<第二章:泥と修羅> 【06】


【06】


 朝食を買いに【冒険の暇亭】に来た。

 ハティは、ぐっすり眠りに落ちていたので、起こして朝飯の用意させるのは酷だと思ったのだ。

 お互い夜更かした。

 俺はほとんど寝ていないけど、体調はすこぶる良い。絶対安静とは何だったのかと思うほど、ほんと調子が良い。

「どうした? 何か気持ち悪いぞ」

 店の女主人は、いきなりの挨拶だった。

「ソーヤ、あんた最近良いことはあったか?」

「はぁ?」

「俺はあった」

「で、注文は?」

 聞けよ。

 そこは『どんな良いことがあった?』だろ。

 小石をぶつけられた気分で注文をする。

「青豆のサラダと、チーズ入りの卵焼き。あと………ピクルスの盛り合わせ、肉か魚焼いたのを適当に頼む。二人前、持ち帰りで。あ、食パンも一本」

「はいよ。オーダー! 持ち帰り! 青豆サラダ、卵焼きチーズ、ピクルス盛りにベーコン、全部二人前。食パンも一本」

 はーい、と厨房からシグレの返事。

 そちらは忙しそうだ。他の従業員も働いている様子。

「喜べ、パンは焼き立てだ。食べるなら早くな」

「わかった」

 待ち時間の間、いつも通りソーヤと立ち話をする。

「シグレちゃんに礼を言っておいてくれ。『解毒薬助かった』って」

「ん? 必要なかったと聞いたぞ」

「気持ちの問題だ」

「なら、直接本人に言っとくれ。今は他の注文で忙しいから駄目だけどな」

 あんたは暇だなぁ、と無粋なツッコミは止めておこう。

 一瞬店の外を見て、毒に関連した疑問を尋ねる。

「毒矢を使ってきたのは【銀髪のエルフ】だった。心当たりあるか?」

 この国のエルフは、ほとんどが金髪だ。珍しい容姿のエルフとなると、顔の広いソーヤなら知っているかもしれない。

「うぇっ、あいつらか。てっきり東の獣人連中だと思っていた」

 吐きそうなほど嫌な顔をして、ソーヤは語る。

「銀髪の連中は、5年ほど前に中央大陸から渡ってきた氏族だ。戦火で故郷を追われたとかでな。古い血族でもあったことから、ここいらのエルフの代表であるヒューレスの森のエア姫と――――――彼女も年頃だし政治的な理由もあってな、氏族の男と婚姻を結ぶことになった。本人はものすっっっごくイヤだと最後までゴネていたけどな」

「そんなエルフが、なんでライガンと組んでる?」

 場合によってはエルフ全体が敵になる。

「しかも、ライガンと関わってるのか。ろくでもねぇな。安心しろ婚姻は破断になった」

「破断?」

 あんまり楽しいことにはならないだろう。

「婚姻の祝いの席にはランシール王女も参加していた。先王とは違う破格の対応なわけだが、【銀髪の連中】には知ったことではないというか、そこで獣人差別をぶちかましてきた。『めでたい酒宴に、何故下賤な獣がいるのか』と、王女の顔にワインをぶっかけた」

 戦火で追われたって、その差別意識が原因じゃないのか?

「それでどうなった?」

「王女の護衛に、新郎を始めその親族はボコボコにされた」

 ソーヤは何故か、自慢気にファイティングポーズをとる。

「で、破断と」

「普通なら合わせて一族郎党揃って死刑だろうが、お優しい王女様は“なかった”ことにしてくれた。“エルフが王女に失礼かました”ってのが、国の連中に漏れると良好な関係であるヒューレスのエルフにも被害が及ぶ。ま、政治だ」

「へぇ………」

 皆殺しが一番じゃないのか?

「【銀髪の連中】は、当然ながらヒューレスの森を追われレムリアに住んだが、馴染めない連中ばかりで、最後に行きついたのが東の獣人族の森だ。皮肉なことに、連中のいう【下賤な者】しか拾ってくれなかったわけだ。そこからが更に良くない」

 良くない?

「これ以上堕ちる所がなくなると人間なんでもやる。東の獣人連中は、王女に敵愾心を抱いていてな。あっちもまあ、差別意識だ。女がデカイ面するのが気に食わんのだと。そういう連中の犬だ、今の【銀髪のエルフ】は。盗み、暗殺、人攫い、人がやりたくない金になることは大体やってる。古い血族の末にしては、お粗末な生業だな」

「王女はなんかしないのか?」

 ろくでもない連中なら滅ぼしてもらいたいもんだ。

「なんかって、なんだ? 皆殺しとかか? 害虫じゃあるまいし無理な話だ。連中は100人にも満たないが、1人でも狩り残したら遺恨が生まれる。長命種の恨みは面倒だぞ」

 蛇と同じことを言っている。

 それはそうと、

「もしかして俺、恨まれてる?」

「たぶんまあ、逆恨みコースだな。連中、一族の結束だけは強いからな」

「殺さないでおいてやったのになぁ」

「あの程度、冒険者ならあしらえ。腕の見せ所だぞ?」

「毒で死にかけたんだけどなぁ」

「次は当たるな」

 面倒な連中と関わってしまったようだ。

 ふと気づく。

「まて、その銀髪エルフ。ハティを襲ったりはしないだろうか?」

 やったら森ごと焼き払うが。

「それはない」

 ソーヤは、俺の心配をきっぱり否定した。

「崇秘院の母体組織が何なのか、馬鹿とはいえ古いエルフならよく知っている。聖女様に手を出すようなことはしないさ」

「なら安心だ」

 そういえば、ハティの所属する崇秘院については何も知らない。たぶん馬鹿でも知ってる偉い組織なのだろう。

 連れの俺を襲うなよと言いたいが、馬鹿に言っても無駄か。

「注文お待ち様です! 食パン、青豆、卵チ、ピクル、ベーコン、二人前。おかーちゃん確認して!」

「はいよ」

 注文ができたようだ。

 ソーヤが中身を確認して袋に詰める。防腐用の葉っぱを加工した袋だ。

「銀貨1枚と銅貨2枚だ」

 金を渡し、朝飯を貰った。

 他の客が来たので、さっさと俺は店から出た。

 あ、銀髪エルフとライガンとの関わり聞くの忘れた。たぶん、小銭で雇われたのだろうが。俺の頭じゃ他の理由が思い付かない。

 早歩きで家に向かう。

 通い慣れた路地裏。近道である。

 食パンが熱々だ。バター付けて食べたら美味いだろう。ハティも喜ぶに違いない。

 なので、

「おい、お前ら。襲ってくるならさっさと来い」

 振り返り、背後の集団を睨み付けた。

 目深にフードを被った6人。

 全員、俺の声と共に剣を抜く。

 路地裏の狭さから、同時に斬りかかれるのは2人か1人。人数の有利が死んでいる。さっさと襲ってくればいいものを、人目を避ける理由があるのか?

「やれ」

 命じられた1人が、剣を振り上げて迫って来る。

 あのガキと似た軽やかな動き。

「ああ、そこ危ないぞ」

 首が飛ぶ。

 銀髪エルフの頭部が転がる。主をなくした体から血が噴き上がった。

 返り血を避けるために大きく退いた。

 俺の肩には、金の機械蜘蛛がいる。

 路地に入った時点で、取り出して糸を張り巡らせていたのだ。

 あの剣士には通用しなかったが、首を狩る位置に見えない糸を張るのは良い手だと思う。

「死体は持って帰れ。退路は開けてある」

 1人が路地の壁を蹴って跳び上がった。

 上には糸を張っていない。良い読み。思い切りも良い。けれども、首のない死体に心臓を貫かれて絶命した。

 死体には、濃密に糸が絡まっていた。蜘蛛がそれで操ったのだ。

「お前、こんなこともできたのか」

 蜘蛛がギシャギシャと口を動かす。

 驚いたのは、急に使い方が理解できたこと。

 俺、成長した? 

 蛇の言う通り、女抱いたことで? ただの気持ちの問題?

「して、どうするよ?」

 残った4人は逃げ出した。

 路地裏から出る直前、糸に切断されて絶命した。

「逃がすわけないだろ」

 周囲を確認、敵の姿はなし。

 敵かどうか不明な――――――猫が一匹。

「前にも会ったな? 文句でもあるか?」

「抜いたのは、こいつらが先である。何の文句があろうか」

 痩せた黒猫は俺の足元に近付く。

「で、用は?」

「近々ライガンが動く。前も言ったが逃げろという話だ」

「だから逃げねぇよ。叩き潰す」

「今の妙技は見事と言ってやろう。だが、そんな次元では届かない相手が敵だ」

「そうか、朝飯が冷めるから後でな」

「聞かぬか! 善行を積むために渋々やっていることなのだぞ!」

 渋々かよ。余計に知るか。

 足に絡む猫を引きずって帰路に着く。

「一考してみよ! 一考でいいから! ちょっと街から去るだけでもいい! 旅行と思えばいいだろ――――――」

 猫が足から離れた。

 死んだように猫は倒れていた。

「死んだか?」

「空腹で動けなくなった。気にせよ」

 ぐぎゅぅぅぅぅぅぅぅと凄いお腹の音がなる。

「………そうか」

 まあ、空腹は辛いだろう。

 無視して歩いて帰り………………やっぱり戻って猫を拾ってしまった。フィロの顔がチラついたからだ。

「朝飯食ったら帰れよ」

 朝飯と猫を持って家に帰る。

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