<第二章:泥と修羅> 【05】
【05】
「本日の夕食は、肝と野菜の炒め物。肝の牛乳煮込み。肝の油煮。肝の揚げ物。肝の茹でサラダ。肝を………雑に炒めてパンで挟んだもの、ですわ」
肝肝肝肝、肝尽くしのメニューである。
血が足りないとはいえ、こんな肝ばっかにしなくても。
「あのハティ、これってなんの肝なんだ?」
「さぁ? 食料品店で人間の血肉になりやすい肝を適当に注文しただけなので」
「人間の血肉になりやすいって、ハハっ」
同じ人間のとかないよな? そんなもん出す食料品店は流石にないと思う。
「さぁ、召し上がれ」
ハティは極上の笑顔を浮かべていた。
帰って来てからこの笑顔である。なんか怖いので黙って食べる。
まず炒め物から。
「うっ」
苦い。
肝と野菜、どこを食べても苦い。若干の旨味や塩気も感じるが、全て苦味に奥へ追いやられている。
フォークを止めかけるが、気合を入れて噛まずに飲み込んで次。
肝の牛乳煮。
見た目が最悪だ。血を吸ったようなピンク色の牛乳の中で肝がプカプカ浮いている。恐る恐る牛乳をスプーンで一口。
生臭い。
実に生臭くて、やはり苦い。
深呼吸を一つ。一気飲みした。
どうしよう。口内の唾液どころか呼吸するだけで苦い。
歯を食いしばって次だ。
肝の油煮。
油煮は、この国ではポピュラーな保存食の作り方である。
たっぷりの油に食材を浸して時間をかけて煮る。するとパサパサにならず、ジューシーな仕上がりになる。しかも冷やすことで油が固まり、膜となって食材を覆い保存性が高まるのだ。
カロリーも高いので、冒険者の行動食にもってこい。
作り方も簡単らしいので、不味くなることはない。
油に浮かぶ肝をフォークで刺して一口。
こ、これは、ただ肝を油に入れただけだ! うん不味い! 普通に不味い! にっが! 素材そのものの苦さ! てか、なんでこの肝苦いんだよ!
「お口に合いませんでした?」
「そ、そんなことはないね!」
心を殺して一気食い。
不味すぎて眩暈がしてきた。
次は揚げ物。
嫌な予感を覚えながら、ベタっとした衣にフォークを刺す。
口に入れると………………これッ、これはッ、苦い物体にべっちょりした衣をつけただけのモノ! 不味さ据え置き!
吐き気を耐えながらサラダに。もう勢いでどうにかしないと駄目だ。手を止めたら一歩も進めなくなる。
茹でた肝と茹でたオクラに茹でた芋と茹でた根菜。肝の苦さは辛いが、味のしない野菜が一番美味しく感じた。
最後、いつもの平焼きパンに挟まれた肝。
パンは美味い。だが、中身の肝が不味い。ずっと不味い肝だった。そもそも、人が食える肝なのだろうか?
「ごちそうさま」
この不味さ、罰というのなら甘んじて受けよう。苦いが。
「フィロさんの食べっぷりに見とれてしまいましたわ。では、私も」
ハティもパンに挟まれた肝を食べる。
「うわ、不味っ!」
椅子から飛び上がるリアクション。
どうやら罰ではなく、ただ普通に料理が下手なだけだった。
不味さを共有したことにより、少しだけ空気が穏やかになる。食後に甘いお茶を飲み、交代でお風呂に入り、就寝前の挨拶をして、消灯し、戸締りを確認して、地下のベッドに横になり、激闘の一日が終わ――――――謝れてねぇぇぇぇぇぇえええ!
ベッドから飛び出て二階に上がった。
ハティの部屋の前で立ち止まる。
どう切り出すか。
開幕、土下座から腹切りに行くか? いやいや、ないない。血で汚すだけ。大体、謝罪するにもどう詫びを言うんだ?
『ことの最中に他の女の名前を呼んでごめんなさい』
よしこれで行こ、駄目だ。
マイルドに、オブラートに包んでかつ、誠実さが伝わるような言葉を。おいおい、誠実とか一番俺に足りてない要素を言葉にできるはずがない。
「おーい、聖女! 馬鹿者が謝罪しようと、冷や汗流しながら戸の前で固まっとるぞ。殴り倒すなりなんなり好きにせぇ」
「蛇てめぇ!」
廊下で叫ぶ蛇、ガチャと戸が開く。
いい匂いがする。
寝間着姿のハティがいた。
首と胸元の開いたネグリジェだ。柔らかそうな素材でゆったりとした形。こぼれそうな胸から目を離す。なんか体が熱い。
「謝罪とは?」
「すまなかった」
「え、いえ、ですからなんの謝罪ですの?」
「治療とはいえ、肌を合わせていた時に別の女性の名前を言ったことだ」
言ってしまった。
特に何の捻りもなく。
「ああ、それですか。その、私はいわゆる神媒体質というものでして。神や魔に憑りつかれやすい体質なのです。フィロさんの治療に呼び出した女神が、酷くご立腹なのは存じ上げていましたけど、ああそういう理由でしたのね。アハハ」
「すまん。そうなんだ」
「私に謝られても困りますけど、謝罪は受け取っておきますね。アハハハハ」
ハティは、笑顔を浮かべて笑う。
気付いたことがある。
彼女は、しんどい時ほどよく笑う。笑顔が精神を安定させる表情なのだろう。今がまさにそれ。
しかし、
『全部神が勝手にやった』
ということで丸く収まるのなら、それでよし。
すまない、どこかの女神様。
「じゃ、ハティ。そういうことで………ことで、終わりということで。おやすみ」
下手に考えず、素直に謝っておけば簡単に片付いた問題だったなぁ。
寝床に戻ろうと背を向ける。
「!?」
戻れなかった。
背中に柔らかい感触。ハティが抱き着いていた。
「ど、ど、どうし、した?」
脳が熱暴走寸前だ。熱すぎて眼球がカラカラに乾いている。
「謝罪するのは私の方ですわ。ああいうことは神様任せではなく、自分の意思でやるべきだった、かと」
「………………お、おう」
廊下の隅から蛇が小さく叫ぶ。
(抱け! だーけ! だーけ!)
(やかましい!)
理性を振り絞る。
「は、ハティ。君は聖女だ。そういう生業である以上、みだりに男と関係を持っていると世間に知れたら“こと”だ、と思う。他の聖女様の世間体もあるだろうし」
「私の国に、こんな言葉があります。『バレなければ大丈夫』と」
どこの国にでもあるな!
「私も悩みましたのよ。このままでいいのかと。このまま年月が過ぎて老いていいのかと。だから、大聖女である先輩のベルトリーチェ様に手紙を送ったところ。『アハッ! 実はね。わたしって結婚したんだ。偶然再会した幼馴染と。彼って出世しててさぁ、王様よ王様。まだ小さい国だけど。あと子供も2人いるんだよね! 女は度胸とタイミングよ! やっちゃえ!』要約するとそんな感じの内容が返って来て」
どんな聖女だよ!
「フィロさん。もう一度、今度は、治療とか聖女とか抜きで、私個人を見てくださいまし」
シュルっと衣擦れの音。
振り向くと、生まれたままの姿のハティがいた。
理性が砕けた。
抱き締めると彼女は足を体に回してくる。持ち上げて、部屋に入りベッドの上に押し倒した。
「俺が、次も馬鹿なこと言わないように塞いでおいてくれ」
唇は甘かった。
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