<第一章:狂夜祭> 【11】


【11】


 翌日の早朝。

 店に着いた俺とハティにソーヤが言う。

「フィロ、今日はしっかりと店の仕事をしてもらう。ヴァルシーナはいないから安心しろ」

「そうか」

 正直なところ、ソーヤの信用はもうどうでもいい。

 二件の外のお仕事により、ランシールには、俺をハティがいないと暴走する狂犬と印象付けられた。

 棚から牡丹餅の結果だが、これでランシールはハティを消せないはず。消すにしても、先ず俺からだ。

 ランシール、ありゃ毒婦だ。

 それくらいでなきゃ一国の主にはなれないのだろう。心底、信用できない。

 弱みを見せたらケツの毛までむしり取られる。消すと言ったら毛の一本も残さず消す。相手は国だ。所詮個人の俺は、武力や狂気で威嚇するしかない。

 ま、あくまでも相手が下手を打った場合の“こと”だ。いついかなる時でも、殺ると頭に入れておくだけ。

「?」

 怖い顔がバレたのか、ハティが俺を見て不思議そうに首を傾げた。

 俺は、ぼんやりとした顔でスルーする。

 地下の更衣室で着替え、厨房に移動して、

「で、俺の仕事は?」

 ソーヤに指示を求めた。

「あれ」

 指先には、また芋の入った樽。

 そばにある椅子には、何故か先にスタンバってる毛玉がいた。

「ソーヤさん、私は?」

「ゴブリンの団体客が来る。シグレと接客してくれ」

「わかりましたわ」

 ハティは、俺を一瞥して客席に行った。

 内容は聞こえないが、シグレとの話し声が聞こえる。

 じゃ、芋を剥くか。

 包丁を手に取り、毛玉を膝に置いて椅子に座り、芋を剥いて剥いて剥きまくる。皮が溜まっては毛玉に食べさせる。

 縫った肩の傷がじくじくと痛む。軽く熱も持っている。

 しかし、順調だ。

 楽勝だ。

 やはり、単純作業は性に合っている。何よりも気が楽。生死も関わっていない。

 自分が犬気質なのは薄々勘付いていた。だが社交性はないし、群れるのも苦手ときてる。矛盾だらけの犬だ。こんなのを飼いたいと思う奴はいないだろう。たぶん、喰い殺すと思う。

 と、

「ハティちゃん、良い子だよな。親しみやすいし、真面目に働くし、注文間違えないし、時間を守るし」

「………そうだな」

 ソーヤに話しかけられた。

 適当に相槌を打った。

「なのに、別の女と結婚したんだよな? お前は」

「名声のためだ」

 ハティが良い女なのと、俺の目的はまた別だ。

「なんで名声が欲しいんだっけ? ほら、野望とか夢的なもの? 僕、お前に聞いたことあったか?」

「英雄になるからだ」

 まだそれは、変わっていない夢だ。夢のはずだ。

 例え悪夢になりつつあっても。

「ああ、そうだったな。すまん、ヴァルシーナから聞いていたのをド忘れしていた」

「お前も笑うのか?」

「笑うかよ。人の夢を笑うのは死人だけだ」

「それあんたの言葉?」

 深いような、浅いようにも聞こえる言葉。

「昔の冒険者が言っていた。確か、飲みの席で侮辱した奴を殴り殺した後でだ」

「そりゃ至言だな」

 人を侮辱して殺されるとか、冒険者の中じゃ最底辺の死に方だ。

「そうだ。戦えない奴が人を笑っても死ぬだけだ。とはいえ、人を笑う程度の強さじゃ先は短い。だが、夢と折り合いが悪い人間も長生きはできないぞ」

 なーんか探ってる言い様だな。

 気に食わない。

 無視して芋剥きに集中する。ソーヤは構わず喋り続ける。

「英雄といえば、僕も英雄を何人か知っている。噂や絵物語じゃないぞ。生の経験でな」

「………へぇ、どんな奴らだ?」

 興味が湧いた。

「1人は、【獣狩り】と呼ばれる獣人殺しの魔剣使いだ」

「強いのか?」

「腕前はそこそこ。血は強かった。性格は最悪だ。娼館で気まぐれに女殴るようなクズだ」

「クズだな。そいつ生きているのか?」

 いるなら俺が殺してやる。

「死んだ。死に際は、まあまあだ」

「まあまあか」

 よくわからんが、まあまあの最後らしい。

 ソーヤは、火にかけた大鍋の蓋を開ける。

 カレーの匂いがしてきた。

「で、次は?」

「おっ、食い付くな」

「次は?」

「次は、【北の英雄】を自称していた獣頭の戦士だ」

「強さは?」

「強い。あいつを殺しきれる人間は、今の世界にも10人といないだろう。だがクズだ」

「クズなのか」

 2連続でクズだ。

「家族に会いたい一心なのは理解できる。だが、新しい家族を捨てて悲しませるようなクズだ。こいつの最後は………うーん、難しいところだな。何を最後とするかが難しい。こいつも、まあまあってとこ」

 まあまあも2連続だ。

「他は?」

「第一の英雄」

「名前は?」

 空気が変わった。

 カレーの匂いが冷たく感じるほど。

「名前は言いたくない。こいつはまあ、その筋には有名な大英雄のクズってとこだ。代わりに色々善行………………ではない。結果的に? 善き方向に? なっていたと勘違いする人間もいるだけで、この世界始まって以来随一のクズ・オブ・クズ。始末の悪いことに、いなくなったらいなくなったで、面倒を沢山残していきやがった」

「でも死んだんだろ? その言い分だと」

「でも死んだ」

 気になることがある。

「その英雄は誰に殺された?」

「第一の英雄か?」

「3人共」

「知ってどうする? 殺しに行くのか?」

「場合によっては」

「あのなぁ、英雄を殺した奴を殺したからって、英雄にはなれないぞ」

「そうなのか? 英雄になるには英雄を殺すのが一番だと聞いた。つまりは、英雄を殺した奴も英雄だ。それを殺したなら英雄だろ?」

 英雄言い過ぎて、ゲシュタルト崩壊起こしそう。

「違うぞ。英雄になりたく英雄を殺したのなら、それはある意味で英雄だろう。でも、英雄に興味なくただ英雄を殺した人間は、ただ英雄を殺しただけの人間だ。それを殺したところで、英雄と呼ばれる名声にはならない。英雄とは気概と民意なのだ。どちらも持ち合わせていないなら、英雄にはならない」

「………………かも」

 ゲシュタルト崩壊した。

「わかりやすく言うなら、落ち武者狩りした農民殺しても英雄にはなれん。そんなとこ」

「わかった」

 相手の立場とやる気がないと駄目ってことか。

 だよな?

 と、右耳に軽い耳鳴り。意識すると違和感がある。今は気にせず芋を剥く。

「そもそもの話。お前さんは、何の英雄を目指しているんだ?」

「………………」

 ソーヤの言葉に芋を剥く手が止まる。

 何の英雄だって?

 なにって?

「………………」

「ん? そんな難しい質問だったか?」

 驚くほど、頭が真っ白になっていた。

 1文字も言葉が出ない。

 脳がエラーを吐き出している。

 必死になってひり出した言葉は、

「英雄の中の英雄、と謳われるほどの………英雄に」

「いや、それはゴール地点の名前だろ。僕が聞いているのは走るコースだ。英雄として目指している姿だ」

 そんなことはわかってる。だから頭が真っ白になってる。

 唯一浮かぶのは炎だ。

 あの時振るった剣だ。

 そこに英雄はいない。

「注文はいりまーす! カレーうどん8、ざるうどん1、サイドメニューはお任せで9!」

 注文を叫びながらシグレが厨房にやってきた。

「はいよ、いつものカレーうどんだな。シグレ、お任せはどうする?」

「ペミカン出してみようよ。【アウドムラ】で作ったやつ」

「ありゃ保存食として作った物だぞ」

「気に入ってくれたら買ってくれるでしょ。ゴブリンの人らも配達の合間に、片手で食べられる高カロリーなもの欲しいだろうし」

「それはそうか。ぶっちゃけ【アウドムラ】使わない方が美味いし」

 母娘が飯の準備にかかる。

 俺は、虚無の中、機械的に芋の皮を剥き続けていた。

「ヴァ」

 毛玉が鳴く。

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