<第三章:死と呪いの花嫁> 【01】


【01】


 お昼は、外で聖女様と仕事だ。

 文折。

 届けられなかった手紙を回収し、天に送る仕事である。

 その活動は一見地味だ。

 人通りの多い場所で佇むだけなのである。

 一応、文折の説明を書いた看板を置いているのだが、この世界の識字率はあまり高くない。冒険者となると、俺の体感だと5~6人のパーティで2人読めれば良い方。自分の名前すら、担当に代筆してもらっている人間もいる。

 それが恥とかいう話ではなく、学ぶにも金がかかる世界なのだ。金と環境があって学ばないのなら、恥でいいと思うが。

 そんなわけで、文字だけの看板など模様と変わりない。だからこそ、文折をする聖女様というのは人を惹き付ける容姿なのだろう。

 ハティの顔や、胸や、魅惑の太ももに釣られ、男が足を止めれば、連れの女も足を止める。男女が足を止めれば、興味のない人間でも興味がでてくる。

「あれ何してんだ?」

 なんて言葉が出たら、“囁き”の出番である。

 商会に雇われている呼び込みの方々に、文折の説明をしてもらうのだ。あくまでも自然を装って、出しゃばることなく簡潔に。

 その場で『じゃこれを』と文を出してくれることはない。覚えて帰ってくれるだけでいい。酒の席で話題になれば尚良し。ふとした切っ掛けで思い出してくれれば大成功だ。

 個人向けの文折は、地道で気を長くして待つ仕事なのである。

 組織向けの文折は、いきなりどっちゃりと文が届いたりする。

 ちなみに俺の仕事は、こういう場で文折関係なしで絡んでくる馬鹿や、セクハラをしようとする酔っ払いを地獄に落――――――穏便に引いてもらうことである。

「ほーん、文折か。僕の国でも一時期やっていたが、統治者としては焼く前に検める必要があったからな。見せろ見せろと圧力かけたらなくなってしもた」

 足元に置いた鉄籠の猫が言った。

 人質アピールのために連れてきたのだ。人質の価値があるかは疑問だが。

 ああそれと、この猫も蛇と同じで、俺とハティ以外には見えないし聞こえない。つまりは、この世界の【神】と呼ばれるような“高尚な存在”ではないということだ。

「実際のところ、貴公らも他人の手紙を盗み見ているのだろ? 送られなかった文とは恥部と同じであろうからな。気になるものだ。人の秘密はいつも甘い」

 うるさいので鉄籠を爪先でこつく。

「大体、聖女が人質とかあるまじきであるぞ。あるまじき! そも僕に人質の価値もないし、品位を落とすだけだ。さっさと土産の1つでも渡して解放せよ。うーむ、土産は甘い物がいいな。ジュマの“男漁り”共が売っていた菓子がいい。干しぶどうの入っているやつ」

 全く黙らない。

 蛇を置いてきてよかった。いたら倍うるさかっただろう。

 しかし、このまま猫の小言を聞きながら待つのは面倒だ。普通にうるさいし邪魔。

 お? 人が寄ってきた。

 俺は、自然体で警戒する。相手が子連れの老人でも警戒は変わらない。

「せいじょさま、おてがみ、おねがいします」

 5歳くらいのヒームの女の子が、聖女様に手紙を渡す。何度も書き直したのか、粗末なちり紙を使ったのか、紙はしわしわで端が破れていた。

「はい、承りますわ。誰に宛てた手紙か、聞いてもよろしいですか?」

「おとーさんとおかーさんに、とどけてください」

 察するに、両親に先立たれた子供か。

 こういう文折は割と多い。送れなかった手紙の大半は、送る相手が亡くなったからだ。

「確かに。必ず」

 聖女様は、受け取った手紙を腕のベルトに挟んだ。

 にっこりと笑い子供に聞く。

「ところでお嬢様は、どんな神様にお祈りしていますか?」

「りゅりゅりゅりゅしか!」

「まあ、【雷鳴のリュリュシュカ】ですか。雄々しい神様と関係があるのですね。では」

 聖女様は、どこからともなく手品のように、大きな鳥の羽根を取り出した。

 大人の二の腕ほどある青い羽根だ。彼女と深い繋がりのある神の一部らしい。

「【雷鳴のリュリュシュカ】。その恩寵を、色として小さき信奉者に表したまえ」

 羽根は、雷鳴の如く鮮やかな黄色に変わる。

「これは、あなたが神に祈った証。神が応えた証。差し上げますわ。神様と肉親を大事にしましょうね。あなたの祈りは、決して無駄になりませんから」

「はい!」

 羽根を貰った子供は、老人と手を繋ぎ嬉しそうに去って行った。見えなくなるまで聖女様は手を振り、振り返った子供と老人も手を振り返していた。

「生前の僕なら偽善と一蹴したが、“こうなってみる”と人の偽善も偽善と捨て置けんものだ。僕も文折で善行を積んでみるか?」

「誰が猫にモノを頼むか。てかお前、何ができんだよ?」

「僕を甘く見るな。あの蛇よりも色々できるぞ? たぶん」

 たぶんかよ。

 と、また人がきた。

 顔色の悪い優男だ。

 手紙の束を持ってきた。上質な紙に書かれた手紙だ。

 事情を聞くと、片思いの相手がいて思いを綴った手紙を書いたが送ることはできず、そうこうしているうちに、片思い相手は結婚してしまったとのこと。

「大丈夫ですわ。次の恋に繋げましょう」

 こういう色恋沙汰も割と多い。

 これだけ手紙を書けるということは、こっちの世界じゃ学もあり財もある方だろう。たぶん押せば行けたはず。恋愛は勢いなのだ。勢いが大事なのだと、昨日知った俺が内心したり顔で思う。

 聖女様は、手紙の束をバラして体に巻いたベルトのあちこちに挟んだ。

 男の信仰する神に2人で祈って終了。

 たまに、こういう流れで聖女様に告白する輩もいるが、『はい次の人~』と他所に持っていくのも俺の仕事だ。

 今、手加減できるかな? ちょっと不安である。

「ところで、貴公らは婚約しているのか?」

『おぶっ』

 突然の猫の言葉に、俺とハティは吹き出した。

「その反応を見るにまだか。大事だぞ、色恋の契約は。所詮、男も女も動物であるからな。性欲に簡単に流される。そういう時こそ、契約という言葉で己を律するのだ。我が父は、恋愛受け身クソ野郎であったから、迫ってきた女は手当たり次第に抱いていた。それはもう母を悲しませたものだ。そういう父の姿を見て育った我ら兄弟ももも――――――」

 鉄籠を振って猫を黙らせた。

 いきなりなんということを言うのか。このクソ猫は。連れてくるんじゃなかった。

 あ、また人がきた。

 猫籠を声の届かないところに置いて、護衛の仕事に気合を入れる。大事なのは自然体。空気になること。聖女様のように目立ってはいけない。

 そして、何かあった時は最速かつ静かに片付ける。何よりも大事なのは、ハティの聖女という世間体なのだ。それを傷付けるような行為を護衛がしては………………ハティの乳尻太ももがフラッシュバックした。首にかかる吐息の熱さや、吸い付いた肌の感触、甘い声も再生される。

 なんかもうしている気がする。

 お互いの合意の上なので、いや断っておくべきだったか? 一切の後悔はないし、なんなら今日帰った後も色々と楽しみでしかないが、元をたどれば俺が死にかけたことが原因だからやっぱ俺のせいか? 俺のせいだ。

 う、うーん。

 ハティに軽く小突かれた。

 これは俺の威圧が周囲に漏れてる時の合図だ。いかん、顔が怖かったらしい。

 珍しく大盛況だった。

 連続で10人も文を届けにきた。一日8人くれば盛況だと思っていたので、記録更新だ。

 やはり太ももか。

 エルフの助言通り太ももが呼び込んだのか? 俺の太ももだぞ? あ、駄目だ。完全に俺が聖女の世間体を壊している。だが、バレなければ大丈夫とも言う。

「ハティ、休憩にしようか」

「そうですわね」

 聖女様の小さい疲労を感知したので、休憩を進言した。無駄に考えた俺も疲れた。

 休憩に入ることを商会の呼び込みに伝え、2人で店の裏に移動しようと――――――なんか忘れていたと思ったら、猫の籠がない。

 呼び込みに聞いたところ、女が持ち去ったという。

 言えよと思ったが、あまりにも遅いので知り合いかと思ったとのこと。

 女の行方を聞いたところ、指した先にまだいた。籠を持ってよろよろと歩いている。目抜き通りの人混みにぶつかって進めていない様子。

「ハティ、ちょっと追って来る。人の多いところにいてくれ」

「了解ですわ」

 女を追った。

 おっそい。老婆と思う遅さ。ふらっふらで路地裏に入ったところで簡単に追い付いた。

「返せ。俺の物だ」

「こ、この、この猫はアタシのですけどッ」

 フード付きのマントを被った女だ。下には黒いドレスが見える。蒼白の肌には汗が浮かび、息が切れていて具合が悪そうだ。

 間違いない。あの夜に出会った女だ。

「猫が見えるってことは、当たりだな」

「僕も驚いている。まさか助けに来るとは」

 猫も驚きのようだ。

「すまんが、拘束する」

「そそそ、そういうのは結婚した後にして!」

 なんか、印象違う。

 初対面の時は妖艶な人妻風の女だったのに、なんだこの男慣れしてない生娘は。

「待て、アリステール。ここでその力はマズ――――――」

「は?」

 女を中心に衝撃が走る。

 瞬間、俺は空を飛んでいた。

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