<第三章:死と呪いの花嫁> 【04】


【04】


 一晩明け、朝。

 昨晩の熱情はなかったかのように、

「仕事が溜まっています。今日一日部屋に籠りますわ。食事は適当に済ませておくので、お構いなく」

 ドライな感じで、ハティは部屋に閉じこもった。

 朝からイチャイチャ、なんて考えていた俺が愚かだった。

 保存食を適当に胃に入れ、水を飲み、自室でくつろごうとして、

「はっ!」

 自分が冒険者であることを思い出した。

 完全にヒモ男ムーブをかますところだった。

 シグレから貰った食料をバックパックに詰め、水筒の水で満たし、カンテラや武器防具、マント、靴、地図筆記用具、方位磁石等々、エトセトラエトセトラ、冒険に必要なものをざっと点検した後、ダンジョンに向かった。



「本日のご予定は?」

「日帰りで20階層周辺の地図を埋める。以上」

「は~い。お気を付けてください」

 担当のピンク触手に予定を伝え、さっさとダンジョンに潜ろうとしたところ、

「あ、ちょちょちょ」

 触手に腕を掴まれ椅子に座り直される。

「なんだ?」

「ここだけの話なんですが、あなたと揉めに揉めてるライガンさん。近々捕らえることになりました。衛兵さんの邪魔しちゃ駄目ですよ」

「どうしてだ?」

「彼の所有している“あるもの”が、国を滅ぼせると発覚したので。それ以上は、秘密です」

 そういう意味の『どうして?』ではない。

 しかし、衛兵か。

 怪我させたら流石にマズいな。やるにしても証拠は一片も残せない。そんな器用なこと俺にできるだろうか? 蛇の悪知恵に頼るか。

「どうせなら賞金かけろよ」

 取り合いになるだろうけど。

「内密にしたいってことですよ。だから、“ここだけの話”なんですって」

「ふーん、なら衛兵に『俺の邪魔をするな』って言っておいてくれよ」

「初級冒険者が何を偉そうに。国にものを言いたいのなら、最低でも45階層を突破して上級冒険者になってください。そして、国の仕事を手伝いランシール王女に好かれること。これが一番大事」

「………俺って、割と王女に失礼かました人間なんだが、一回除名くらってるし。そこから好かれるってあるか?」

 ゼロが遠いマイナスの状態だと思う。

「あるあるのありです。支配者の度量は、フィロさんみたいな際物を上手く扱うことにありますから。実は、お気に入りだったりするのでは?」

「ないな」

「ハハッ」

 担当は、乾いた愛想笑いを浮かべた。

 俺は席を立つ。担当は最後に一言。

「フィロさん、なんか自信と余裕がありますね。しかも、物腰柔らか。なんか良いことでもありました?」

「………まあな」

「まさか、彼女出来ました? 聖女様を差し置いて? 浮気?」

 無視して去った。

 ズラッと並ぶポータルの前に行き、手かざしで数字を操作。20階層を選び、停滞する光の渦を潜る。

 目を瞑っても眩しい光に包まれ、次の瞬間には闇。

 一瞬で20階層に到着した。

 カンテラを点け、ポータル付近を照らす。

 親の顔より見た石床、石壁、石天井。加えて、かび臭さ、薄暗さ、肌寒い湿った空気。

 そういう要素が、冒険者としての感覚を呼び覚ます。

 しばらくぶりのダンジョンだが、問題なさそうである。

 とりあえず地図を出す。方位磁石も添える。

 左手沿いで始めよう。

「おい」

 付近に先客がいた。

 しかも、俺の足元に向かって何かを投げ付けてくる。蹴り飛ばそうとも思ったが止めた。爪先に当たったものが地図だったからだ。

 拾ってみると、ここ20階層の地図と記されている。隅々まで記載されていた。次の階層に降る階段も記されていた。

「何の用だ? 負け犬」

 地図を投げたのは、隻腕の剣士だった。

 なくした右腕を肩マントで隠している。

「チッ、そうだ。負け犬だ。認めてやる」

「そんなナリで復讐か。構わんけど、俺は前の何倍も強くなっているぞ」

 この自信と気迫、全身にみなぎる力、ハティのおかげで満ち満ちた再生点。片腕を無くした剣士に負ける理由はない。

「やる気はねぇよ。別に恨みもねぇ。がッ………………だが言っておく! 片腕を無くしたのは自分自身の判断ミスだ! 油断だ! おめぇの実力にやられたわけじゃねぇ! だが! だがな! 隻腕でも剣才に揺るぎはねぇ! 必ず元の何倍も強くなってやる!」

「へー」

 前向きな奴だ。欠片でも復讐を口にしたら殺すところだったが、本当に前しか向いていないようだ。

 見逃すべきか? 念のためやるべきか? 英雄としてはどちらが正しいのか? 度量が試され迷っていると、剣士は言う。

「地図に記された場所に行くぞ。爺が待っている」

「なに?」

 そんな言伝のために待っていたのか、ご苦労なこった。

 気になることが一つ。

「もう1人いるな。お前の連れか?」

 ダンジョンの物陰から、銀髪のガキエルフが出て来る。喉と片目に包帯を巻いていた。こっちはやる気のようだ。

「連れだ。万が一の時はオレが押さえる」

「え、お前らと行くの?」

「そうだ」

 うわぁ、嫌な臨時パーティだ。

 しかも、地図を渡すってことは俺がリーダーなのか? ………ま、条件付きならいいか。逆らうなら無視して帰ればいいだけだ。

「俺は最後尾だ。下手な動きを見せたら去る。それでいいな?」

「………おう」

 剣士は渋々了承する。エルフのガキは、俺を睨んだまま何も言わない。

「そこの通路を直進だ。進め。さっさと」

 地図を見ながら、負け犬二匹に命令した。

 剣士がガキの肩を押し、パーティは進む。

 負け犬たちは、モンスターには強かった。初撃で全て倒している。隻腕でも剣線に衰えはない。弓も小さいモンスターには一撃必殺だった。

 俺は地図を見ながら方向を指示するだけ。

 楽ちんである。

 そういえば、誰かと組むのはフィロ以来か? 久しぶりの感覚だ。とはいえ、こんな奴らと彼女とでは比べようがないけど。

「次の十字路を右だ」

「おう」

「………………」

 角で敵と遭遇。どこにでもいる動く人骨だ。錆びた武器を手にしている。

 3体いたが、一撃で両断された。

 少し歩き、また敵。

 今度はカエルのモンスターだ。人間の子供ほどのサイズ。舌を伸ばして顔面を貫こうとするが、矢に顔面を貫かれて死ぬ。

 倒したモンスターは放置して進む。

 俺は素材を獲りたいが、負け犬たちも素材を獲りたいようだが、こうもギスギスしたパーティだと、そういう隙を見せる行動はとれない。

 今回の冒険も儲け無しだな。

「次も右だ」

「おう

「………………」


「次も右」

『………………』


「右だ」

『………………』


「おい、右だぞ」

『………………』


 やがて敵と遭遇しなくなった。進路上の敵を狩り尽くしたようだ。

「右」

「おい!」

「あ?」

 剣士が文句あるようだ。

「同じ所回ってるじゃねぇか! さっさと目的地に行けよ!」

「警戒してんだよ。お前ら、どっかに罠張ってんだろ?」

「するか! 爺の言いつけに従ってるだけだ!」

「………………」

「ま、ここらに罠はなさそうだ。目的地にある感じだな」

「ねぇよ! 面倒くせぇ奴だな! 小者かよ!」

「俺が小者だとして、負けたお前らは何者だ? 極小者か?」

「意味わっっかんねぇ! さっさと進めよ!」

 意外。

 挑発したら襲ってくると思ったのに、抑えるとは。それほど俺の強さを恐れているとか? それはないか。増長してる? 俺。

「しょーがないな。ほら、左だ」

 普通のパーティなら即解散しそうな空気の悪さで、俺たちは進む。

 舌打ちと歯ぎしりが聞こえた。ストレスの音みたいだ。俺は、快適だけど。

 ほどなく目的地に到着。

 地図通り、狭い一本道だ。

 怪しい。罠の匂いしかしない。

「エルフのガキ。お前先に行け」

「!?」

 イラッとした目で俺を見るも、渋々ガキは先に進んだ。

 進んで………消えた。

『は?』

 俺と剣士は同時に声を上げた。

「おい、やっぱり罠だぞ」

「オレじゃねぇよ! 知らねぇよ!」

 確かに回りくどい。こいつなら、剣を振るった方が早いだろう。ガキも易々引っ掛かるのはおかしい。こいつら、本当に罠を知らなかったのか? だとしても、疑うしかない。

「じゃ、次お前が進め」

「なんでだよ!」

「罠じゃないのだろ? 先に行って安全を確かめろよ」

「いや、でも消えたし」

「はぁ? 消えたの罠ってことか? 適当なこと言いやがって」

「言ってねぇよ! 爺は罠なんか張ってねぇ!」

「じゃあこれ、なんの集まりなんだ? 知ってることを話せ」

「だから、爺に呼ばれたって言ったろ? あの先が目的地なんだろ」

「転移する仕掛けってことか、じゃ問題ないな。先に進め」

「て、てめぇ、人を顎で使いやがって………ああもう、進んでやるよ!」

 剣士はズカズカ進み。

 消えた。

 俺は、カンテラを取り外して掲げる。目を凝らしても何も見えない。床も特別な変化は見られない。

 転移トラップがあると聞いたことはある。これがそうか?

「帰るか」

 それが一番安全。

 安全だな。

 トラップに向かって進んだ。

 冒険者としての愚かさは、英雄の一歩だ。

 あいつらが消えた場所に立つと、視界が眩い光で一杯になる。

 目を閉じ、すぐ闇を感じ開く。

 ポータルと同じ転移感覚だった。さて、鬼が出るか蛇が出るか。

「ライガンはどこだ?」

 先に転移していた剣士に聞く。

「し、知らねぇよ。ここどこだ?」

 辺りを見回す。

 巨大な柱の並ぶ、広い空間だ。10年挑戦した巨人の間に似ている。

 気になることは沢山ある。

 転がる武器防具、人骨などが比較的新しい。しかも、軽く手直しすれば使える物が異常なほど多い。高価な魔法使いの杖すら転がっている。他の冒険者が立ち入る場所なら、こういう物は絶対に放置されない。

 ただ、鎧は別だ。

 まともな状態の物が一つとしてない。プレートメイルですら、グチャグチャに潰されていた。どんな力で破壊されたのか? まるで、冒険者に恨みでもあるかのような破壊跡だ。

 奥からエルフのガキも合流して、剣士と小さい声で何やら話している。ガキの背中には、先ほどはなかった高価そうな杖があった。目敏く拾ったようだ。

「出口を見つけたとさ」

「じゃ、行け」

 ガキと剣士を先に行かせる。

 妙な胸騒ぎを覚えた。

 ライガンもおらず、この2人がこの場所を知らないとなると、考えられることは一つ。

「ああ、来てしまったか」

 柱の影から黒猫が出て来る。

「そりゃ来るさ」

 2人は猫が見えも聞こえもしていない。独り言を呟く俺を奇妙な顔で見ていた。

「恐ろしい目にあうと言ったろうに」

「もっと具体的に言えよ」

「死と呪いだ」

「それが、わからんと言っている」

「人間、死んだら死ぬのだぞ?」

「どんだけ馬鹿にしてんだ?」

 価値観の合わない老人と話しているみたいだ。

 まだ蛇の方が話がわかる。

「で、死んだ後も苦しむのだ。アレの中で」

 女が現れた。

 黒いドレスの女。

 跪いて両手を重ね、目を瞑り、祈っている。

「アリステール様。どうしてここに?」

 剣士は女を知っているようで、無警戒で近付く。

 それがいけなかった。

 剣士は潰された。

 透明な獣の大きな手に包まれ、押し潰され、抵抗する間もなく人間の形を失った。才能はあったろうに、最後の最後まで油断して終わるとは、運のない奴だ。

「!?」

 ガキが声なき悲鳴を上げて飛び退く。

 それを追う獣に向かって、俺は足拾った剣を投げ付けた。剣は刺さらなかったが、注意は俺に向く。

「おい、ガキ。邪魔だから逃げろ」

 ガキは何も言わず逃げた。2回も助けてやったのに礼はなし。

「貴公も逃げよ」

「何故に?」

 猫に首を傾げる。

 跳んできた獣が、俺に両腕を振り下ろす。

 軽い鈴の音が響く。

 弾き飛ばされた獣は、柱に突っ込みそれを倒壊させる。


 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ。


 不快な音が響いた。異生物の威嚇のような音。

「“こいつ”が、ご立腹だとよ。前に食い損ねたことがな」

 刃から闇が滴る。

「なんだ、それは?」

「俺の剣だ」

 抜き放った剣は、月のない夜闇のように暗かった。英雄の剣と呼ぶには、“まだ”あまりにも暗く邪悪で歪な剣。

 剣の意思が聞こえる。

 もっと食わせろと、世にあってはならない異を全て食わせろと。飢えに飢えた意思が聞こえる。

 柱の瓦礫を跳ね除け、獣が吠えながら俺に突進してきた。

 その声が、夏の夜に吹く涼しい声に聞こえた。

 俺は、剣を担ぐ。

「一撃だ」

 獣を両断した。

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