<第三章:死と呪いの花嫁> 【09】
【09】
「捨てるも何も――――――あ、いや、ここじゃ」
ただでさえ目立つヴァルシーナさんがいる上に、人の目を攫う美女が2人いるのだ。目立つったらありゃしない。
「そうね。場所を移しましょう」
ヴァルシーナさんに連れられ、俺たちは飯を持って店の地下に。
狭い個室だ。
大きいテーブルと椅子が置かれ、腰を降ろしたら自由に動けない。照明はやたら眩しい。
「ここはねぇ、常連さん向けの個室なの。人に言えない秘密とか、悪巧みとか、大事な商談とかを話す場所」
席に着く。
「で、フィロちゃん。あなたどうするの?」
「え、いえ、いや、俺は………」
言い淀む。
「はっきりしなさい! 男でしょ! ハティちゃんを捨てるの? それとも、新しい女は諦めてよりを戻すの? それとも両方!?」
ヴァルシーナさんに怒られた。
そりゃまあ、女性は怒るよな。変に誤魔化しても無駄なので正直に言うか。
「できれば、両方と付き合いたいかと」
「フィロさん、あなたこんな場所でも正直に」
あらためて本音を言い、ハティに呆れられた。
ヴァルシーナさんになら言ってもいいだろう。冒険者の街をよく理解している女性だ。口は堅くて当たり前である。
「まあまあ、ハティちゃん。後学のために覚えておきなさい。男は、“こういう生き物よ。”わかるわぁ、わたしもあの人の2番目の妻だったから。と言ってもわたしの場合は、既婚者だったあの人に、わたしから無理やり迫ったのだけどね。最初は、身持ちの硬いあの人に何度も拒否されていたのだけど、そもそも第一婦人はエルフでね。結婚もエルフの法。つまり、多婚してもいいのよ。それなのにあの人ったら奥手で遠慮して、やだもー」
『………………』
それ今、関係あるか? と俺たちは黙って食事の残りを片付ける。
てか、ヴァルシーナさん男いたのか。こんな超絶美人を放っておく男はいないだろうけど。いや、未亡人の可能性もあるか? 男の影が全然見えない人だし。隠すのが上手いだけの可能性もありそう。
彼女の話は続く。
「ちょっと昔のことだし、獣人に財産相続の権利がなかった時代の話だから、獣人女なんて適当にやることやって孕ませたら逃げる男ばっかりなのにねぇ、あの人はまぁ変なところが義理堅くて、子供二人できたら律儀に――――――」
「あの!」
ハティが意を決して話を止める。
「私たちの問題の、相談に乗ってくれるのでは?」
「あらら~ごめんなさい。つい昔話にのめり込んじゃったわぁ。年取るってやだわねぇ~」
目を閉じて笑いながら、手を振るヴァルシーナさん。
子持ちだったとは更に驚きだ。
割と話に食いついてしまった。
「フィロちゃんは、両方と関係を持ちたい。ハティちゃんはどうしたいの?」
「迷ってますわ。聖女の勤めがある以上、結婚はできません。そも、男性とお付き合いしていることや、関係があることすら隠さないといけません。これは、極当たり前のことですわ。私1人が尻軽と揶揄されるだけならともかく、他の聖女にまで悪評が広まりますから」
意外だ。
こんなことを話せるほど、この2人が親しかったとは。どこで接点があったのだろう?
「ヴァルシーナ、ヴァルシーナ。あ、思い出した」
黙っていたライガンの女が、急に喋り出す。
「諸王がご熱心だった女の名前ですね。噂では、冒険者の神【荒れ狂うルミル】の血を引く女だったとか。そして、これは騙りでしょうが、同じ名前の冒険者が先王の愛人にいた。もしかして、あなたは“どちらかの”血縁の方ですか? それとも容姿が似ていることにかこつけた騙――――――」
テーブルに腹をぶつけながら、ハティがライガンの女にヘッドロックをした。
「いだだだだだっ! 聖女様ッ急な暴力は困ります! 困ります!」
「黙りなさい黙りなさい黙りなさい。本当に黙りなさい。死にたいの? 死ぬ? 死ぬ?」
怖い怖い怖い。
ハティの目は本気だ。
「ぎゅあああああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 黙りますぅぅぅぅ!」
「そ、それくらいにしてやれ」
人に見られたくない聖女の姿ベストスリーに入った。
2人を引き離して、ライガンの女を俺の隣に座らせた。
「あ~懐かしいわぁ。わたしも馬鹿なことやっては、第一婦人にお尻を蹴られていたから」
ヴァルシーナさんは懐かしんでいた。
第一婦人がどんな女なのか少し気になる。もしかして、ソーヤのことか? やりそうという意味ではありうるな。
「ハティちゃん。男と女の関係なんて、外に漏れなきゃ何をしてもいいのよ? 外に漏れなきゃね。わたしだって――――――あ、流石にしつこいわね。止めておきましょ」
「それは、その、私も同意見ですわ。けれども………」
「惚れた男が別の女を抱くのは嫌よね。別に隠す必要ないわよ。嫉妬なんて誰でも持っている当たり前の感情なのだから」
「嫉妬だなんて、フィロさんを束縛するつもりはありませんわ。私の方こそ、仕事のことで好き勝手している身分ですから」
「確かにそうよね。ちょっと古い意見になっちゃうけど、女が仕事の都合で男を振り回すなんて考えられないもの。でも、ね。でもよ。あなたの感情をしっかりぶちまけてないと、後々フィロちゃんのことを刺し殺したくなるわよぉ。刺したら刺したで、自分の喉首も刺したくなるだろうけど」
ヴァルシーナさんも怖い目をする。
なんかハティと似た目だな。
「………………わかりましたわ。正直に言えば、結婚はしてほしくないです。フィロさんには、私だけを愛して欲しいです。この関係を他人に言えないのに、我がままだと理解していても………やはり、別の女と結婚はしてほしくないです」
「フィロちゃん、ほらハティちゃんがこう言っているのよ? 聖女様の本音よ? 男ならどう動くかわかっているわよね?」
「………まあ、はい」
頷く俺。
聞けて良かったと言うべきだな。
こうなったら、ライガンを潰す方向で名声を得るか。どのみち、爺と戦うことには変わりない。最初の計画に戻っただけのこと。
「そういえば、あなたお名前は?」
ヴァルシーナさんは、ほけっとしていたライガンの女に聞いた。
「アリステール・ライガンです」
「え? ライ、ガン? あのライガン? 騙りではなく本物の?」
「ええ、はい」
ヴァルシーナさんが驚いている。
「あのクソ爺に、娘がいたなんて初めて聞いたわよ」
「孫娘です」
「ああ、そうなのね。尚更聞いたことが………………でも、ライガン。ライガンねぇ。ライガンの花嫁と。あらら~まあ~困ったわねぇ」
たゆんと胸を揺らしながら、ヴァルシーナさんは考え込む。
自分で淹れたお茶を飲み干し、一言。
「ハティちゃん。女なら、馬鹿な男の所業を許しなさい」
「ちょっと!?」
意見が反転した。
「あのイカれた老人が、どういう気まぐれでフィロちゃんを花婿にしたのか知らないけど。フィロちゃんなら、新しいライガンとして御し――――――街に貢献できると思うの。聖女として誇らしいでしょ? 愛した男の出世は」
「らヴぁ、ヴァルシーナさん! あなた急激に意見変えすぎですわよ!」
「それはそれ、これはこれよ。まさかライガンに取り入るとは、フィロちゃんも驚かせてくれるわねぇ。やる時はやる子って思っていたけど」
「は、はぁ、どうも」
ぐぬぬっとしているハティの前では、褒められても喜べない。
そんなハティを真っ直ぐ見て、ヴァルシーナさんは言った。
「ハティちゃん、よく聞きなさい。大事なアドバイスをするから。………3人で愛し合うのも中々いいものよ」
「あなたは何を言っているのですか!?」
あんたは何を言っているんだ?
焦るハティを尻目に、ライガンの女は涼しい顔で言う。
「アタシは、寝所に聖女様がいても問題ありません。聖女様がどう乱れるのか興味もありますし」
「なっ!」
赤面するハティは可愛かった。
楽しんでる状況ではないけど。
「それに、ある本によると、多人数の性交の方が男性の精液は増えるそうです。アタシとしては、手っ取り早く子供を孕みたいので反対する理由はありません」
「そうなのよねぇ、人数増えた時の方が男って頑張るのよ」
この2人は、聖女様の前で何を言っているのやら。
「ふ、ふ、不埒ですわよ!」
確かに。
「ハティちゃん、なんとなしに聞き流していたけど。あなたフィロちゃんと肉体関係あるわよね? 今更、不埒はないでしょ。聖女の癖に」
「うぐっ」
聖女様は、痛い所を突かれた。
「フィロちゃんが既婚者なら、偽装に丁度いいわよ。聖女様が、既婚者の護衛と付き合ってるとは思われない」
「うぐ、うぐぐ」
ハティが苦悩している。
「いい機会だから、聖女辞めたらどう?」
「辞めませんわ!」
「フィロちゃんと別れる?」
「別れません!」
「なら、このまま隠して付き合うしかないわね」
「ぐぐぐぐ」
これ、悩み相談じゃなかったのか? 悩みが増えてない?
「あ、仕事に戻らなきゃ。ごゆっくりどうぞ。また何かあったら相談してね。フィロちゃん、ご結婚おめでとう」
ニコニコしながら、ヴァルシーナさんは出て行った。
『………………』
俺たちには沈黙が訪れる。
ああ、結局。飯の味がわからなくなった。
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