<第三章:死と呪いの花嫁> 【07】
【07】
居間のソファーに寝かせたハティが目覚める。
「酷い夢を見ましたわ」
「………………」
「聖女の任が解かれる覚悟で男性に告白して、結ばれた翌日に、その男性は別の女性を連れてきて結婚するとか言うのです」
「酷い話だ」
冷静に考えると本当に酷い。
他人が目の前で同じことやったら斬り殺すと思う。
「ねぇねぇ、この瓶詰め肉食べていい? それとも外に食べに行く? 近くに美味しそうなお店知ってるよ」
黒いドレスの女が、油煮の瓶を持って現れた。
「夢じゃない!」
「残念ながら」
俺はハティに胸倉を掴まれた。
「結婚するんですか!? 私以外の女と!」
「残念ながらする予定だ。でも聞いてくれ。ハティが駄目だと言うのなら破談にしてもいい。英雄には遠ざかるが、別の道を見つける」
「説明してくださいまし」
説明は大事だな。
今回のは、伝え方が一番大事な気がするけど。俺は口が上手い方じゃない。ありのまま伝えるしかできない。
「俺がそこの女と結婚する。ライガンの名前を貰う。英雄になる足掛かりにする。そんな感じだ」
「最近死にかけていたのは、ライガンと関わっていたからですの!? 物凄く悪名高い一族ですのよ! ここ数年で関わった人間の全てが行方不明になっています! 崇秘院からも決して関わるなと注意されていますわ!」
「へぇ~」
当のライガンは、他人事のように声を上げた。
「フィロさん、即破談にしてください! 私のためというより、あなたのために!」
ライガンの女が割って入る。
「それは駄目だよ。自分からライガンになろうと乗り込んできたのに、“やっぱ止めた”なんてできるわけないでしょ」
「つまりなんだ?」
断ったらデメリットでもあるのか?
「一族総出で潰しにかかるよ。もちろん、原因の聖女様も巻き込んで」
「崇秘院を相手に、戦争を起こすのですか?」
「場合によってはね。面子って大事だし、それで滅ぶのが人間でしょ」
同感だ。
こっちじゃ面子を守れない人間は人間として扱われない。冒険者をやっていると痛感する。
「旦那様も旦那様だよ。これから英雄を目指そうっていうのに、妻でもない女の意見に左右されるとか何考えてるの?」
「何って、大事な女性だし。雇用主だし。意見は無視できないだろ」
「え? この聖女様が大事な女性? 肉体関係ありの大事?」
「ま、まぁ、それなりに」
照れる。
「聖女の癖に、男性と関係もっていいの?」
「それ今はいいでしょ!」
ハティが怒鳴る。
ライガンの女は、瓶を開けようとしながら言う。
「雇用って、旦那様は聖女様に幾ら貰っているの?」
「金貨で20枚。30日で」
「安い。はした金。ライガンの冒険者にとってはね」
食い逃げする爺がいるのにか?
「フィロさんが名を上げたら、報酬を上げますわよ」
「聖女様が大金出せるの?」
「実家に頼めば行けますけど!?」
それはなんか嫌だ。
「実家に報告ってことは~聖女様も旦那様と結婚する感じ?」
「え、それは流石に、仮にも聖女ですから………あ、でもバレなければ………いえ、やはり駄目ですわ。隠し通せるとは思えませんし、託宣を完遂するまでは独り身ということにしなければ、既婚の聖女とかあり得ません」
先輩の聖女はあり得ないらしい。
「ああ、聖女の託宣ね。大変だよね。ちなみに、どんな託宣か教えてもらえます?」
「“東の果て、古き船の元、冒険者の王が封じた巨悪が蘇る。”と、いうものですわ」
「東の果ては右大陸のことで、船はちょっとわからないけど、冒険者の王と言ったらこの国の先王だよね。巨悪は………………心当たりが多すぎてわからないかなぁ。聖女様は、巨悪を滅ぼすの?」
「まだわかりません」
「そか、話し戻すけど。アタシは、旦那様と聖女様が別れて欲しいとは思ってないよ。聖女様がいた方が、旦那様が助かることあるだろうし。崇秘院と繋がりがあると有利なことも多い」
「あなた、フィロさんのことを好いていないの? 夫となる方が別の女性と付き合っているなんて」
「今は、特に好きではないかな。旦那様もそうだと思います」
「そうだな」
その通り。
欠片も愛着はない。
「でも、結婚てそういうものだよ。一緒に過ごしていれば嫌でも愛着が湧くと思うんだ。それでいて、子供が出来たら離れられなくなる。そんなもん」
こいつ、良くも悪くも男女関係が乾いている。
仮に俺が死んでも、翌日には別の男と再婚するだろう。考え過ぎか?
「うぎぎぎぎ」
聖女様が、あるまじき顔で苦悩して言う。
「つまり、表ではフィロさんはライガンの女と結婚し、裏では私とイチャイチャ愛し合う聖女とは思えない爛れた関係を築けと?」
反してライガンの女は、ケロッとした顔で言う。
「愛はさておき、アタシとも子作りはしてもらいます。妻の務めですから」
「………………」
ハティは、静かに横になった。
処理できる限界が来たようだ。
根が真面目な聖女様なのだ。こんな状況じゃ仕方ない。
「続きは明日にしよう」
「続きは来年くらいにお願いしますわ」
地の底に落ちたかのようなハティの声。
「来年には、アタシ身籠っていると思う」
「うぐっ」
ライガンはハティに止めを刺した。聖女様は寝込んでしまった。
男の俺が言ってやれることはない。
言ったら言ったで酷いことを言いそう。英雄になるのは絶対として、ハティも大事なことは確かだ。100万回は抱きたい。
けれども、本人が嫌と言うのなら構わない。さっぱり諦める。
ああ、俺もこの女と同じか。
男女関係について乾いた感情を持っている。もしかしたら、辛い別れを経験した者の特有の感情なのかもな。
「旦那様、瓶が開かない」
こいつは、まだ瓶と格闘していた。
「力ないな、お前」
「妻に腕力必要? 言っておくけど、アタシは弱いからね。ちょっと走っただけで息切れして動けなくなるから。でも安心して、夜の営みは頑張る」
「ふん!」
俺から瓶を横取りすると、ハティは蓋を開けて返す。
そしてまたソファーに横になった。
こんな時になんだが、腹が減った。家にあるものを適当に食いたいが、寝込んだハティを尻目に別の女と食事はキツイ。味がしないと思う。
瓶は締め直した。
「あ~」
残念そうな女の顔と声。
仕草や言葉は子供っぽいのに、体は実りに実っていてエロい。そういや、
「お前、歳幾つだ?」
ま、年上だろうな。
30前後だろう。
「19だけど? 行き遅れだよねぇ、たはは」
「若っ」
驚いた。
十代の体つきじゃないだろ。十代の子供がいる体つきだろ。
「私より若い!?」
跳び起きてハティも驚いていた。
ちょっと安心した。ハティも十代だったら、俺の感覚が完全にバグる。
「え~? アタシの地元では早いと13から、遅くても16には結婚してるよ。レムリアは変わっているね」
結婚の適齢は、地域差があるようだ。
「そんなことより旦那様、お腹が減って倒れそう。アタシ、食事抜くと翌日に体調崩すからさっさと食べさせて」
「外で食うか。馴染みの店がある。この時間は混んでるだろうが仕方ない」
女の手を取って外に行こうとすると、空いている手をハティに掴まれた。
「私も行きますわ」
「あ、いやでも、1人で安静にして考えた方がいいだろ?」
「行きますわ!」
「………はい」
鬼気迫る剣幕で迫られた。
3人で飯屋に行くことに。
味するだろうか? たぶんしない。
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