。かの有名な【法魔ガルヴィング】の名前もそこにある。
ただ、セラという名前は聞いたことがない。
「おいらも知らん。おかしいな。どこにも【静寂のドゥイン】の名前がねぇ。代わりにこの【忘らるるセラ】の名前が入っているのか。この改変に呪いを抑える効果があると? おい、冒険者のお前さんの方が詳しいだろ。何か知らんのか?」
「わからん」
ハティか、あのエルフにでも聞いてみるしかない。
「しかし、こりゃ面白い。この鞘が呪いを完璧に抑えているのならば、白刃が1つ閃く程度の極短時間、呪いを人の手で扱える………………やもしれん」
「はっきりしてくれよ」
「はっきりと言うならば、こんな剣は二度と使うな。魚人にでも頼んで大洋の水底に捨てて来てもらえ」
「そういうのは聞きたくない。てか、鞘は戻してくれよ」
「たりめぇだ、馬鹿野郎。おいらが考えてんのは機能の向上だ。この銅板よりも薄い金属がある。そいつに差し替えて、この改変されたヴィンドオブニクルを何重も彫る」
ドワーフは、なんかやる気になっていた。
それはそうと。
「鞘はそれで頼む。だが、問題は剣そのものだ。火は呪いを抑えると言ったな? 剣身に火を帯びさせることは可能か?」
火が呪いを抑えるというならば、あの剣の完成形が燃えているのも理由が付く。
「可能かって、そりゃ油でもぶっかけりゃ可能だろうが、その程度の火じゃ呪いは抑えられんぞ。最低でも、聖別された強力な火が必要だ」
「では、その強力な火を剣に纏わせ“続ける”ことは可能か?」
「馬鹿を言うな。大炎術師ロブの言葉を知らんのか? “消えぬ炎はない”だ。呪いは永久不滅。魂や意思、噂では歴史すら改変する力がある。そんなものを抑える火があるのなら、ドワーフは呪いを恐れん」
上手く言葉にできないが、何かがある気がする。あの剣を振るった俺には、ドワーフの言葉を否定できる確証がどこかにあるはずなのだ。
足りない頭を引き絞りながら、工房で燃え盛る猛火を見て、言葉が自然と漏れ出る。
「呪いを燃料にするような火は、ないのか?」
「………………今のは、聞かないでおいてやる」
ドワーフは、重たい声音でそう言った。
「何故だ?」
「禁忌も禁忌だ。呪いは永久不滅。んなもんを燃料にしてみろ、永遠に消えない炎ができあがっちまう。魔法使い共のいう終末の劫火だ。世界が終わるぞ」
「大層な話だな」
それは違うのか。
だが、必ずあるはずだ。俺は見たのだ。振るったのだ。呪われた剣に燃え盛る炎を。
「おいおい、嫌なもん見付けちまったぞ」
ドワーフが、一枚の銅板を俺に見せつけた。
そこにはこう彫られてあった。
「“呪いを恐れる者よ。火を恐れよ”なんだそれ?」
「おいらたちドワーフへの恨み言だ。ヒームの作った剣とはいえ、こんなもん仕込むとは恨まれたもんだな」
「あんたらのせいで、くいっぱぐれた人間は多い。恨みの1つ2つ当たり前だろ」
「こちとら、良いもん作ってるだけなんだがな。まあいい。鞘は改良してやる。【冒険の暇亭】からの頼みだからな。しかし、剣には触らん」
「だから、なんとかならないのか?」
鞘の改良だけじゃ解決になっていない。
「無事に扱える時間は増えるだろ。それで我慢せい。大体、こうも呪いを帯びたら剣とはいえん。魔法使いの領分だ。ほれ、お前が帯びたもう1つの得物と同じ」
「ルミル鋼の剣か?」
刃を露出させた剣。
対冒険者という意味では、最強の剣だ。
「ある意味、それも呪いだ。【荒れ狂うルミル】が【法魔ガルヴィング】に向けた怒りと恨み。彼女の果てた地では、いまだに嵐が吹き荒れている。そこで稀に採掘できる血の混じった鉄。それから、ルミル鋼は作られる」
【荒れ狂うルミル】と【法魔ガルヴィング】、この2人が殺し合ったことは有名な話だ。冒険者の仲違いを諫める時には、よく引き合いに出される。
「つまり、方向性が個人に向けられているだけで、これも呪いには違いないのか?」
「そうだ」
「じゃ、俺の剣の呪いとは、どこに向いているんだ?」
「決まってる。世界だ」
「大層な」
「いつの世も、行き場のない人の感情は無差別に向く。呪いの根源とは、行き場のない万人の感情が、燃え消えずタールのように残ったものだ。終わらぬのさ。だから、呪いは怖い」
「だが、何かあるはずだ。間違いなく」
恐れながらも人が滅びずにあるのならば、何かやりかたがあるはず。呪いとの付き合い方が、利用の仕方が。
「だから、おいらの領分じゃねぇよ」
「………むう」
突っぱねられてしまった。
ドワーフが駄目となるなら、呪いを抑えるとされる改変されたヴィンドオブニクルに当たるしかない。まあ、成果といえば成果だ。
しかし、あの火には遠い。
回り道にしか思えない。
「いや待て………1つあるやもしれん。だがしかし、ううーむ。おいらが言って良いのかどうか」
「なんだよ」
「呪いを燃やすと言ったな。剣に留める程度に呪いを燃やす、そういうアイディアが浮かんでしまった。実は、呪いのように他の物質に滲み込み、変質せる物質がある」
歩き出したドワーフは、炉の傍にある壁を叩いた。
隠し扉だ。
壁がスライドして現れたのは、打ち付けられた死骸。
「こいつは、その昔おいらが打った剣の果て」
とてもだが、剣とは思えない。
トカゲと女が混じったミイラだ。
「素材は、竜躯を喰らった女の爪。折れたそれは、おいらが見つけた時には剣としての形を止め、ここまで再生していた。今は火で抑えられてはいるが、放置すればいずれロラと呼ばれたモンスターとして再誕するだろう。災禍の復活だ」
「つまり?」
「竜の血ならば呪いを御することが………或いは、新たな呪いを生むやもしれん」
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