<第三章:死と呪いの花嫁> 【08】
【08】
いつもの【冒険の暇亭】に。
昼のこの店は様相が違う。
店の外にテーブル並べて客席を増やしている。キッチンも外にあり、客の目の前で調理をしていた。
そして人の数。
長い行列だ。店前の路地を埋め、角を曲がった先まで人が並んでいる。
荒っぽい人間が多いレムリアだが、混乱は少ない。城の衛兵が出張って、客の並びを整理しているからだ。
俺たち3人は最後尾に並ぶ。
俺、ライガンの女、ハティという並び。
ライガンの女は、俺の袖を引っ張りながら聞いてくる。
「何故、衛兵が?」
「あの店の昼飯は、国が補助金を出している。美味いものが安く食えるってことだ」
「ああ、国民の機嫌取り」
身も蓋もない言い方。
「冒険者は体が資本だ。良いもん食わないと良い体ができないだろ」
「先行投資というわけで」
「舌を肥えさせるという意味もある。金持った冒険者が粗食で済ましていたら、国に金が落ちないだろ」
「冒険者の安い舌には、安酒と肉があればいいって、お爺様が」
「お前はちょっと黙っていろ」
こんな場所で、冒険者の悪口を吐くな。
周囲の何人かに睨まれたぞ。
「あの、フィロさん。あのお店の店員に銀………いえ、なんでもないですわ」
ハティは、きょろきょろと周囲を見回していた。
そういえば、何度かこの店に誘ったが、嫌そうな顔で断わられていた。ここの料理は気に入っているのに、誰か会いたくない人間でもいるのか?
「ところで、旦那様。おすすめは?」
「お任せだ」
「選べないの?」
「そこは安いだけあって選択肢は少ない。美味いから問題ない」
「辛いものは苦手なんだけど」
「大丈夫だ」
急に列が動く。
20人くらいの集団が店から出てきた。全員、樽を被った丸っこい姿、ドワーフだ。
客層は冒険者だけではない。他職の人間や、女子供老人も多い。
「万人向けに作られた料理だからな」
「して、お値段は?」
女は、胸の谷間に手を突っ込んで財布を出そうとしていた。
俺は、それを止めて言う。
「外じゃ俺が金を出す」
「ごめんなさい。そういうのは大事だね」
俺にも体面があるのだ。
「私の出したお給料ですけどね」
「はい、そうです」
ハティは、笑顔のまま怖い顔をしている。
別にいちゃついたわけでもないのだが、日常会話なんだが、いえなんでも。
列がまた進む。行列の割には人の動きは早い。
食事風景は色んな意味で賑やかだ。
ヒーム、獣人、エルフにドワーフ、小人族や、昆虫? に似た変わった種族もいる。色んな種族が同じ物を食べているのは、この世界でも珍しいことだ。
しかし、思ったよりも静かである。
話し声は聞こえるし、笑い声も響いている。だがよく聞く怒号がない。酒がないのも理由だろうが、それだけ今日の飯が美味いのか?
確かに、良い匂いがする。
焼けた肉と香辛料、懐かしさの感じるソースの匂い。
滅茶苦茶、腹が減って来た。
人間腹が減ると口数が減る。
3人とも黙って列が進むのを待った。
しばらくして………………
「お次の方~何名ですかミャ~?」
やっと列の先頭に来た。
見たことのない店員がいた。褐色肌の猫の獣人だ。服装は【冒険の暇亭】の給仕服なのだが、手袋をしている。
俺は、指を3本立てた。
「3人だ」
「先払いで、銅貨3枚頂きますミャ」
他の客に手元を見せないよう、店員に銀貨を1枚渡す。
こういう安いサービスは、大目に払うのが冒険者間の暗黙の了解である。多少財布が潤った俺みたいなのは尚更。
「は~い、頂きますミャ」
店員は銀貨をポケットにしまうと、3人分の木製のトレイとスプーンを渡してきた。
「キッチンに進んでくださいミャ~」
少し進んでキッチンの前に。
料理とソースの入った大鍋が並び、珍しい炭火の火中には赤くなった鉄皿が並んでいた。
料理人は、黒髪の猫の獣人。シグレだ。
「3名様ですね~トレイ受け取ります」
俺たちはシグレにトレイを渡す。
凄い熱気の中、シグレが料理を開始した。
「今日のランチは、レムリア豚のヒレ肉と旬の野菜の炒め物です。ソースは、うちの店特製のデミグラスソースです」
熱々の鉄皿をトングで取りトレイに置く、その上で鍋から取り出した具材を炒めだす。
一口大に切られた豚肉、オクラ、芋、玉ねぎ、人参。元から火が入っているのか、炒める時間は少ない。付け合わせのパスタを添え、鍋から掬ったソースをかけ、あっという間に3人前を完成。
1分くらいで作り上げた。しかも、凄い熱気なのにシグレは汗1つ掻いてない。
濃厚なソースの匂いで、空腹の限界値を突破しそうだ。
「パンとお茶とスープは、席に着いてからお渡ししますね。ごゆっくりどうぞ」
笑顔と一緒に料理を受け取る。
他の店員に案内されて隅っこの席に着いた。
「なるほど、時間短縮のため、食器と料理器具を同じにしているのですね。まるで戦場の料理みたいだわ」
「………………」
得意げに語るライガンの女。
それをジト目で見るハティ。
たぶん、席の位置に文句があるのだろう。ライガンの女は俺の隣、ハティは俺の正面だ。自然とこうなっただけで深い意味はない。
「パンで~す。おかわり自由で~す」
パンの籠を抱えた店員がやってくる。
なんと焼き立てのコッペパンだった。
「俺は2つ」
「私も2つ。いえ、やはり3つ」
「アタシは1つで」
「はいはーい。スープもおかわり自由ですからね~」
行儀悪く、俺は即コッペパンを口にする。
表面がちょいサクっとしていて、中は熱くフワフワ。噛めば噛むほどほのかな甘みが強くなる。給食で食ったものよりも数倍美味い。
「美味しいッ、カツサンドのパンも美味しかったですが、一体何をどうやってこんなパンを」
ハティも感動していた。
「お二人共、スープもお茶もまだ。お行儀が悪いのでは? 特に聖女様」
「こんな美味しいパンを冷めさせたら、それこそお行儀が悪いですわ。あなた『早く食べて~』という小麦粉の声が聞こえませんの?」
「小麦粉は喋らないかと」
空気を読まない女のツッコミである。
別の店員がやってきた。重そうなスープの鍋を軽々と担いでいる。
「スープでーす。トマトとキノコ、その他健康にいい野菜と薬草の入ったスープだそうです。美味しいですよ~」
ちゃちゃっと、スープをジョッキみたいな入れ物に淹れて店員は下がる。
俺の好きなトマトベースだ。
「お茶は後でいいですね」
ライガンの女も食べ出す。
「あ、美味しい。流石、お爺様が話をするだけの店ですね」
食い逃げだけどな。
その代金を孫娘に払って貰おうなどと、ケチなことを俺は言わない。
遅れたが、
「いただきます」
手を合わせた。
『?』
女性2人が不思議そうに見えている。
「フィロさん。それたまにやっていますが、どういう意味ですの?」
「元の世界でやってた食事前のお祈りだ」
こういう習性は自然と出てしまう。
「いただきます」
ライガンの女は早速真似していた。
「いただきますわッ」
ハティもムキになって真似した。
ジュワジュワと音を立てる炒め物をスプーンで一口。
ソースは甘辛くコクがある。肉は柔らかくジューシー。野菜はホロッとしていて甘味がある。熱々であるが、パンと一緒に口に含むと丁度よく食べられた。
スープも一口。
酸味が強く、ショウガと薬草のピリッとした味が響く。口をリセットさせるのに丁度いい味だ。
炒め物、パン。
スープ、パン。
交互に口に含むと、無限に食える気がした。パンは3つにしておけば良かったと後悔する。
店員が近くに来たら頼もかな。
「フィロさん、パン食べたくありません?」
聖女様のトレイには、パンはもうない。
パン好きの食いしん坊を忘れていた。
「すいませーん、パンのおかわりください!」
「はいはーい」
近くの店員を呼ぶ。
「4つお願いしますわ」
「俺は2つ」
「アタシは大丈夫です」
「あれ? お茶がまだですね。すいませーん、お茶を」
店員が別の店員を呼ぶ。
「あらあら、ごめんなさいねぇ」
お茶を持って現れたのは、銀髪の狐の獣人だ。
デカイ乳と尻、色香を振りまく熟れた体つき。男が平伏したくなるつり目。氷のような冷たさと美しさを感じさせる美貌。レムリアの代表的な女性は誰かと聞かれたら、俺はこの女性ヴァルシーナさんを上げる。
ザ・冒険者の国の女だ。
店にいるのは珍しいことである。今日の混雑の原因の一旦だと思う。
「おぶっ、ラんがッ」
ハティがパンを噴き出しそうになっていた。
「あらあら~ハティちゃんじゃない。やっ~とお店に来てくれたのねぇ~」
俺たちにお茶を淹れながら、ヴァルシーナさんはハティに話しかけた。誰にでも愛想が良い人ではあるが、妙に猫撫で声な気がする。
「あ、はい。中々時間ができませんでしたので、はい」
ギクシャクするハティ。
珍しいな、こんな人前で慌てる姿は。しかも知り合い? どこかで会ったのか?
「ところで、フィロちゃん」
「はい?」
炒め物を頬張る俺に、ヴァルシーナさんが視線を移す。
「こ・ち・ら・の、ご婦人は誰かしら? もしかして、ハティちゃんのお母様?」
「年下ですけど? アタシ、フィロさんの奥様ですけど?」
怪訝な顔で返す、ライガンの女。
「奥様? フィロちゃんあなた、ハティちゃんはどうするの 捨てるの?」
「おぶっ」
今度は俺が噴き出しかけた。
ここでそれ聞く?
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