<第一章:狂夜祭> 【02】


【02】


 城に連行され、あることないことを根掘り葉掘り取り調べをされ、夜が更けてから帰宅が許された。

 今は、馬車から街で馬鹿騒ぎする冒険者を眺めている。

 同じことを50回近く説明させられた。取り調べの常套手段とはいえ、腹立たしい。

「俺の無罪は証明された、よな?」

「無罪なのは明白だ。お前さんの話を信じれば、な」

 と、ソーヤが言う。

 理由はわからないが、引受人として彼女がやって来た。

「信用してないのか」

「ライガンの悪名もそうだが、王女の前で刃傷沙汰起こしてる奴だからな。正当な理由があるとはいえ、海運商会長を殺って一回除名をくらってる。一方で、訴えを起こしたラスタ・オル・ラズヴァは先王の親戚であり、彼を慕う冒険者はとても多い。信用できる人物だ。ちょっと親馬鹿というか、遅くできた子供だから可愛いのだろうけど」

「ハッ、面倒くせぇ」

 アリステールの予想は、全部当たっていた。俺がボコった女は、ラスタ・オル・ラズヴァの娘だった。

 で、親が出て来て王女に訴えたわけだ。

「【ライガン】と【ラスタ・オル・ラズヴァ】じゃ。後者の言葉を優遇する、為政者として、親類として、当たり前だよな」

「へぇへぇ、政治と身内ヒイキですか。あんが来た理由は?」

 無意味に飯屋の主人が城まで来ないだろう。

「今回のは、お前さんが正しいよ。だが、信用とは正しさだけじゃ勝ち取れないものだ。そういうことで、ちょっとうちで働け」

「いや、理解できん」

 どうして飯屋で働くことになる?

「僕は、王女と親密な付き合いがある。その僕が、お前さんの働きを見て“信用できる”と判を押せば、彼女も安心する。“狂犬じゃなくて人間だ”ってな」

 狂犬と思われていたのか。

 うんまあ、当たりは沢山ある。

「飯屋で何しろってんだよ」

「普通に働け」

「普通ねぇ。そんなんでいいならやるが、そんなんで王女が納得するのか?」

「僕は信用されてるからな」

「………どうやって王女に取り入った?」

 娘をダシにとか言わないだろうな?

「彼女の弟がクソ野郎でな。僕の女をレイプしようとしたから射殺そうとしたところ、その当時、城の小間使い兼護衛だったランシール王女が立ちはだかったので、彼女にボコボコに矢を浴びせて蹴り飛ばして気絶させた」

 思っていたのと全然違った。

「あんた、結構、アレな性格だったんだな」

 王族を射かけるとか、頭おかしいだろ。

「大変だったのはその後だ。レムリア王と、当時のエルフの王に囲まれた。僕の人生、死を覚悟したことは沢山あったけど、あれほど『あ、終わった』と思ったことはない」

「さいですか」

 こいつ俺と違うベクトルの馬鹿だな。

「その後は、なんやかんやで切り抜けて………ま、つまらん自慢話になるから止めておくか」

 助かる。他人の自慢話ほどつまらないものはない。

 馬車が停まった。

 家の前だ。

「明日、朝の早鐘鳴るくらいに店に来い」

「了解だ」

 俺は馬車を降り帰宅。

 遅くなった事情をアリステールとハティに説明して困惑させた。


 そして翌日。


【冒険の暇亭】に出勤。

 大昔にやっていたバイトを思い出す空気感。店の裏口の扉をノックする。

「何ッ、来たのか!」

「遅かったのか?」

「いや、時間通りだ。時間通りは良いことだよな。うん、驚いたが」

「ん?」

 出迎えたソーヤが困惑していた。

 キッチンを通り、店の地下に行き、控え室に案内される。

「これ着替えだ。貴重品は………」

 俺は完全武装である。

 水と食料があれば、ダンジョンに行ける状態。ライガンである以上、街に出るならいつ如何なる時でも戦える状態にしている。

「店内で帯剣されちゃ困る。ここに預けてくれ」

「断る。ルミル鋼の剣を持っているんだぞ。補償できんのか?」

 並んだ戸棚をパカパカ開ける。

 木造りで鍵もなし。あったとしても簡単にこじ開けられる。

「まあルミル鋼じゃな。うちも補償できんし。ちょっと待ってろ」

 ソーヤは、ガサゴソと上着の内ポケットを漁る。

「あ、これでいいか。フィロ、ちょっとデリカシーな部分を晒すからあっち見てろ」

「おん?」

 言われるまま壁を見る。

「もういいぞ」

 振り返ると、戸棚の1つが頑丈な鉄箱になっていた。細長くガンロッカーみたいだ。

「ほら、鍵」

 元の世界でよく見た鍵を渡される。

 魔法か? 祈りの言葉は? そもそも、こんな物体を出現させる魔法なんてあるのか?

「どうやった?」

「企業秘密だ。着替えたら上に来い」

 釈然としないが、着替えよう。

 その前に、装備品を全部外してマントに包んでガンロッカーに入れる。念のため、蜘蛛と最近手に入れたスクロール状の武器をベルトに引っ掛ける。この二つなら、傍から見ても武器には見えないだろう。

 渡された制服に着替えた。

 黒のズボンに白いシャツ。腰に巻くエプロン。ウェイターらしい服装である。

 備え付けの鑑で自分を見る。

「うわぁ」

 最悪だ。似合ってない。人相が暗すぎる。こんな店員が飯屋に出てきたら店を変える。

 俺みたいなのに働かせるとか、馬鹿なんじゃないのか?

 とまあ、ここで愚痴っても仕方ない。さっさと適当に真面目に仕事をして終わりにしよう。

 控え室を出ると、巨大な白い犬がいた。

「誰だ。貴様」

「え、臨時の従業員だ………です」

 普通に声をかけられる。

 神か? いや、蛇たちと似た気配を感じる。比べようもなく強いと思うが。

「そうか、謹厳実直に務めよ。摘まみ食いは死だ。我が所望した時は食い物を献上するのだぞ」

「あ、はい」

 犬は、ノシノシ歩いて食糧庫らしき部屋の前で寝そべった。

 怖い番犬だ。

 階段を上がりキッチンに移動。客席の倍はある広さに、調理機器や収納やら洗い場やらがみっちり隙間なく無駄なく配置されている。

「あれ、おはようございます」

「おはよう」

 黒髪ショートの猫の獣人がいた。小柄で猫らしいスレンダーかつしなやかな体付き、黒いワンピースから尻尾が出ている。若いのに大人びて見える美人さん。

 シグレだ。

「こいつ、しばらくうちで働くから」

 待っていたソーヤに頭を叩かれる。

 馴れ馴れしい手を弾いて言う。

「で、仕事は?」

「その前に、髪が邪魔くさいな。シグレ、香油で適当にまとめてやってくれ」

「は~い」

 パタパタとシグレは走ってどこかに行き、小瓶を手に戻ってきた。

 ばつの悪さを覚えながら中腰になる。

 細くて小さく、少しカサっとした手が俺の髪に触れた。くすぐったさと照れ臭さで顔が緩みそうになる。

「よし。どう、おかーちゃん?」

「うーん、まあこんなもんか?」

「………………仕事は?」

 母娘にジロジロと顔を見られて、他所を向いた。

「シグレ、仕事は?」

「芋の皮むきしてもらおうかな。沢山あるし」

 シグレは、キッチンの隅を指す。

 そこには、樽一杯の芋と椅子と水桶が置いてあった。

「わかったが、一個良いか?」

「ん?」

 首を傾げるソーヤに言う。

「俺は、人を殺したことがある。そんな人間の手で人様が食う物を触っていいのか?」

「お前、真面目だなぁ。僕は考えたこともなかった」

「真面目?」

 真面目なことか?

「手はしっかり洗え。肘までな。洗って落ちない汚れはない」

「あんたがそう言うなら構わないけど」

 キッチンの洗い場で手を洗う。

 石鹸で泡立て、指の間を余すことなく、爪も入念に、肘までもしっかりと洗った。

「………………」

 なんか、シグレの視線を感じる。

 気にせず仕事にかかった。

 椅子に腰かけ、水桶にかけられた包丁で芋の皮を剥く。種類も名前もわからないが、ジャガイモっぽい芋である。

 軽く芋の皮に刃を入れ、包丁を動かさないで芋の方を動かす。多少深く切っても皮を残さないように剥く。当たり前だが芽は抉る。見た目が悪いものは、ざっくりと切り分けた。

 10年通った店だ。

 どういう食品の形で料理を出しているのかは理解している。多少もったいなく切っても見た目優先だ。

 あれ? 楽しいか? 無心で剣を振る感覚と似てなくもない。疲労度は全然違うけど。

 さっさ、しゃくしゃく、芋を剥いていく。

 キッチンが賑やかになって来た。給仕服に着替えたシグレが包丁でリズミカルな音を奏で、ソーヤはフライパンで食材を炒め、鍋を回して味見をしている。

 色んな香辛料の匂いが広がる。中には、懐かしさを覚えるものもあった。

「そいや、フィロ。朝飯は?」

「食べてきた」

 ソーヤに聞かれ、芋を剥く手を止めずに答える。

「ほーん、メニューは?」

「薄焼きパン」

 ハティが早起きして焼いてくれたのだ。

「聖女様が作ったのか?」

「そうだが」

「ん、あれ? お前ってライガンを継いでから、ライガンの誰それと婚姻を結んだと聞いたような気が」

「そいつも一緒に暮らしてる」

「聖女様とか?」

「そうだが」

「ほ、ほーん」

 ソーヤは何か考えて、よくわからない様子で作業に戻った。

「へ? フィロさん結婚を? おめでとうございます。何かお祝いを」

 シグレに気を遣われた。

「いらん。でも、30階層に到達したら頼む。今は28階層まで行ったから、色んな問題をクリアしたら次は行ける間違いなく」

「はえー凄いですね。ついこの間まで、初級だと思っていたのに」

「運が向いてきただけだ」

「お祝いと言えば、【アウドムラ】なんですけど」

「ああ」

 運が向いてきた証拠品だな。

「あれ、色々と試してはいる最中なのですが………」

「はっきり言おう。不味い」

 ソーヤがピシャリと言った。

「毒でもあるのか?」

「単純に味だ。レムリア王の前の支配者、辺境伯・聖ディマストの記録にはこうある。『300日常温で放置するも腐敗せず、また害虫、害獣も食い付かず、土に埋めるも決して還らず。これは、反不滅的な肉塊である。中央から様々な香辛料、調味料を仕入れ試すも、その木クズのような悪味は決して変わることなし。冒険者共に悟られる前に廃棄す』ってな」

「そんなに不味いのか」

 猫の言う通りになってしまった。

 ただまあ、

「ソーヤ、金はどうする?」

「払うぞ。買うと言った以上、払うのは当たり前だ。味はどうであれ【アウドムラ】であることには変わりないからな」

「それはありがたいけど、そもそも食えるのか? んな腐らないものって異常だろ」

「消化は出来る。栄養価も高い。腹持ちも良い。だがな、濡れた段ボールの塊みたいな食感と、おがくずみたいな味が何とも足を引っ張っている。僕は一口で一生食べたくないと感じた」

 そんなの聞かされたら、俺も食いたくねぇよ。

「一緒に【アウドムラ】を試食した奴なんかは、『ハハッ! ソーヤさんこれオートミールですよ! オートミール牛と名付けましょう! ハハッ!』と騒いでいた」

「そりゃ不味いな」

 飼料の味そのままの家畜とか勘弁してくれ。

「ボクの頑張りが足りないだけ、なんとかするから待っててね!」

 シグレは頑張ってくれるようだ。

「あんま、無理はしないでくれ。俺は諦めた」

 オートミールとか、どうやっても美味くならないだろ。ありゃ、人間の食べるレベルに達していない食い物だ。

 会話が途切れ、俺は黙々と芋を剥く。

 母娘は慣れた手付きで下拵えを続けていた。

 小一時間ほど経過。芋は八割ほど剥き終わった。

 その時、

「おはようごいま~ス」

 急に獣人が現れた。

 視界の端に彼女を映して手が止まる。

「おはよう。ま~た遅刻だぞ」

「いやぁ~昨日飲み過ぎちゃったっス」

 彼女にソーヤは軽く怒る。

「ったく仕方ないなぁ」

「店長、そこの人は誰っスか?」

「今日から一緒に働く後輩だ。変に偉ぶるなよ」

 彼女は、赤く大きな瞳で俺を見た。

 長いウサギの耳、ボリュームのあるオレンジの長髪、あどけなさの残る顔つき。胸を隠す程度の短い前掛けとホットパンツ。少し履き慣れたブーツ。新品の槍を背負っている。

「どーも、自分マニっス。よろしく」

「ど、どうもヨロシク」

 知り合いだった後輩だ。

 帰りたい。

 今すぐ。

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