<第一章:狂夜祭> 【03】
【03】
「あれ? どっかで見たことのある顔っスね」
「き、気のせいだ」
マニに迫られ、俺は思わず顔を逸らす。
「さっさと着替えて仕事にかかれ」
「はーい」
ソーヤに言われ、マニは地下に行った。
足音が消えるのを確認して、俺は口を開く。
「おい、ソーヤッ。今の奴は何だ? どうしてここで働いている?」
俺に対する当て付けか!?
「知り合いか?」
「知り合いだった。色々と話せない込み入った事情のある知り合いだッ。どうして働いている!?」
「少し前にフラッと店に現れて、やけ食いやけ飲みした。うちの店の酒は高いって念を押したのだが、ガバガバ飲んで普通に金が足りなかった。で、働いて返してもらってる」
「幾らだ?」
「金貨で20」
「俺が代わりに払う」
「駄目だ」
「何?」
金の問題だろ。
「ありゃ男で苦労するタイプの女だ。ここで男が甘やかしたら、悪い勘違いをする。そのうち取り返しがつかない酷い目に遭うな。あと、単純に金にだらしない。彼女のパーティメンバーにも『お願いします』と頭を下げて頼まれた」
「う、うぐ」
心当たりがある。沢山と。
ここで働いてマニが生活を改めるのなら良し、なのだが、どんな顔で一緒に働けというのだ?
「おはようミャー!」
元気よく別の声が響く。
褐色肌の猫の獣人だ。何度か見たことのある店員だった。
「はい、おはよう。今日も遅刻だな」
「お腹減ったミャ。空腹じゃ働けないミャ!」
遅刻して飯を要求とか、この店員大丈夫か?
「あーはいはい、何食べたい?」
「唐揚げの甘酢炒めと、サラダが欲しいミャ。胡麻ドレッシングをドバドバにかけて。あと~卵サンド!」
「わかったわかった。さっさと着替えろ」
「は~い」
ソーヤとシグレは、注文の料理を作り出す。
ふと、静かな気配を感じた。
自然と身構えてしまうような気配だ。
掃除用具を持った銀髪のエルフが現れた。服装は俺と同じ、長い髪をポニーテールにしている。
『………………』
俺たちは見つめ合い。
向こうは箒を構え、俺は包丁を構える。
「キャプリ、来てたのか。出勤したら挨拶しろって、いつも言っているだろ」
「………………」
「おい、ソーヤ。マニといい、こいつといい、俺に対する当て付けだろ?」
これはもう確定だ。
「何を言っているんだ」
「俺は、このガキに毒矢を射かけられ死にかけた。シグレちゃんもその場にいた」
「シグレ、知ってて雇ったのか?」
このガキ、シグレが雇ったのか? どうしてまた?
シグレは手を動かし、俺らを交互に見ながら困った表情を浮かべた。
「ごめん、フィロさん。全然気付かなかった。お腹減って倒れていたから、見過ごせなくて働いてもらってる。真面目だし、もう、たぶん、フィロさん襲ったりはしないよね?」
「………………」
ガキは黙ったまま、エプロンのポケットから鶏卵を取り出し、俺に差し出す。
「意味がわからない」
「ゆで卵だよ」
「シグレちゃん、そこではなくて」
「あ、友好の証?」
「毒殺しようとした相手から食べ物を貰えるか?」
「大丈夫大丈夫、うちでそんな毒の混入とかないよ。ね? おかーちゃん」
「そうだそうだ。うちの店でそんなことしたら、一族郎党欠片も残さず消し去るぞ」
飯屋の主人の冗談はともかく、俺は一考してゆで卵を手に取った。
片合掌で祈る。
「おいでませ我が神よ。喰らう者バーンヴァーゲン」
「ヴァ」
呼んだ? と芋の間から白い毛玉が出てきた。
「おおッ、バーンヴァーゲンだ。珍しい神様だな」
歓声を上げるソーヤ。
俺は、我が毛玉の神にゆで卵を食べさせた。ポリポリと我が神は卵を食す。ついでに芋の皮も差し上げた。
「おい、エルフのガキ。お前のゆで卵は我が神の供物にしてやった。変なもん入っていたら、とんでもない天罰くらうから覚えておけ」
こくこくとガキは頷く。人形みたいに表情が一個しかない。何を考えているのかさっぱりわからない。
「フィロ、もしかしてその神は、残飯や生ごみを食ってくれるのか?」
「基本何でも食べるが、ゴミは食わせないぞ」
これでも俺の神様だ。
残り物を食わせることはあっても、生ごみなんてあげれるか。
「お前さん。今、芋の皮を」
「僕の手から食わせたものはゴミではない。供物だ」
「物は言いようだな」
こっそり芋そのものもあげた。
ガキは、キッチンを出て客席の掃除をしだす。
毛玉を肩に載せたまま、俺は芋剥きを淡々と続ける。
遅刻した2人が、制服姿で地下から上がって来た。
丁度、キッチンの作業台に料理が並ぶ。
唐揚げの甘酢炒めと、千切りキャベツに胡麻ドレッシングをかけたもの、みっちり具の入った卵サンド。
「美味そうっスね。自分もお腹減ったっス」
「あげないミャ!」
料理を独占しようとするカロロを、ソーヤが追い払う。
「多めに作ったから皆で食べろ。キャプリ、お前も掃除止めて食え。フィロも食え。入らないなら神様に差し上げろ」
「いや俺は」
しまった。
芋の皮が剥き終わってしまった。
「まあまあ、遠慮はなしっスよ。ここ、給料は安いし人使いも荒いけど、賄いだけはお得で美味しいっス」
「マニ、お前の借金してるの忘れてないか?」
「アハハ~、今思い出しました~」
お前の将来が心配だ!
と、口に出そうになるのをグッと堪えた。
手持ち無沙汰で落ち着かないので、俺も飯の前に行く。シグレが取り皿とフォークとスプーンを用意する。
カロロは、素手で唐揚げを頬張っていた。
「はぁ~給料安いけど、ここの料理は最高ミャ」
「え、先輩も借金してんスか?」
「してないミャ! 借金抜きにしても、ここの給料は安いミャ!」
「他所の店に比べたら高いぞ」
ソーヤの訂正が入った。
「ミャーという稀有な才能には、今の給料の3倍が適正価格ミャ」
「稀有?」
その言葉に、俺は思わず反応してしまう。
「ミャーは凄腕の密偵なのミャ。こんな飯屋で燻らせていてはいけない才能ミャ」
「ソーヤ、本当か?」
嘘くさい。
「カロロはこう見えても元密偵だ。レムリア王に雇われていたが、国が荒れたら逃げ出して、ランシール王女の統治になってからしれっと戻って来た」
レムリア王の密偵? ………へぇ。
「どんな職場も怪しいと感じたら逃げるが一番ミャ。人間、自分の命が一番大切なものミャ」
「宝物庫から色々持ち逃げした奴が言ってもなぁ」
「ごふっ」
カロロは唐揚げを吹き出しかけた。
なんだ、ただの盗人か。
俺は、卵サンドを頂く。荒く砕いた半熟卵の入った卵サンドだ。噛むと濃厚な黄身の味が広がる。マヨネーズもまろやか。旨味が深い。パンもフワフワ。ハティは絶対気に入る。食べさせてやりたい。
「ヴァ! ヴァ!」
卵サンドを半分こにして毛玉にあげた。見たことのないテンションで貪っていた。エルフのガキも卵サンドを夢中になって食べていた。
もりもりとサラダを食べながら、マニが俺を見て言う。
「して、あんたは誰なんスか?」
「………………」
心音が一つ高く跳ね上がる。
ソーヤは、俺の背中をバシバシ叩いて言った。
「フィロ・ライガンだ。こいつは問題児だぞ。今も他の冒険者に対する暴行と略奪を疑われて、嫌疑が晴れるまで預かっている。あんま関わるな」
「問題“児”って歳じゃねぇよ」
馴れ馴れしく触るな。
「へぇ~強いんスか?」
「ま、まあまあ」
興味ありそうなマニの視線から目を逸らす。
カロロが割って入って来た。
「マニ、気を付けるミャ。ライガンは冒険者にとって『最悪』の代名詞ミャ。関わって得することなんて何もないミャ。それを店で預かるとか、旦那さん頭おかしいミャ」
同感だ。
「へぇー凄いんスね!」
マニは、目をキラキラさせていた。
駄目だ、こいつ。男を見る目が終わっている。誰か何とかしてくれ。
ソーヤお前、ホントどうにかしろよ? 責任もって。失敗したら恨むからな?
「おはよ~」
また店員が現れた。
銀髪の狐の獣人だ。早朝には似合わない色香を振りまく熟れた体。アリステールと違った“本物”の冷たさと魔性を感じさせる美貌。男が平伏したくなる鋭い目付き。
ヴァルシーナさんだ。
ザ・冒険者の国の女だ。
「あら、フィロちゃん。来たのね」
「どうも」
「他の子たちと仲良くできそう? 変な絡み方する子はいない?」
「いえ、特に。今のところは」
『………………』
周囲を見ると、マニ、カロロ、エルフのガキが、ガッチガチに固まって緊張していた。飯を食べる手も止まっている。カロロなんかは、額に冷や汗を浮かべていた。
「みんな仲良くね? わかってるわよね?」
『はい!』
3人の軍隊ばりの返事が響いた。
フフッ、と笑いながらヴァルシーナさんは言う。
「旦那様。フィロちゃんに配達を頼んで良いかしら? 急ぎなの」
「ん? 出前何かあったか?」
「ワタシの私用」
「んん………? まあ、別に構わんが」
「はい、決まり~♪ フィロちゃん、これお願いね。急ぎで、走って、今すぐに」
「あ、はい」
ヴァルシーナさんから包みを渡される。
「配達先はこれね」
メモも渡された。
「はい、行って行って~」
「………………」
背中を押され、店から追い出された。
外の空気が美味しい。
助かった。あのままマニと同じ空間にいたら、心臓が持たなかった。
メモを広げ、配達先を確認。
「あ?」
場所は、【猛牛と銀の狐亭】だった。
凄く嫌な予感。
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