<第三章:死と呪いの花嫁> 【06】
【06】
「買い取ってくれ」
戦利品を店主の前に並べる。
普通の商会じゃ面倒になりそうなので、怪しい店に持ち込んだ。
胸の大きい怪しいエルフが営む店だ。
「盗品?」
「違う。れっきとしたダンジョンの拾得物だ」
「怪しいわね」
怪しい奴に怪しまれるとは心外である。
文句を言いながら、エルフは並べた杖を手に取る。
「これとこれ、これも、若い木に適当なガラスを付けただけの安物。でも、使い込んであるし魔力の残滓も濃い。亜流がよく使う、術者本人以外は扱えない触媒。つまりはゴミね」
そんな理由で、三本の杖がポイと捨てられた。
四本目を手に取り、エルフは少し顔色を変えた。
「まあまあの古い木に、まあまあの輝石。魔力の残滓が空に近い。これから魔法使いを目指す者には最適の触媒ね」
「幾らだ?」
「金貨で20」
高いが、思ったよりも高くない。
エルフは、最後の杖を手に取る。はてなマークみたいな杖だ。宝石は付いていないが、妙な感じがしたので持ってきた。
「………魔法使いの杖じゃないわ。ほら」
仕込み杖だった。
エルフが石突きを引くと、ぬらっとした刃が覗く。薄いが切れる暗殺用の刃物だ。
「全部合わせて、金貨21枚。文句あるなら他所に持っていきなさい」
「構わん、買い取ってくれ」
あわよくば一財産とか夢見ていたが、現実はこんなもんだ。よく知っている。
エルフから金貨の入った小袋を渡され、数えていると。
「後ろのそれも、買い取ってくれとか言わないでしょうね」
「売りものじゃない」
エルフは、俺の背後で倒れている女を見て言った。
ここまで杖と一緒で担いできたのだが、重いので床に降ろした。傍には黒猫もいる。
「じゃあ何なの? 人質にして身代金要求?」
「花嫁だ。こいつと結婚してライガンの名を貰う」
「ライガン? しかも攫って結婚? 相手が相手とはいえ、ろくでもないことをするわね」
褒められているのか?
あ、そうだ。
丁度いい機会だ。
金貨を1枚とりだし、店主に差し出す。
「ある神について聞きたい。【ミテラ】奴隷商人が信仰する神だ」
エルフは金貨を受け取る。
「炎の英雄ミテラ。堕落の英雄ミテラ。死霊王ミテラ。その三つの顔を持つ神よ。英雄の栄枯盛衰を表わすのに、よく名を挙げられる神ね。奴隷商人共が信仰しているのは、【堕落】の部分」
「英雄、だと?」
奴隷商人の神が英雄とは、気に食わない。
「弱兵を率いて、エリュシオンと諸王の二大勢力を退け、生まれた小国の自治独立を勝ち取ったの。間違いなく英雄よ。最初はね」
「落ちぶれたと」
「若くして英雄になった反動か、その堕落は凄まじく。とんでもない浪費で国に借金を背負わせ、大量の餓死者まで出したわ。国を追われた後は海賊に身をやつし、海を越えて人を攫っては金銭に変えた。商才があったようで、かつての敵であるエリュシオンや諸王とも上手く商いをして、『奴隷産業の父』と呼ばれる存在に成り上がったわ。そんなかつての英雄の姿を見て、【堕落の英雄】と世間は蔑んだのよ」
はた迷惑な堕落だ。
「そんな【堕落の英雄】だけど、海難事故であっさりと死んだわ。そして、ミテラの次の生が始まった。死者としての生。不死者として蘇ったミテラは、死者の軍団を率いて故郷に帰った。英雄のいない小国は一晩で滅ぼされ、ミテラは今も尚、その国で死霊の王として君臨している」
「………現存しているってことか?」
この世界の神々は、死した後に人々の記憶から生まれる。そう、思い込んでいた。
「何とも言えないわ。ミテラの故郷は、炎教が封印して誰も入れない。かの地で、まだミテラは存在しているのか? はたまた時の流れで塵になったのか? 毒と病の地に乗り込んでまで、確かめようとする馬鹿はいないわ」
「そこどこだ?」
「中央大陸の南部よ」
遠いな。
海を越えなきゃならないか。
「こんなこと聞いて何がしたいの?」
「ミテラを滅ぼしたい。と言ったら?」
「好きにしなさい。できるのなら」
神殺し。
蛇は、俺にはまだ早いとその術を語らない。念のため、乗り込んで倒すことを頭に入れておきたい。色々と準備や面倒が多そうだが。
「魔法使いとして、一つだけ言っておくわ。『人を殺すのは簡単だが、人の信仰を殺すのはとてもとても難しい』。過去の支配者。エリュシオンの王子の言葉よ」
「ふぎッ」
黒猫が奇声を上げた。
エルフの目が怪しく光る。
「へぇ変わった猫ね。不思議な魔力を感じる」
「幾らで買う?」
「銅貨1枚」
「安い売った」
屈んで猫の頭を掴む。エルフに引き渡そうとしたら、その胴体を女が両手で掴んでいた。いつの間にか起きていたようだ。
「っふぎぎいいいいい」
猫が面白い悲鳴を上げる。
「首だけなら幾らだ?」
「いらないわよ」
売れないか、残念。
気を失った猫から手を放す。
「旦那様。ぼられていますけどッ」
「あ?」
生まれたての小鹿みたいに、足をガクガクさせて女は立ち上がる。
「エルフを見たら詐欺師と思え、これは我が家の格言です」
「失礼ね。性悪じゃないエルフもいるわ」
自分はそうでないと否定しないのだな。
「その杖は、安く見積もっても金貨50枚の価値がありますッ! 20とか詐欺です!」
「じゃあ、自分で売りなさい。裏に流すのは無料じゃないのよ。手間賃や、口止め料を入れたらこんなものよ」
「うぐっ」
簡単に言い敗けた。
「大体これ、足が付いたら困るものじゃないの? 冒険者組合は通した? 元の持ち主のパーティが残っているかの確認は?」
「あ、アタシが間違ってました………」
弱っ。
素直に謝れるのは偉いが、弱っ。
「おい、帰るぞ」
女の手を引く。
エルフに喧嘩を売るのはもうごめんだ。
「待ちなさい」
なのに、エルフに呼び止められた。
「結婚すると言ったわね? 式はいつ? 私を呼びなさい。高い酒を無料で飲ませなさい。それで、今の失礼はなしにしてあげる」
「いや、式はあげないが」
趣味じゃない。他人に幸せなとこ見せても得はない。
「………ちっ」
エルフは、心底残念そうなしかめっ面を浮かべた。
女の手を引き店の外へ。
重たい足取りで家に向かう。
「あ、改めまして、今後とも末永くよろしくお願いします。旦那様」
「そうだな」
かしこまった花嫁に素っ気なく返す。
「もしかして、嫌ですか? 結婚」
「実際、結婚はどうでもいい。俺の興味は名を上げることだ」
「英雄になりたいのですよね! お爺様から聞きました! いい歳して子供じみた馬鹿な野望だって」
女の尻を叩いた。
「痛い! 言ったのはお爺様ですけど!?」
「お前の口から出たなら、お前の言葉だろ」
「確かに!」
色気むんむんの人妻みたいな見た目に反して、子供みたいな言動だ。
「言っておくが、あの爺を――――――」
殺して、という言葉を一旦飲み込みマイルドに言い直す。
「――――――倒して、名を上げられればライガンの名は捨ててもいい。場合によっては、即離婚してもいいぞ」
「お爺様を殺せますか?」
言い直す必要はなかったようだ。
「やる。とはいえ、向こうが敗北を認めてライガンの全てを俺に寄越すなら、殺さないでおいてやる」
「ないですね。お爺様は、【ライガン】に憑いた妄執そのもの。それを捨てて別の人生などあり得ません。むしろ、引導を渡すのが人として正しい」
「なるほど」
なら、生かしておいてやるのも一興か。
「殺せるなら、絶対殺してあげてください。ライガンの末として、あなたの妻として、お願いします」
「妻ねぇ」
重たい言葉だ。
家を前にして、更に重たく感じる。
「これから会う女性に結婚することを伝える。その反応次第じゃ、この結婚はなかったことにしてくれ」
「え?」
よくわかってない女。
俺は扉を開く。
「おかえりなさーい」
即、ハティがお出迎えしてくれた。
今日もいつも通り、太陽のような笑顔である。眩しくて溶けそうだ。
「あら、お客様ですか?」
「ハティ、驚かないでくれ。色んな事情が重なり、俺はこの女と結婚することになった」
「………………」
笑顔のまま固まったハティは、意外にも気を失った。
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