<第一章:狂夜祭> 【10】
【10】
「強敵だったようね」
ランシールは、俺の腫れた頬を見てそう言う。
「そうですわ。強敵だったのです」
「うん、まあ」
殴った本人が言うなら、そういうことにしておこう。
仕事をサボってアリスとイチャイチャしていたわけではなく、仕事終えた後にちょっとイチャイチャした程度だけど、勘違いさせた俺が悪いよな。
たぶん、うん。
解せんが。
「して、成果はどうなのよ?」
俺は報告する。
「相手は人を殺していた。俺にも襲い掛かって来た。弱らせた後、街から出るよう再三告げたが聞かず。だから、俺が斬った。以上だ」
「それだけではありませんわ」
ハティが報告を代わる。
彼女には、戦った敵の情報を伝えていた。怪我のことは伝えていない。
「炎教の伝道者は、ジュミクラ学派の禁忌を冒していましたわ」
「禁忌?」
「ジュミクラ学派八大禁忌、聖魔の魔の1つですわ」
「魔法に詳しい人を呼ぶわね。ラナさーん! ちょっと来てくださるー!」
ランシールは、更衣室から半身を出して叫ぶ。
ラナって、もしかしてあいつか?
「なんですか? 遅めの朝食中よ」
ロリ巨乳のエルフが現れた。
手には、角切りの肉が盛られたどんぶりを持っている。それを箸で口に運びながらモグモグしている。半熟卵に米らしきものも見えた。
「ラナさん、ジュミクラ学派の禁忌はご存知ですよね?」
「ジュミクラの小心者が決めた禁忌ね。聖魔の魔【鏡身】【狂死】【呪食】【地獄門】。聖魔の聖【鏡神】【華死】【神食】、そして魔法使いの終点であり、私たちホーエンス学派の目指す究極、世界を滅ぼす【劫火】。で、それがなに?」
「そのうちの1つを冒した者がいたとか」
「へー」
エルフは、どんぶりをかきこみ頬をリスのように膨らませ、モニュモニュとよく噛んで飲み込んだ。
子供か。実年齢いくつなんだ?
「まーものによるけど、何を冒したのよ?」
「【鏡身】ですわ」
ハティがエルフに答えた。
「………よく見れば、聖女がそんな恰好で何をしているの?」
「悪辣な為政者のお手伝いですわ」
「大変ねぇ。そう、街中で【鏡身】とは、場合によっては大量死に繋がるから国外退去でいいんじゃない」
「それが殺してしまったみたいなのよ」
次は王女がエルフに答えた。
「触媒は? 証拠があるなら炎教を強請れるでしょ」
「燃やした」
と、俺が答えた。
ランシールが疑いの表情を浮かべる。
「あなた以外の目撃者は?」
「他は全員殺されていた」
あらあら、とわざとらしい声。
「フィロちゃん。それでは、あなたが伝道者と近衛を殺したことにならない?」
「近衛が殺されたなんて言っていないぞ。ありゃチンピラの死体だ。たかが狂人1人にお国の近衛様が負けるわけねぇだろ。あの死体は物取りのチンピラだ。間違いない」
「………そうねぇ」
信頼していた人材なのだろう。馬鹿にされてランシールは頬を歪めた。
なら、その死を利用するなと言いたいが、ハティもいることだし我慢だ。これ以上、機嫌を損ねたくない。
それに、
「俺を監視していた奴の方が詳しいだろ。報告受けてないのか?」
「あら、気付いていたのね」
「気付いてねぇよ。今、適当に言っただけだ。ちょろい引っ掛けに吊られたな」
というのも嘘、気配は感じていた。
「………………不愉快な子ね」
「そりゃすまないな。俺も為政者が嫌いなんだ」
「うふふ」
「ははは」
睨み合い笑い合う俺とランシール。
いかん。
死線を潜った後なので我慢できていない。
見かねたハティが割って入って来た。
「ランシール様。彼の働きは十分だと思いますけど?」
「結果だけを見ればね。良い仕事というものは、過程も大事なのよ」
「はい、それは重々承知しておりますわ。私の方からよく言い聞かせておきますので、はい」
ハティは、何故かランシールの前に両手を出す。
「はいって? え、何かしら?」
「仕事には報酬が必要ですわ」
「報酬って、あなたね。この仕事は、フィロちゃんがワタシの信用を得るための仕事よ。信用こそが報酬よ」
忘れてた。
そんな話だったな。
「冗談は止めてくださいまし。聖女の護衛は安くないですわ。それを買い叩くとか、私に対する侮辱ですわよ。それはつまり、崇秘院、今ここに向かっているであろう竜をも、侮辱したことになりますが?」
うぇ、と苦い物を口に入れた顔になるランシール。
「面倒くさいこと言い出すわねぇ。ハティちゃん、あなた最初からそのつもりで?」
「いえいえ。ランシール王女が予想以上のケチだったので、渋々言っているだけですわ」
「失礼ね。質素なのよ」
「ランシール、報酬くらいあげたら?」
どんぶりを半分くらい開けたエルフが言う。
続けて、
「相手は【鏡身】を使うような狂人。並の腕では100人集まっても勝てない。目立つ傷が頬の腫れ程度なら、賞賛に値する腕前よ。こういう輩には気前よく報酬をあてがって飼殺すべき」
言い方が悪い。
ほんとエルフは口が悪い。
「仕方ないわねぇ」
面倒くさそうにランシールは髪をかき上げる。
「で、報酬は何が欲しいの? 金? 土地? 人?」
ハティは、俺の腕に抱き着いて言う。
「ドワーフを紹介してくださいまし」
「ドワーフ? 街に沢山いるじゃない」
「紹介して欲しいのは、ゾルゾグー・ガルバン・ド・ガ。竜の爪から剣を打ったと噂される方ですわ」
「そのドワーフなら知り合いだけど、というか夕食はいつもうちの店。お得意様よ」
「ではお願いしますわ」
「だから、なんでよ? 竜の爪で武具を作るのは禁忌とか言うの?」
「違いますわよ」
「理由を言いなさいな。そもそもあれは、竜の爪じゃないわよ。ねぇ? ラナさん」
「そうね。竜に近いことは近いけど、“なりそこない”のモンスターね」
エルフとランシールが頷き合っている。
有名な武器なのか? 聞いたことないけど。
ハティは、やや不満そうに2人に言う。
「知っていますわ。概説として竜と言っただけ。強さを求め、竜の死骸を食った女。その果ての姿。名前は確か、ロラ。ヒューレスの伝説に出て来る大蜘蛛のモンスター。そちらのエルフ様と因縁のある存在ですわね」
ランシールは首を傾げた。
「解せないわね」
「話を逸らしたのはそちらですわ。概説とはいえ、竜の爪と言われている以上、話を伺っておきたいのです。その剣は前の降竜祭の時、白鱗公の鱗に傷を付けたとも聞いていますので」
「話を聞く程度ならいいわ。紹介してあげる。でも、武器作りは諦めなさいよ」
「引退したので?」
「現役よ。でも、ここ10年剣は打っていないわね。凝った調理器具の作成にハマっているみたい。依頼してるのは、うちなんだけど」
「では、お願いしますわ」
「仕方ないわねぇ」
話はまとまったようだ。
エルフは、もう更衣室からいなくなっていた。
ランシールも更衣室から出て行こうとして、一言。
「ハティちゃん、お昼は忙しいから覚悟してね。フィロちゃん、今日はもう帰っていいわ。“肩の傷”を早く治しなさいね。次の仕事はすぐよ」
「かすり傷だ」
隠していたのに、この野郎。
ハティと残され、少しの沈黙が訪れた。
「フィロさん、やっぱり怪我してたのですね? 見せてくださいまし」
「大丈夫だ。本当にかすり傷だ」
「いいですか。私は怪我をするなとは言いましたけど、隠せとは言っていません。しかも、アリスには言うなんて」
これ正解はなんだ?
とりあえず、
「気を付ける。次は絶対に怪我をしない」
また誓っておくか。
「だからそうじゃなくて………いえ、今は隠した傷より隠せない傷の方が大事ですわ。少し前から、フィロさんの剣によくないものを感じています」
剣が、微かに鳴った気がした。
「厚かましいとは思いますが、捨て置けない禍々しい力です。けど、武具は門外漢なので私にはわかりません。ので、専門家に相談してくださいまし。竜に“なりそこなった”女の爪。それは呪物に近い特性を帯びている。それを扱ったドワーフなら、何かしらの知恵があるでしょう。今後使うにしても、捨てるにしても、益はあるかと」
「だから、ドワーフか。それは助かる。ありがとう」
先の幻覚が剣由来のものなら、呪物を扱ったドワーフに相談するのが最良だ。
俺の知能とコミュニケーション能力じゃ考えも付かなかった。ハティは凄いな。
「お礼はいいですわ。あの、ところでこれ痛みます?」
腫れた頬に触れられた。
温かいハティの手が冷たく感じるほど熱を帯びている。
「肩の傷より痛い。そんなもんだ」
「ごめんなさい。仕事サボってアリスとああいうことしてたと思ったら、驚くほど自分が抑えられなくて」
「あーまあ、どっちが悪いというよりタイミングが悪かったということで」
なんだかおかしくなり笑い合う。
自然とお互い口を近づけ――――――無遠慮に更衣室の戸が開いた。
仁王立ちのソーヤがいた。
「働け」
『はい、すいません』
2人で声を揃えて謝った。
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