<第三章:死と呪いの花嫁> 【05】
【05】
この剣を造り上げた老人は、剣の完成と共に亡くなっていた。
その死に顔は、鬼のようだった。目撃した小人族が失禁するほどの形相だった。
鞘に収まった剣は、どうやっても抜けず。だが、悪冠と遭遇した時に自然と抜けた。
羽根のように軽く、刃は世界を憎むような禍々しさで閃く。恐ろしい切れ味で剣は敵を両断した。
暗い刃が微笑むのを感じた。
あの老人は、何を直し鍛え、暗い刃を成したのか? 何を思い、鬼のような顔でこれを見つめて死んでいたのか?
今となっては誰もわからない。
確かなのは、抜けば何もかも斬り捨てる必殺だけ。
透明な獣の体が両断され、赤く咲き誇る。
大輪の赤い花だ。
デロっとこぼれるのは、根のような臓物。
「へぇ」
獣の血が泳ぎ、剣に吸い込まれてゆく。
初めての現象だ。
殺すだけではなく、食うに値する敵だったのか。
「獣の王」
猫がよくわからない言葉を呟いた。
「なんだそれ?」
「時代の節目に現れる異常、支配者を喰い殺す存在だ。便宜上、いや経験上、僕らはそれを【獣の王】と呼んでいた。しかし、人ではなく、呪いでもなく、巨大な生物でもなく。ただの剣として現れるのは、初めてのことだ。まさか………あの蛇の力か?」
「秘密だ」
敵にペラペラ喋るかよ。
剣が獣の血を吸い切った。すると、わずかに重くなる。だが、まだまだ記憶にある剣には程遠い重さ。
獣の肉体は干からび塵になり、跡形もなく消えた。だがまだ、剣は鞘に戻ろうとしない。
柱の上部に切っ先を向ける。
薄々勘付いていたが、もう一匹いる。もしくは、もう何匹も。
「今の我らでは敵わぬよ。今日は諦めて戻れ、我が“兄弟たち”」
猫の声に応え、獣は消えた。
震え出す剣を乱暴に鞘に収める。親指で柄を押すも、溶接したかのように動かない。この力、俺が自由に使えるのもまだまだ先か。
「御しているのなら見事と言おう。使われているのなら、哀れと言うべきか」
「哀れ? そんな姿のお前が言うか?」
「痛いとこを突くな。年寄りの戯言だと思え、どのような力であれ、貴公のそれは『器物』に過ぎん。奪われるのだ。簡単に揺らぐのだ」
「俺にしか扱えない剣だ」
才能があろうとも、他人が使えば噛み付く。
「“今は”な。世にうつろわぬものはない。肉体と精神に象られた魂のみが、唯一ひと時の不変と言える」
「盗られないように気を付けろってことだろ? はいはい、大きなお世話だ。当たり前だ」
近付いてくる猫を足で追い払う。
「う、う~ん。アリステールは食い気味に聞いてくれるのだが、なんだその邪険な扱いは。可愛かろう? 猫ぞ? 愛らしいぞ?」
「知らねぇよ。つまらねぇ話するな。蛇よりもつまらねぇ話だ」
「あれと比べてくれるな! 傷付くではないか!」
勝手に傷付いてろ。
猫が気を逸らした隙に襲ってくると警戒していたが、そんなことはなかった。
「さて」
敵も邪魔もいなくなったところで、装備品の回収だ。
「何をしているのだ?」
「何って、冒険者の役得だ」
俺は、死体を漁り出す。
「卑しいぞ。まるで野盗ではないか」
「“殺して奪う”と“死んでいるから貰う”は、大きく違うだろ」
良さそうな剣はあるが、重いのでそう何本も持って帰れない。
よし杖だ。
杖がいいな。杖にしよう。
高い物だと金貨100枚を超えると聞く。
「はぁ~やれやれ、こんなのが花婿とは。アリステールが不憫だ」
「ああ、結婚するのか。ライガンの孫娘と………」
そりゃライガンを継ぐわけだしそうなるよな。そういう話だ。この程度で継げるとは拍子抜けだが………………あ、やば。
「ハティにどう説明しよう」
全く、欠片も、考えてなかった。
密な肉体関係になるとは思わなかったので。
「ハティとは、あの聖女のことだな。アリステールと結婚するのだから、当然別れるよな? そも、どういう関係なのだ? 肉体だけの爛れた関係とは言うまい」
「肉体だけではない。しっかりとしたお付き合いをしている」
たぶん恐らく。
恥ずかしいことを言えば、精神的にも繋がっている、はず!
「なるほど………駄目だろ。よくないぞ。ただの恋愛感情で男と付き合うとか、聖女失格だ。聖女の神聖視を何だと思っている。処女であることは必要最低限の条件だぞ。世間が黙っていない」
「うるせぇなぁ。バレなきゃいいんだよ」
って、聖女様が言っていた。
「なんと不誠実な! 民草を騙すのか! 聖女のくせに!」
「民草は勝手に騙されているだけだ。でも安心しろ。アリステール? だっけ。そいつはしっかり娶ってやるよ。ハティを説得できるかは、ぶっつけ本番だけど」
「許すか! 男なら妻は1人と決まっている!」
猫が飛びかかって来た。
マントをバリバリ引っ搔くので、掴んで投げ飛ばした。華麗に着地しやがる。
「王子とか名乗ってる奴が何を言う。どうせ、ハーレムとか築いて女とっかえひっかえだったんだろ」
「僕が愛した女は2人。母と弟の妻だけだ!」
「そっちの方が不誠実だろ!」
横恋慕じゃねぇか。
「いいや、違うね。出会う順番が違っただけ、僕の方が弟より良い夫になれた」
「なったのか?」
寝取って。
「それが………………まあ、なんだ。ちょっとした気持ちのすれ違いで、殺し合いになった」
「はぁ」
怖い女だ。
「贈り物がいけなかったのか、女慣れしてない僕がいけなかったのか、弟の首を刎ねて船首に飾ったのがいけなかったのか。結局、母もそれが原因で気が狂ったし、あの女も僕を憎しみ以外で見ることはなかった。女とは複雑怪奇であるな。愛は難しい」
訂正、こいつがクズなだけだ。
蛇と違うベクトルのドクズだ。ゴミだ。猫の姿やめて、ボウフラになって小魚に食われろ。
「おい、ボウフラ」
「ぼ、ぼう?」
「お前の意見など、クソどうでもいいことが理解できた。弟の女欲しくて家庭崩壊させたゴミドクズが、二度と俺に女の話をするな」
「待て待て、家庭崩壊とまでは………あ、僕を含め他の兄弟も、あの女の信徒に殺されたわけだし。おおっ、僕が原因だ。失念していた」
なんだこいつの気持ち悪さは。
人間性がズレている。絶対にわかりあえないレベルのズレ。同じ言葉を喋っているだけの別の生物だ。蛇の方が、まだ人間味と可愛げがある。
猫は何やらまだ喋っているが、全部無視して杖を拾う。聞くだけ無駄だ。
選んで5本拾った。
たぶん高いやつ。古そうで宝石的なものも付いている。売って生活費にしよう。ハティに何か買ってあげたい。男の甲斐性を見せたい。そして、結婚することを話そう。
「あの~」
黒いドレスの女が、柱から半身を出してこちらを見ていた。
花嫁だ。
「アリステール! この男は止めておけ!」
「覚醒してから、なんとなく聞いていたんだけど。男女のあれこれは、アタシを交えて話してほしかったなぁ。それと、エッジブレンド君は? あなたが無事なら彼も――――――」
「何を言っているんだ?」
この女もおかしいのか?
「え、何って」
俺は、新鮮な肉塊と血だまりを指す。
人としての原形はないが、傍に落ちているルミル鋼の剣を見れば、誰なのかわかるはずだ。
「お前が殺したんだぞ。とぼけるな」
「アリステール、違うぞ。これをやったのは君ではなく――――――」
猫が女に駆け寄る。
「嘘」
女は真っ青になりよろめくと、吐いて気絶した。
「何を言うのだ貴公!」
「事実だろ」
「あの獣と彼女の意思は関係ないのだ! 入れ物にされているに過ぎん! 操っているのはギュスターヴの小僧だ!」
「そうか。大変だな。同情する」
自分でも驚くほど、言葉に感情がこもらなかった。
美人の不幸だ。
それなのに心が動かない。どうしてか今だけは、何故かピクリとも動かない。わずかに苛立ちすら覚えている。
「もしかして、気が合わないのか? 俺と」
この花嫁は。
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